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動物愛護団体は 暇人の集まりですか!!!
「あなたの美しさが表面的でないことを証明してください」だなんて、なんともおこがましい言いぐさなことよ。
密猟や絶滅危惧種の保護運動やならば 大いに賛同もするが、この種の運動には嫌悪感さえある。
「あなたの美しさが表面的でないことを証明してください」 「毛皮を着るという選択は、数十匹の動物の死について直接的な責任を負う。そればかりか、あなたが動物の生命はファッションより重要でないと考えていると明言していることになる」と。
いけませんか?
表面的でない美しさって何だ?? 要するに「 心の美しさ 」のことでしょう??
じゃあ 逆に聞きますけどね 「美しくない心」って な〜〜に??
「汚いこころ」って な〜〜に??
世界にはネコを食べたり犬を食べる食習慣の国さえあるのですよ。
こういう食習慣のある人々を「心の美しくないヒト=卑しい心のヒト」とでも言いたいのだろうか。
なぜそんなことが言えるのだ?
こういう食文化を持つ人々は 劣等民族ですか???
精神文化が乏しいとでもいいたいの???
冗談じゃ ありませんよ!!
こういう価値観は反ユダヤ主義を澎湃とさせるファシズム的価値観だと思う。
民族や文化に対するランク付け・格付けの素地とかの陰険な思想性が用意されているという点で 要注意な運動だと思います。
動物よりも 先ず 人間でしょう?
「高尚な民族=高尚な精神文化」・「劣等な民族=卑しい精神文化」などという 偏狭な思想=差別と偏見を助長するだけだと思います。
いや そういうことを平然と言える 貴方自身の精神構造・精神文化を問い直した方がいいですよ。
私は田舎育ちだが 小さいころは里山に山鳩を捕りに行った。
キジやヒヨドリや野ウサギ その他狸やキツネまで 野生動物は貴重な食べ物だったし タンパク源だった。
今のように鳩が公園で遊んでるなんてことは まず考えられなかったですよ。
今は「 鳩は平和のシンボル 」だが シンボル自体は ヒトが作った観念でしょう??
平和のシンボル自体は 「 美しい心 」ですよね。
でも 鳩が世の中を平和にしてくれるわけでもあるまいに。
それを食ったからと言って非難されなければならないだろうか??
ヒトが作った観念を食ったら それは心が卑しいことなの???
精神文化が貧困な証ですか???
まったく冗談じゃあ ありませんよ !!
偏狭で一方的な価値観を押しつけないで欲しいものだ。
昨日 代々木公園を通った。
ここにはホームレスがたくさんいる。
彼らがどういう事情でホームレスになったかは知らないが、「何を食べて生きているのだろう」と思った。(もちろん あれこれ話は聞いてはいる・・・。)
彼らは生存の脅威のなかで生きているわけだが、それは食べられない脅威だけではない。
もうひとつの脅威は 「いつ殺されるかわからない」 ・・・まさに偏狭な思想の人間たちからの攻撃を恐れなければならないのだ。
彼らは 人間のクズ、とか 社会のゴミ とか さげすみの中で生きている。
この思想は 偏狭な思想がたどり着く帰結点であって 言わば精神文化のランク付け・格付けがもたらした結果だと言えなくはない。
「美しいこころ」を標ぼうする「動物愛護」と併せて考えてみるときに 私が愛護運動のいく末を危惧するのは まさにこの精神文化のランク付け・格付けのことなのですよ。
このランクから外れた人間は 生きていく価値のない人間 人間以下の人間 下等人種 下等民族 蛮族 野蛮人へと発展していく素地が大いにあるからです。
これを民族排外主義といいます。「純血主義」とも言いますがね。
動物よりも 先ず 人間でしょう。
ある人が言ってました、「基本的には人間以外のモノを食うことに対しては 何を食っても 人がとやかく言うことではないと思う」だと思います。
私も そう思います。
人間を措定しない精神文化なんて 何の価値があるのでしょうか。
愛護団体の皆さん「美しい心」って 何ですか ?? 逆に「美しくない心」って 何でしょう ???
美しい心は まさに 人を殺しますよ、・・・
偏狭な思想というものは「蛮族人」を殺すには 何の疑問も起こらなくなる。
せっかくの美女に つまらんことで 水を差すな!!! ・・ と 言いたいが 皆さんはいかがですか??
美女に賛成の方 ポチ してね。
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アグネス・チャンが言ってたけど、
日本人は公園の鳩を見て可愛いって言うけど、アグネスの国の人は
「肉付きが良くて、美味しそう」って思うんだって。
私は手元に毛皮のコートがあれば着ます。
でも、「貴女の為にこの動物を殺して高級なコートを作ります。」
と、言われたら激しく拒否します。
すみません、中途半端で。
2010/4/11(日) 午後 4:33
そうそう、そんなこと言ってたね。
そんな国がいまも圧倒的に多いと思うんだ。日本が平和の象徴化したのは戦後だと思う。
動物は人間にとってある時はペットであり、ある時は食材であるわけよね。
人と自然とのかかわりとはそういうものであって、それを「賞賛する要素」だけを強調して、動物を観るのは人間の勝手な解釈に過ぎないと思うよ。
ところが、この矛盾の股裂きにあっているのが各国の動物愛護法なんだよ。
ひとつの動物(鳩)を二通りに解釈しようとするから、矛盾した法律になる。
間違っているのは動物の存在の仕方ではなくて、人間の観念の仕方なのにね。
カラスは不吉の象徴だが、カラスにとっては迷惑な話じゃないだろうか。
イタリアでは黒いネコが魔女の象徴にされて、えらい迷惑しているそうだよ。
間違っているのは動物の方ではなくて、人間の観念の仕方なのにね
2010/4/12(月) 午後 7:55