鳳山雑記帳

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フリードリヒ大王の「斜行戦術」

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 前の記事で、プロイセンのフリードリヒ2世(大王)が7年戦争(1756年〜1763年)でイギリス(と同君連合のハノーヴァー)以外すべて敵という戦略的劣勢を跳ね返して勝利したという事を書きましたが、その秘密の一端は彼の新戦術にありました。


 実質ハノーヴァーの申し訳程度の援軍以外ほとんどプロイセン単独で、オーストリア、ロシア、フランスの大軍と渡り合っていたんですから驚かざるをえません。


 フリードリヒ2世は、戦略的劣勢を跳ね返すために戦術的優越で戦局を支えたのです。




 最初の画像は彼の新戦術、いわゆる「斜行戦術」の概念を記したものです。(よい画像がなかったので自作しました)

 その具体的展開は
 
 ‐数の部隊をもって敵陣の一方を偽装攻撃する。

 敵軍がそちらに気を取られている隙に素早く主力を縦隊で斜めに移動し敵陣のもう片方にとりつく。

 そこから旋回し、素早く展開した砲兵(騎馬砲兵)の砲撃支援を受けながら敵の一翼を集中攻撃する。

 だ鑪鵑鯀箸狹┐蓮⊆个畭κから攻撃されると対応できないため局所的に優勢を奪われ敗退。



 となります。しかしこれを見て戦史に詳しい方やシミュレーションゲーマ−の方は疑問に思われるでしょう。

 
 ならば敵が斜め移動してる途中を横撃すればよい、あるいは偽装攻撃してきた敵をそのまま全力で追撃しプロイセン軍に意図しない対陣を強要しそのまま数で押し切ればよい、と。


 仰る通りです。斜行戦術を成功させるには、そのような付け入る隙を敵に与えない迅速な機動と、それに付いていける砲兵を持って支援しなければいけません。


 フリードリヒ2世は、そのために軍隊を鍛え上げ敵に勝る機動力と混乱しにくい鉄の規律を持ったプロイセン軍を作り上げました。


 また砲兵の機動力を挙げるため、騎馬砲兵という兵種を設け馬で砲を牽引するだけでなくそれを操る兵士も馬で移動する機動力のある砲兵部隊を作り上げました。


 この二つがなければ、斜行戦術は机上の空論に終わるのです。


 
 二枚目の画像は、斜行戦術が理想的にうまくいった戦例、7年戦争におけるロイテンの戦い(1757年12月5日)です。

 この時プロイセン軍は3万5千。一方敵オーストリア軍は倍の7万。2倍の戦力差を跳ね返しプロイセン軍が完勝しました。



 しかしロイテン、ロスバッハのような鮮やかな戦例は戦争初期〜中期に集中しています。なぜなら戦争による疲弊で軍隊が消耗し訓練度の劣る新兵が多くなったからです。また、敵も斜行戦術に慣れその対処法を学んでいました。


 人口500万に満たない国が20万の軍隊を持つ超軍事国家プロイセンは、戦時消耗するとそれを補充できないという最大の弱点を持っていたのです。


 一時はベルリン近郊まで敵軍に迫られ大王自身自殺を覚悟した時もありました。1762年のエリザヴェータ女帝急死によるロシアの脱落がなければ、プロイセンはこの時滅びていたかもしれません。


 後継者のピョートル3世がフリードリヒ2世の信奉者だという事も大きかったと思います。「芸は身を助く」といいますが、フリードリヒ2世の鮮やかな指揮能力が自分を助ける結果となったのです。


 フリードリヒ2世が、決して投げることなく粘り強く戦い続けた事が奇跡を生んだのだと思います。1762年5月スウェーデンと講和、11月フランスと講和、1763年2月にはオーストリア、ザクセンと講和し戦争は終結します。


 
 斜行戦術は、後年ナポレオンも戦時機動の好例として絶賛しています。しかしその戦術が力を十分に発揮するには軍隊の質が一定のレベルに達していることが絶対条件でした。


 フリードリヒの斜行戦術を研究しさらに発展、完成させたのが、かの天才ナポレオンだったと言えるかもしれません。

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戦術とは時代背景もあるので難しいです。

確かに、軍隊の質が高くなければ駄目ですね。
傑作○です。

2010/2/2(火) 午後 1:15 近野滋之 <<コメントに返信する

近野さん、どんな名戦術でも軍隊の質が高くなければ実行できません。

2010/2/2(火) 午後 2:10 [ 鳳山 ] <<コメントに返信する

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