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日本が国として自立する為には覚悟が必要です、中共の核(200発以上)が日本に向けられている現実を認識しましょう。

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カジノ法案に民主党議員「ギャンブル依存が増える」・「ギャンブルが助長され、善良な風俗が破壊されかねない」・賭博罪に「例外」をつくる、パチンコのことだ、今年こそ全国のパチンコホールは営業自粛して節電しろ

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良識ある日本国民の皆様には、カジノ法案について民主党議員が「ギャンブル依存が増える」と反論したのはご存知だと考えます。
 
 
カジノ法案、民主まとまらず 「ギャンブル依存増える」
 
カジノを日本でも合法化する法案をめぐり、民主、自民両党がそれぞれ24日、党内で関係会議を開いた。自民党は早々に了承したのに対し、民主党は「ギャンブル依存が増える」との反論が出ており、まとまっていない。超党派で今国会での提出をめざすが、見通しは立っていない。

 法案は、国が自治体の申請に基づきカジノを認める区域を指定することなどを定めている。昨年8月に、民主、自民、公明など超党派の議連で取りまとめた。

 民主党が24日に開いた内閣、法務、国土交通各部門会議の合同会議では、弁護士ら専門家からの意見を聞いたが、法案への賛否が割れた。経済成長を重視する内閣部門の所属議員はすでに「カジノ周辺にはホテルや商業施設もでき、雇用や消費のアップも期待できる」と賛成を表明。これに対し、法務部門の議員は「ギャンブルが助長され、善良な風俗が破壊されかねない」と指摘している。刑法に定められた賭博罪に「例外」をつくることへの抵抗感もある。
 一方、自民党は24日にあった内閣、国交両部会の合同会議で、とくに異論もなく法案を了承した。
朝日新聞
http://www.asahi.com/politics/update/0524/TKY201205240500.html
 
 
>カジノを日本でも合法化する法案
 
公営ギャンブルの競馬・競輪・競艇は、大きなトラブルもなく運営されています。
 
私は10年以上前から、東京・沖縄はハブ空港にして「カジノ」を創設すべきだと主張していますし、東日本大震災の被災地にも創設すべきです。
 
カジノを創設することは、安定した雇用や税収の問題だけではありません。
 
訪日外国人から、「駅前カジノ?」などと驚かれるパチンコ屋を全廃することにも繋がります。
 
>民主党は「ギャンブル依存が増える」との反論
 
>「ギャンブルが助長され、善良な風俗が破壊されかねない」と指摘
 
>刑法に定められた賭博罪に「例外」をつくることへの抵抗感
 
パチンコはどうなんだ!
 
パチンコは違法ギャンブルで、パチンコの依存症も増加していますし、自殺・事件・生活破綻者なども増加しています。
 
「パチンコ依存症」は、医学的にも立証されています。
 
パチンコ代欲しさからの強盗・負けた腹いせでの放火・借金苦での自殺・子供が車内で蒸し焼きになり死亡するなど、事件が全国で多発しています。
 
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2010年に厚労省が発表した統計によると、女性のギャンブル依存患者は推計75万人まで増加をしています。
 
主婦などが、パチンコ代欲しさから借金をして性風俗店で働いたり、パチンコ依存症が原因で一家離散になったりと、多くのトラブルが起きています。
 
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競馬などの公営ギャンブルは、法律により「現金の払い戻し」が認められて、宝くじやサッカーくじも「賞金の受取り」が認められています。
 
パチンコ業界は、特殊景品を使った三店方式を採用していますが、公然と行われている「パチンコの換金」は違法ギャンブルです。
 
三店方式とは、「ホールで出玉と特殊景品を交換」→「景品交換所が特殊景品を現金で買い取る」→「景品問屋が交換所から特殊商品を買い取り、ホールに卸す」という換金システムです。
 
警察庁は、「パチンコ店が直接現金に換えているわけではないから、直ちに違法にはならない」としています。
 
しかし、新宿でカジノ業者が同じ三店方式を採ったことがありましたが、賭博罪で摘発しました。
 
つまり、パチンコの換金(三店方式)とは、刑法185条・風営法第23条により違法行為なのです。
 
しかし、取り締まる立場の警察は、天下りなどでパチンコ業界と癒着しているからパチンコは摘発しません。
 
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日本の政界、特に民主党には、パチンコ業界と関係があり、パチンコの合法化を目指すパチンコ議員が多いです。
 
一般社団法人「パチンコ・チェーンストア協会」の政治分野アドバイザーには、民主党など与野党の国会議員43人(2012年5月21日)がいます。

 
パチンコ・チェーンストア協会
 
 
パチンコ業界が掲げる換金の合法化や、株式公開を支援するアドバイザーですから、違法ギャンブルの合法化に加担しているパチンコ議員です。
 
民主党には、1999年8月に、民主党の国会議員が発足した議員連盟「民主党娯楽産業健全育成研究会」があります。
 
この議連は、パチンコ業界の風営法適用範囲からの除外と、換金行為の完全な合法化を柱とする「遊技場営業の規制及び業務の適正化等に関する法律案大綱」などを公表しています。
 
民主党本部に対して、パチンコ大手の三共・ダイナム・ニラクなどが、2005〜08年の4年間だけでも544万円のパーティー券を購入していました。
 
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民主党は国会議員だけではなくて、外務大臣までもが、パチンコ献金を受けています。
 
前原誠司は、在日韓国人が株の大半を保有している 京都市 内のパチンコ店運営会社から、前原の資金管理団体「新緑会」に53万円、前原が代表の民主党支部に48万円、計101万円の献金を受けていました。
 
「AERA」(2006年2月13日号)では、全国のパチンコ店経営者の出自の内訳は、韓国籍50%・朝鮮籍30〜40%・日本国籍と華僑が各5%にしていました。
 
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大手パチンコグループ「マルハン」の韓昌祐会長は、「戦後のどさくさにまぎれて、日本に密航して来て永住権資格を得た」ことを自身で認めていますが、2002年に帰化した韓国系日本人です。
 
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また、本ブログ3月19日の記事で取り上げた、ワンアジア財団の理事長で、大手パチンコホール「ダイナム」を経営する、株式会社ダイナムの佐藤洋治代表執行役も韓国系日本人です。
 
 
「AERA」の発売後に、日本へ帰化した親の後を継いだ、韓国系日本人経営者も増えているでしょうが、パチンコは韓国・北朝鮮系の利権産業に変わりはありません。
 
    表1:パチンコ業界規模
 
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年間売上高19兆3800億とは、23兆9000億の外食産業に匹敵する巨大市場であり、GDPの4%に当たる規模であります。
もっとも外食産業は442万人の雇用を生み出していますが、賭博場であるパチンコホールは雇用創出は32万にとどまり1670万のギャンブラーを生み出しています。
 
ここ数年、パチンコ業界の売上は不況の影響もあり下がってきていますが、レンジを20年、40年と長く取れば、パチンコ業界の売上は「異常に膨張」してきたといってもいいでしょう。
 
この20兆円市場であるパチンコ業界が、日本のギャンブル市場で警察利権などによりいかに保護され「異常な成長」を遂げてきたのか、数値で検証しましょう。
 
1975年から2010年に掛けて日本におけるギャンブル市場は5兆3670億円から24兆8408億円と4.63倍に成長してきました。
 
■表2:日本におけるギャンブル市場の推移(1975年、2010年対比)(単位:億円)
ギャンブル        1975      2010      伸び高
パチンコ            13040   193800  180760
宝くじ         350     9200      8850
サッカーくじ       0           968       968
中央競馬            9080      24280    15200
競艇           11750    8970     -2780
競輪           10940    6790      -4150
地方競馬            6860      3480      -3380
オートレース    1650       920        -730
合計           53670    248408  194738
 
伸び高19兆4738億のうち、実にパチンコ市場で18兆760億を占めています。
 
■図1:日本におけるギャンブル市場の推移(1975年、2010年対比)(単位:億円)
 
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結果、1975年には24.3%だったパチンコのシェアは2012年には78.0%にまで膨張しています。
 
    図2:ギャンブル市場で膨張するパチンコ業界の推移(1975年、2010年対比)
 
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75年には日本のギャンブルの売上の四分の一弱だったパチンコ業界ですが、ギャンブル市場が4.63倍と膨張するこの35年間に、そのシェアは8割にも及んでいます。現在ではギャンブルといえばパチンコホールを指すと言ってもウソではない独占状態になっているのです。
(木走日記)抜粋
 
人の不幸を考えられないのがパチンコです。
 
東日本大震災で「巨大津波」が多くの人命を奪ってから11日しか経っていない3月22日に、鹿児島県のパチンコ屋はサイトに日本人では信じられない宣伝をしていました。
 
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3月22日海ドォーン 歓喜の大津波来た 桁違いの威力は圧巻 全海域プレミアム! でっかくドォーン! LET’S ENJOY 記憶に残る海EVENT 「海ドォーン」

 
マスコミは、韓国がパチンコを禁止している事実、パチンコ依存症による犯罪や自殺などの危険性、警察とパチンコ業界との癒着、換金の違法性を追及しません。
 
マスコミは、在日利権のパチンコ業界の広告費に依存しているからです。
 
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パチンコ屋と結婚した際、ピアスとペアでデザインした1個4円のパチンコ玉指輪を披露した「神田うの」
 
昨年は福島原発事故で東電管内は計画停電など、節電が求められましたが、今年は全国各地で夏のピーク時に節電が求められます。
 
東電管内のパチンコ屋の1日あたりの電力消費量は、東京ドームの野球100試合以上、東京ディズニーリゾート(ディズニーランドとディズニーシー)の1週間分以上、一般家庭の43万世帯分です。
 
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昨年、節電が求められた際に、東京都遊技業協同組合は、「東京電力管内の約4000のパチンコ屋での、最大使用電力は約84万Kw」だと説明をしました。
 
しかし、この説明は「ピーク時」での電力消費ですから、東京ディズニーリゾートよりも多くて、一般家庭の約10万世帯分にもなります。
 
カジノ法案に民主党議員が「ギャンブル依存が増える」などと言っていますが、これらはパチンコのことで、今年こそ全国のパチンコホールは営業自粛をして節電すべきです。
 
良識ある日本国民の皆様、パチンコについてご考慮下さい。
 
 
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転載元 転載元: 近野滋之・民族主義者の警鐘

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行って来ました

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愛と義


2009/1/31(土) 午後 9:20雑感練習用  Yahoo!ブックマークに登録
 

      御来訪感謝申し上げます。

 今日は、冒頭写真NHK大河ドラマ「天地人」のテーマでもある「愛と義」について、敬天愛人が考えている「日本人の愛と義」を主題として記事に上梓したいと思います。

 「天地人」では自らの利を求める戦ではなく、自らが愛する民、義、郷土を守る戦でなければ筋目が立たない戦である、と「愛と義」を人間の本懐としています。

 これは日本人が古代から自然に身につけてきた美徳であり哲学であろうと考えます。
 また、これが「武士道」精神としても受け継がれて来たと考えるのです。
 
 
日本人の原点は天孫降臨の地である日本列島に、天孫の後裔である天皇の臣民として列島の弥栄を図り、天皇をお守りする事をお誓いして天皇の領土である日本に日本人として住む事を許された民であります。
 その末裔が我々純粋な日本人であり、日本人である証明とは天皇及び皇室を敬い、郷土を愛し、一族郎党、地域社会の人々を愛する心を持った義の人でなければなりません。
 それが日本人としての資格であり、生き方でもあります。
 したがって、自己の「利」だけを追い求める者は正統な日本人とは言い難い存在であると断言できると考えます。

 私は、以前尊敬する先輩に「情けは掛け捨て保険、徳は積み立て貯金」であると教えられました。
 「情けは人のためならず」とは情けを掛けることは人のためにならない、ということではなく、情けを掛ける行為は最終的には自分に返って来ることだから、結局自分のためであることだ、とも教えられました。
 なるほど、人の境遇に同情をして情けを施しても、それはいずれ徳となって返ってくる可能性もあるのだから、人のためと思ってしたことが自分のためにしたことになるのだから、あの時情けを掛けたと恩を着せるなという教えであると思います。
 「掛け捨て保険」とは「まさかの時」の保険であります。「まさかの時」が無いままに時が過ぎれば、それはそれで幸せであり、「まさかの時」はあった時はその情けが生きてくることが往々にしてあるということだと思います。
 そういえば、52年の人生しか歩んでいない私ですが商売をしていてたまに「あの時、世話になったから・・」といって、わざわざ先方から取引先になっていただく事があったり、何かの時に助けていただいたりすることが幾度かありました。

 政治家が選挙に落選した時「私の不徳の致す処です」と敗戦の弁をよく言いますが、「不徳」とは「徳を積んでいない」ということであります。

 徳は日頃の積み重ねでもあります。 日頃、計算高く見返りを求めて自己の利ばかり考え、徳を軽んじていては「徳の積み立て」は出来ません。
 
 「愛と義」とは根底に「無私」の精神がなければ成り立たないものであると思います。

 ブログ盟友の「雨やどり」主宰の正念場さんが、サイクロン被害に見舞われたミャンマー(旧ビルマ)に救援物資を届けようと動いた時、軍事政権のミャンマー政府が特定の国を除く諸外国に国内事情を悟られるのを嫌がり、物資は受け取るが国内に立ち入る事を頑なに拒否したにも拘わらず、正念場さん一行が直接被災者に物資を手渡す事を許可したのは、勿論、正念場さんの熱意と努力の賜物でありますが、もう一つ忘れてならないのは、国境を超えて真摯に被災者を案じる彼の「愛と義」の心がミャンマー軍事政権にも通じたのではないでしょうか。

 国際社会においては「貸し借り」や「駆け引き」が横行し、それがその後の国対国の関係に足枷をかける結果になることが多いので、信頼関係が構築されていなければ「好意」さえも疑心暗鬼で受け止められる世界なのでありますから、正念場さんの「純な心」が岩をも通したと言える典型的な実例であると感銘を受けました。
 そこには人類共通の普遍的な理念である「愛と義」があったからだと思います。

 実はこの人類共通の普遍的な理念さえも、あるようでないのが国際社会であります。
 互いが自己都合の「国益」ばかりを主張し合い、相手の足を引っ張って、自分だけが利を得ようとする国家が多い中で、日本には「我田引水」という言葉があり、他利を考えず自利だけを求める者を「地域社会の協調と和」を乱すものとして忌み嫌う考えがあり、それが日本人の「和を以って貴しと為す」の精神の根本になっているものと考える事ができると思います。

 この精神が育まれた背景には、自然の畏れを知り、「無私」の心を以って君臨する天皇という存在を戴いて来た日本人の「徳」があると思うのです。
 支那や朝鮮を典型例として「自分さえ良ければ良い」という思考しか持たない民族が多い中にあって、日本人には「無私」の心があり、「滅私奉公」という概念があるのも日本が誇れる「美徳」であると考えます。

 現代においてともすれば「利」に走りがちな我々にとって、これからの「徳」の時代が始まろうとしている現在、もう一度改めて「無私と慈愛」の心を持った天皇陛下を戴き、愛と義を基盤とした「和」の精神を最高の徳として歩んで来た日本人の「徳」に思いを馳せることが必要な時が来ているのではないかと考えます。
 
 
生意気な事を取り留めなく書いて来ましたが、先日、以前にブログ盟友の正念場さんからお借りしたミャンマー支援の様子を記録したDVDを改めて拝見し、感じた気持ちを自分なりに掘り下げた考えを記事にさせていただきました。
 

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愛と義←転載元
 

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横浜にきた外国人の最初の観察

2012-05-27

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外国人が横浜にやってきた。
 
f:id:jjtaro_maru:20120527104354j:image

 安政五年六月十九日(1858年7月29日)、幕府日米修好通商条約(にちべいしゅうこうつうしょうじょうやく)を結び、同様の条約をイギリス・フランス・オランダ・ロシアとも結びました。安政五ヶ国条約といいます。この条約に基づいて翌年、6月2日(太陽暦7月1日)、横浜が開港されました。そして外国人が続々やってきました。
 
 横浜に船を下りて入ってきた外国人の観察で共通するところが見られます。
 
 ドイツ考古学者・シュリーマン慶応元年(1865年)来日)
 
「船頭たちは私を埠頭の一つに下ろすと『テンポー』と言いながら指を4本かざしてみせた。労賃としては4天保銭(13スー)を請求したのである。これには大いにに驚いたそれではぎりぎりの値ではないか。シナの船頭たちは少なくともこの4倍は吹っかけてきたし、だから私も、彼等に不平不満はつきものだと考えていたのだ」
 
 小船に乗り移って波止場に向かう際の運賃が安かったことに驚いています。4文は現代賃金ベースの換算でだいたい180円くらいです。
 
 フランス海軍士官のスエンソン(慶応二年(1866年)来日)も「テンポ4枚というかなり安い金で、昼夜を問わず、信頼のおける漕ぎ手が、陸からどんなに離れていようと、客の船まで送り届けてくれる」と感心しています。 明治に入ってイギリスの旅行家、イザベラ・バードも同じような体験をしています。(明治11年(1878年)来日)
 
「サンパンの料金は決まっているので、旅行者は法外な料金を要求されて腹をたてることもなく上陸できます」
 
 適性な料金が定められていたことがわかります。それからイザベラバードは「浮浪者が一人もいない」と感心しています。日本の場合、例えば芝居をして金をもらう人を"河原乞食"といったりしたのですが、外国では何か仕事をしてお金をもらえば乞食に該当しないので、「浮浪者がいない」と感じたのだと思われます。また、シュリーマンの手記では北京で随分と乞食に付きまとわれたことが書いてあり、イザベラ・バードも同経験があり、こういう比較で「浮浪者がいない」と感じた部分もあったのかもしれません。それから横浜は当時、関で守られていたので、本当の意味での浮浪者は入り込みにくかったことも考えられます。
 
 さて、次は税関です。当時は神奈川運上所と言いました。現在の神奈川県庁の場所にありました。明治5年(1872年)に横浜税関と改められました。
 
 
「中を吟味するから荷物を開けるようにと指示した。荷物を解くとなると大仕事だ。できれば免除してもらいたいものだと、官吏二人にそれぞれ一分(2.5フラン)ずつ出した。ところがなんと彼らは、自分の胸を叩いて『ニッポンムスコ』(日本男児?)と言い、これを拒んだ。日本男児たるもの、心づけにつられて義務をないがしろにするのは尊厳にもとる、というのである。おかげで私は荷物を開けなければならなかったが、彼らは言いがかりをつけるどころか、ほんの上辺だけの検査で満足してくれた。一言でいえば、たいへん好意的で親切な応対だった」
 
 イザベラ・バードも好意的に受け取っています。
 
「税関でわたしたちに応対したのは、洋式の青い制服に皮の長靴をはいた小さな役人たちでした。とても礼儀正しい人で人々で、わたしたちのトランクを開けて入念に中身を調べてからまたふたを閉め、ニューヨークで同じ検査をした横柄で強欲な役人たちとは小気味の良い対照を示していました」
 
 イザベラ・バードはニューヨークでイチャモンつけられて賄賂でも請求されたのかもしれません。日本の官吏は武士であり、礼儀正しく不正などしない・・・と思いきや、イギリスの外交官アーネスト・サトウ文久二年(1862年)来日)は次のように書いています。
 
「税関の役人どもは極端に堕落していて、輸入税の脱税を計ろうとする外国人に対して多額の賄賂を要求した。最大の悪風の一つは、葡萄酒、ビール、その他の酒類や日用品を大量に輸入しながら『私用』の品だと偽って、輸入税を免除させようとしたことである」
 
 アーネスト・サトウは日本に25年もいた人です。程度の大小はわかりませんが、武士の恥になるようなことをやっていた官吏もいたようです。西洋の悪徳が伝授されたのか?それを受け入れた武士もいたということでしょう。


参考文献
 
 講談社学術文庫「江戸幕末滞在記」エドゥアルド・スエンソン(著)/ 長島要一(訳)
 
 講談社学術文庫「イザベラ・バードの日本紀行」イザベラ・バード(著)/ 時岡敬子(訳)
 
 平凡社ライブラリー「イザベラ・バードの『日本奥地紀行』を読む」宮本常一(著)
 
 講談社学術文庫「シュリーマン旅行記 清国・日本」ハインリッヒ・シュリーマン(著)/ 石井和子(訳)
 
 新潮新書「武士の家計簿」磯田道史(著)
 
 岩波文庫「一外交官の見た明治維新アーネスト・サトウ(著)/ 坂田精一(訳)
 
横浜開港記念推奨サイト
 
 
 横浜税関 資料展示室のご案内 http://www.customs.go.jp/yokohama/museum/tenjishitsu.htm
 
 横浜都市発展記念館 http://www.tohatsu.city.yokohama.jp/
 
文頭画像
 
 アンベールが描いた横浜 1874年 元町付近から外国人居留地をスケッチしている(PD
 
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大さん橋
 
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横浜税関
 
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横浜税関のカスタムくん
 
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いずれもJJ太郎撮影画像。パブリックドメイン。ご自由に転用していただいて結構です。

青江三奈 伊勢佐木町ブルース
 

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皇宮 (昭和十二年十一月十五日発行)  -033

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