曹洞宗 大中寺 〜宝暦治水 薩摩義士墓所 〜鹿児島市西千石町の寺院
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今年の2月の鹿児島出撃の続き。
続編がありながら、暫く更新出来ずに・・・(涙)。すびばぜん・・・(涙)。
時系列的には前後しますが、続いて、薩摩義士墓所をご紹介。
鹿児島出撃の速報レポは、「こちら」。
別格官幣社 照國神社と末社 保食神社の様子は、「こちら」。 照國神社の島津斉彬公の銅像、探勝園の島津久光公・島津忠義公の銅像の様子は、「こちら」。 西郷隆盛銅像、小松帯刀像、大久保利通銅像の様子は、「こちら」。 史跡 鶴丸城跡と薩摩義士碑の様子は、「こちら」。
以前のレポで、鶴丸城跡の一角に薩摩義士碑があることをご紹介しましたが、
薩摩義士の墓所は、西千石町のお寺にあります。
そのお寺は、曹洞宗 大中寺。立派な山門ですね。
扁額には「大中禅寺」とあります。
お寺の前には、「宝暦治水 薩摩義士墓所」の案内板が出ています。
由緒書き。 薩摩義士の墓由緒 宝暦3年(一七五三)、徳川幕府は、洪水や悪水停滞で困窮している木曽・長良・揖斐三川流域の住民救済のため、大規模な治水工事を計画し、薩摩藩にお手伝い普請を命じた。この命を受けた藩主島津重年は、窮乏した藩財政に苦慮しながら、工事の総奉行に平田靭負、副奉行に伊集院十蔵を任命し、約一千人の藩士たちを美濃の地に赴かせた。工事は約四十万両の工事費と一年三ヶ月を要して完成したが、難工事に加え幕吏や地域住民との対立、悪疫の流行などにより、平田靭負を始め切腹した者五十四名、病死した者など三十四名という数多くの犠牲者をだした。これらの犠牲者は、京都、岐阜、三重の各地の十五ヶ所の寺院に葬られ、今でも現地の人々によって手厚い供養がされている。鹿児島に薩摩義士の墓を建立した機縁は、昭和三十四年の風水害によって、岐阜県養老町の天照寺の義士の墓が洗われ、その分骨を鹿児島にお連れしたことに始まる。その後、遺骨は大中寺に安置し、供養を続けていたが 義士の二百四十年祭を機に、工事で犠牲となられた義士、工事に参加されたすべての藩士の御遺徳を顕彰し供養するため、墓の建立を発起し、数多くの御懇志により大中寺に墓塔が完成、平成六年九月十五日、入魂式を執行した。義士の永遠の御冥福を祈念し、多くの方々の墓参を願うものである。 平成七年四月 鹿児島県薩摩義士顕彰会勉強不足で、このような治水工事が、薩摩藩士によって行われていたとは知りませんでした・・・(汗)。
山門をくぐると、すぐに本堂が見えます。
本堂の手前には、仏様が。 「薩摩義士の墓」。 由緒書き。 薩摩義士の墓建立由緒 岐阜県養老町天照寺隣接の薩摩義士の墓が昭和三十四年の風水害によって埋没、災害復旧の時五柱の御遺骨が発掘され、その分骨を故松下庄一郎氏(当時坊津町在住真珠養殖業)が鹿児島に持ち帰り供養されていた。同氏物故の後は御遺骨は大中寺に安置し、薩摩義士顕彰会において供養を続けてきた。 大中寺から用地提供の御懇志があり、義士の二百四十年祭を機に御遺骨と宝暦治水工事で尊い犠牲となられた薩摩藩士八十五名及び藩士以外三名の墓十五ヶ所の霊土を埋葬し合わせて治水工事に参加された全ての藩士の御霊も人魂することとし、墓の建立を発起し、広く県内外の有志の御懇志により建立した。 今後、宝暦治水工事の歴史が広く語り継がれ、御霊の供養が永久に続けられることを祈念し、墓建立の由緒を記すものである。 平成六年秋彼岸 鹿児島県薩摩義士顕彰会会長 島津修久本堂の前で、山門を振り返ると・・・。鐘楼でもあったんですね! 境内には、石像が沢山鎮座されていて・・・。 不動明王の由緒書きもありました。
岐阜県の木曽川・揖斐川・長良川の改修工事に命をかけた薩摩義士。
木曽川、長良川、揖斐川の流域は昔から氾濫することで有名ですので、難工事であったことは 想像に容易い訳で・・・。 しかも、幕府の官吏や地元民との軋轢も、多々あったことも・・・。 そんな中、義に篤い薩摩隼人の奮闘振り、困難振りを思うと、目頭が熱くなって・・・(涙)。
薩摩人の心意気、ここにあり!
薩摩義士に敬意を払うと共に、御霊の安らかなる事をお祈り致します・・・。合掌。
曹洞宗 大中寺
鹿児島市西千石町6-36
薩摩義士碑
鹿児島市城山町 http://www.city.kagoshima.lg.jp/_1010/kanko/3rekishi_bunka/_28731/0005951.html (鹿児島市HP) |


こんな過酷な手伝い普請のゆえに100年後の倒幕のきっかけにもなったのかな?
合掌!!
2009/7/4(土) 午前 11:26
ボンバーさん、そうかも知れませんね!薩摩人の義の篤さに岐阜の人々も敬服されたことと思います!合掌。
2009/7/4(土) 午前 11:56
立派なお寺ですね。長良川の治水工事、今みたいに技術が発達していなかったころのことですから、ものすごい大変だったんでしょうね。この治水工事の影でこのように大勢の薩摩藩士が亡くなられていたとは知りませんでした。義士たちの永遠のご冥福を心より祈りたいです。
2009/7/4(土) 午後 0:02
Youkoさん、江戸時代の難工事。想像を絶する作業だったでしょうね。
それを貫いた薩摩義士。偉大ですね。合掌。
2009/7/4(土) 午後 2:04
この山門の上にある鐘楼ひとつをとっても、とても技術的に難しい工事だったことでしょうね〜。
昔のひとのがんばりが目に浮かびます。
傑作!☆
2009/7/4(土) 午後 3:29
JINNYさん、ありがとうございます!
いい仕事してますよね〜。昔の人の技術力って、すごいですよね。
2009/7/4(土) 午後 4:06
おぉ〜懐かしい
ここ行きましたね〜
2009/7/6(月) 午前 0:07
よよさん、そうでした!レポを拝見しましたよ。
ここで、薩摩人の義の篤さを感じました。
2009/7/6(月) 午前 0:10
2月?!(笑)
私はGWに行った熊本旅行レポがまだ途中で、「あぁ〜〜、早く続きUPしなきゃぁ〜〜(>_<)」と勝手にプレッシャー感じてるんですが(自分が思うほど私のブログ読者がそれを待ち望んでるとは到底思えませんが(;^_^A アセアセ)、なんだかキモチにゆとりが生まれた気がします(笑)UPは夏休みにズレこんでもいっか〜〜( ̄∇ ̄*)ゞエヘヘ
2009/7/6(月) 午前 7:31
こんさん、実は昨年出掛けた場所もまだレポしていないものがありまして・・・(汗)。
そのうちアップしようかと思っていますが(笑)。
ブログは自己満足の世界ですから、遅れた記事もいいのでないでしょうか。
そう思わないと、レポが間に合いません(笑)。気楽に行こうかと思います!
2009/7/7(火) 午前 0:37
はじめまして。カミタクと申します。
私が管理する鹿児島の観光・温泉案内ホームページ「温泉天国・鹿児島温泉紹介!」
http://homepage2.nifty.com/kamitaku/kagoonin.htm
内のサブ・コンテンツ「大中寺訪問記(宝暦治水事件・薩摩義士の墓)」
http://homepage2.nifty.com/kamitaku/KAGKAN99.HTM
から貴記事にリンクを張りましたので、その旨報告いたします。
今後とも、よろしくお願い申し上げます。
2009/7/12(日) 午後 9:48 [ カミタク(リンク先は「大中寺訪問記」) ]
カミタクさん、訪問&コメント、ありがとうございます!
リンクの件、了解しました。今後も宜しくお願い致します。
2009/7/12(日) 午後 10:52