SUEの日記

南相馬市に来て1年が経ちました

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

2012年2月24日

←2012年2月23日 | 2012年2月25日→

全1ページ

[1]

土壌のキモチ

先日、東京にて建築家の深川良治先生の講義を受けた。


講義のタイトルは「かりてかえす熱と水と光の家」。


エコ建築について知りたい事があった矢先に、講演のお知らせが飛び込んで
来たので急遽東京まで受講しにいった次第だ。


詳しい内容は後日書くが、講義の中で一番関心を惹いたのが「土壌」の話。


現在、放射能汚染地では除染の一環として土壌のはぎとりが行われようと
している。

これをやっても大丈夫なのかどうかについて先生は一石を投じてくれた。


表土にはいろんな生物が住んでいる。


上から 5〜10cmには好気性微生物
   10〜30cmには嫌気性微生物
   30〜60cmにはミミズなどの小生物

らが住み、落ち葉などのリタ―を分解して植物の栄養素と変換
させている。
微生物が一番分解させる力を持っている。

土壌をはぎ取ると微生物の活躍できる場所を奪う事になる。

分解してくれる微生物がいなくなれば、木や植物は栄養を得る事が
出来ずに育たないと言う事になる。


除染して表土15cmと落ち葉をはぎ取るとしよう。

落ち葉などのリタ―はできるのに100〜200年ぐらいかかるそうだ。
と言う事は、一度表土を剥ぎ取ってしまうとそこは植物が育ちにくい土地に
早変わりするわけだ。

それも長いスパンで。

何億という微生物を殺すことにもなり、これはすぐには復活しない。
やはり元の数に戻るには相当な年月がかかるだろう。



除染するには表土を剥ぐのが一番効果がある。

剥いだ表土を隔離してコンクリート製の大きな建屋に保管できるのなら
人間にとっての安全はきっと保証されるだろう。



だけど、その後木や草が育たないのならどうなのだろうか。


市街地はそれでも良いと思う。
植栽には栄養剤が必要になるかも知れないけど。

畑も田んぼも農作物ぐらいなら大丈夫なのかな?
チェルノブイリで前例もあるだろうしね。



しかし、山の表土をはぎ取るのは怖い話だ。

現実問題、一番放射性物質が溜まっているのは山だ。

木の葉っぱ、樹皮、落ち葉、土壌など高濃度の放射性物質が溜まっている。
「除染」という事を最優先で考えるのならば、全ての木を切り倒し、
表土を全部剥いで最終処分場に保管してしまえばほぼ完ぺきな除染が
出来るであろう。

だけど、それは景観が崩れるという事だけでなく、植物が育たなくなり、
山の保水力が無くなるから頻繁な土砂崩れと下流の都心部での川の氾濫を
引き起こす結果につながってしまう。

人間の都合をつきつめて考えた結果が後々に人間を苦しめるというのは
良くある話だ。


戦後、木材需要を見越して日本各地の山々に杉の植林をしていったのは
いいが、安い外国産材に押されて間伐しないようになり、日本の山は
荒れ果ててCO2を吸わない森になってしまった。
そして根を浅く張る針葉樹ばかり植え過ぎた事によって土砂崩れが
頻発するようになった。


原発なんかにも言えることだろう。
効率よく大量の電気を生み出す装置として作られた原発には放射能の
問題が付きまとっていた。
原発を造れば儲かる仕組みが出来あがっていた為、どこもかしこも
ろくな調査もせずに作っていった。
耐用年数が30年と言われていたものを経済的理由で30年を超えても
使用年数を延ばす許可をしていった。
しかも核廃棄物の最終処分場は決まっていない。
この原発にはこの先もずっと苦しめられる事になりそうだ。


他にも例を挙げるとキリがない。


話を元に戻す。


人間の都合ばかりでものを判断していくと後で痛い目に逢うというのは
長年の歴史で学んだ事。

山の除染を最終的にどうするのかはわからない。

木を全部伐採するのか、部分的に伐採するのかによっても違って来る。
私は1/3〜4以下の伐採及び土壌のはぎ取りに抑えるべきだと思う。

一番良いのは山の除染はあきらめる事かな。
放射能汚染も確かに怖いが生態系を崩しすぎるのはもっと怖いと
思っている。


ここはもう住めないと判断して、人間が撤退するのも一つの手だ。

山が汚染されていれば、花粉が飛ぶ時期にはきっと放射性物質が
舞い散るだろうし、川を伝って海に放射性物質が流れ込み続ける
事だろう。

それが怖いのはわかるし、私も怖いとは思っている。

キチンとした対策は取れないかも知れない。

もしくは生態系を崩さない除染方法だけを実践して少しでも減らすか。

色々な除染技術が日々生まれているので、除染方法が確立されるまで
少し待って見たらどうかな。

ちょっと、人間のペースで物事を進め過ぎだと思う。

生きているのは人間だけでは無いのにね。

それらの存在を無視すれば後で大きなしっぺ返しを喰らう事になる。




自分や党のことしか考えていない「どじょう」の気持ちなんてどうだって
いいし、興味もない。知ったところで日本が良くなる事はない。



本当に耳を傾けなければいけないのは、
土壌の気持ち、生き物の気持ち、みんなのキモチ。

閉じる コメント(4)

閉じる トラックバック(0) ※トラックバックはブログ開設者の承認後に公開されます。

復活の日

大震災からもうじき1年になろうとしている。



一昨日の事だが、所用で南相馬市から相馬市の方へ車を走らせた。


海の近くの道を選んだため、以前に災害復旧の仕事で入った相馬市の
海岸を久しぶりに一望する事ができた。


南相馬市にも相馬市にも言える事だが、最初の頃には海岸から陸地の方に
向かってずっと広がっていた瓦礫の山が今はもうその面影すら残さないほど
片付けられてしまっている。


6月に相馬の現場に入った頃は「片付けるのに何年かかるのだろう?」
なんて思っていたけれど、想像よりもずっと早く瓦礫はなくなった。


この辺りの海岸線沿いは田畑が多かったので、瓦礫が無くなると
土がむき出しに残っていて、暖かくなってきた日差しを受け止めて
まぶしく感じさせる。


あたり一面何もない。


瓦礫も無ければ、何も生えていない。


土の上に残されたキャタピラの跡が懸命に働いてくれた人たちの
姿を思い出させ、愛おしくも思えてくる。


何もない田畑とその背景として遠くに見える家と裏山の壁をほじくって
作った倉庫用の穴が至る所に見られた。

おそらく人が住んでいる家だろう。

津波被害にギリギリ免れた家なのか、被害の後に再度作り直して住んで
いるのかはわからないが、「人が頑張って生きている」という姿が
見えてくるくらい力強く根を下ろして建っている。


1年前から南相馬市に住み始め、この辺りの事を良く知らない私に
とっては、その時見た景色が昔からずっとそうだった風景のように
勘違いさせるくらい素敵な光景だった。

柔らかな日差しがそう思えさせたのだろうか。


「津波があっても、放射能があっても、何があっても必ず復活する。」
そんな声が聞こえて来るような錯覚さえ起こした。

人は脆い存在だが強い存在でもある。

たくさんの方がこの地でも亡くなられた事だろう。
津波の恐怖にも何度となくおびえた事だろう。
だけど、残された人達は下を向いてばかりはいなかった。
あれだけ残っていた瓦礫も今はほとんど無くなった。


津波の影響で仕事を無くした人も災害普及で頑張ってくれた。

放射能の影響や津波で船を流されて漁に出れない漁師さんたちは
汚くて臭い川や用水路のどぶ掃除をずっとやってくれていた。

田畑を津波でやられた農家さん達は田畑に落ちた瓦礫を手で拾い集める
仕事に没頭していた。

重機やダンプもいっぱい入って毎日せわしなく動いていた。

あのみんなの1日1日の積み重ねがついに実る日がやってきたわけだ。



福島県人と言えば、俳優で言うと西田敏行かな。

私のイメージは大らかで人情があり、したたか。

西田敏行がしたたかと言うと少し意外に思うかも知れないが、
「白い巨塔」のリメーク版での主人公の義父役のしたたかさは
まさにはまり役だったと思う。
本人も実はしたたかな面があるのではないかな?

同県出身の佐藤B作なんかもそういうイメージがある。


もしかしたら、福島県人は我慢強くて結構強くしぶといのかも知れない。



この先は放射能汚染との戦いとなってくる。

汚染度の濃淡こそあるものの、会津地方を除いて、決して安全な状態
では無い。

だからと言って避難できるわけでもなく、国や県も県民を避難させる
手腕も能力も持ち合わせていないだろう。

避難できる人は避難させる。

汚染地に残らざるを得ないのであれば、健康被害を出さないようにする
新しい生活習慣・文化を作るしかない。

マスクをする事で空中に舞っている放射性物質を吸い込む事はあらかた
防げるし、リンゴペクチンを取り入れる事で体内のセシウムを何割か
体外に排出する事もできる。
被曝しても発病につなげないように免疫力を上げる食生活だってある。

除染の技術も日進月歩で進んできている。


最初は被害者はきっと出るだろう。

だけど汚染地ならではの新しい文化を作って、悲壮な思いではなく、
みんなで明るく楽しく笑いながら放射能と向き合っていけたら
強くたくましく生き残れるのではないかと思っている。

2〜3年後には被害者を限りなくゼロに近づけたい。

遅れた分は必ず取り戻す。

県民の素養からそれは出来るんじゃないかと思っています。

まだまだフクイチは安定していなくて、いざとなったらすぐに逃げなければ
いけませんが、「和戦両様」の「したたかな」生き方がこの地では
求められます。

有事の際も、それすら乗り越えていきましょう♪




この日は福島県復活を予感させるようなそんな光景を見る事ができました。


そう言えば、会社の近くの山でも木々の合間から下草が生え、
目立つようになりました。

日陰にあってずっと溶けなかった道路の片隅にあった雪もなくなろうと
しています。



もうじき春ですねぇ。

閉じる コメント(6)

閉じる トラックバック(0) ※トラックバックはブログ開設者の承認後に公開されます。

全1ページ

[1]


.

SUE メッセンジャーオフライン
SUE
人気度

ヘルプ

Yahoo Image

  今日 全体
訪問者 13 117074
ブログリンク 0 27
コメント 1 4855
トラックバック 0 30

ケータイで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

URLをケータイに送信
(Yahoo! JAPAN IDでのログインが必要です)

1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29

開設日: 2008/10/5(日)


プライバシーポリシー -  利用規約 -  ガイドライン -  順守事項 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2012 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.