省察
宇宙人と死者
2012/3/15(木) 午後 8:19
故カール・セーガン博士は、次のように言って宇宙人探索に意味があるとした。
現在の人類の知的レベルで遭遇する宇宙人が居るとすれば、それは人類よりも高度な技術、能力を持っているからであるとしてよいはずである。従って、そういう宇宙人と親密になる事は、人類のそれらよりも格段に高度なものを学ぶ、吸収する絶好の機会になるだろうから、と言って、これを奨励し否定すべきものではない、としたのである。
ところが、博士が直面したのは、そんなによくあるような楽観的な出逢いではない、迫害や誘拐と言わねばならない宇宙人との遭遇である事を知り、考察し続けるにつけても、これは宇宙論、天文学、物理学ではないということになって、誠実さや知的探究心がそのままでは通じなかったからである。
他方で、宇宙人論者が云う宇宙人から、宗教者が云う神/悪魔
...
すべて表示
その他の最新記事
世界史と学問
2011/11/27(日) 午後 3:40
イスラムは、勿論ユダヤ・キリスト教の後に出てきた、云わば新興宗教である。が、知の歴史的継承からすると、中世に重要な役割を果たした中継地点、仲介者の役割である。
...
すべて表示
はっきりしている事とはっきりさせねばなら...
2011/11/8(火) 午後 10:15
神が本当は宇宙人かもしれない、という事が狂信的でも寓話的でもなく、落ち着いた真剣さで議論できるのでなければ、話は始まらない、と私はいつも考えている。
それで、宇
...
すべて表示
情報論の目的と手段としての脳科学
2011/8/13(土) 午後 5:20
脳科学がダメなのは、それが目的だからである。脳の構造なり機能なりを解明する事自体が目的になっているからである。
仮に、宗教者と科学者が協力して脳を解明するなら、
...
すべて表示
