揖保川下流域に開けた網干町を歩く6(揖保の郡) 姫路市
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⑯ 道祖神
古刹龍門寺の東、網干西小の南に道祖神があり、 路地を入ると仁弘山義徳院があります。
龍門寺開基の盤珪禅師の生誕地「義徳院」を目指します。
⑰ 義徳院
盤珪禅師の生誕地で、盤珪の父が徳島から流れてきて当地で医師として生計をたてていました。
盤珪が1623年に生まれた後、11歳の時に父を失い、大覚寺で学び、 室津や京で修行し
、「不生禅」の悟りを開く。禅師の母がこの地に尼寺を開山号仁弘山(にんこうざん)、
寺号義徳院(ぎとくいん)は、盤珪国師の生誕地です。
境内には約260年前に建立された「盤珪国師誕生之地」の石碑と、
産湯に使った井戸である「盤珪国師初湯之井」があります。
日本各地できびしい修行をし、「不生禅」を説き、龍門寺を開祖しました。
⑱ 船渡八幡神社
余子浜の揖保川河口近くに八幡神社がある。 神功皇后の西征から帰還のとき、
この地に船をつけたといわれています。
この河口近くの余子浜村に鎮座する船渡八幡神社は、
小字地名「船戸」から名付けられたもので、その起こりについて『網干町史』は
「神楽岡、余子浜の西、揖保川にのぞめる地に鎮座する船渡八幡宮は一に若宮ともいい、
もと船戸とも書いたようです。
船戸は道祖神であり、猿田彦を祭ったものである‥八幡を祭ったのは後のことである」と述べ、
また『揖保郡誌』は「八幡御手洗場」のこととして、船渡(ふなと)八幡社とていねいに読み
仮名を付けている。
船戸、岐神(くなどかみ)また久那斗神とも書かれる道祖神は、
道行く人を安全に守る行路神の一つであるが、わが国では道祖神や
庚申さんなどの呼び名で親しまれ、村境や国の境となる川の船着場近くに
祀られることが多いようです。
拝殿です。
神功皇后が座ったとされる石です。
本殿です。
力石です。
揖保川堤防道路から見た神社と揖保川です。
⑲ 加藤家
神社の北に初代網干町長加藤邦太郎氏の顕彰碑と加藤家があります。 碑の題字は勝海舟の筆とか
⑳ あぼしまち交流館
神社木南側に「あぼしまち交流館」がありました。
※ 田ステ女石像
国道250の網干橋東詰め田ステ女の石像があります。
田ステ女は、同じ兵庫県の柏原の出身で、6歳にして「雪の朝 二の字二の字の下駄の跡」の
句を残したとされる才女です
老後に移り住んだのが網干で、網干に不徹寺を開基して多くの女性信者を指導した ことを記念するもののようです。
網干大橋東詰めの橋の下に置いてあります。
山陽電車網干駅に到着です。
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