そのことを、国をあげて、各家庭でも子孫に語り伝え、神国日本の不滅を信じ、任務は重く道は遠いということを思い、持てる力のすべてを未来への建設に傾け、道義を重んじて、志操を堅固に保ち、誓って国体の精髄と美質を発揮し、世界の進む道におくれを取らぬよう心がけよ。汝ら臣民、以上のことを余が意志として体せよ。』
この詔勅にこめられた陛下の日本国民への期待と激励と痛恨の想いを、いったいどれだけの臣民が、戦後、おぼえているでありましょうか。
親のこころ子知らずと申しますが、まさに、戦後日本の臣民は親不孝者であります。
「挙国一家、子孫、相伝え、よく神州の不滅を信じ、任重くして道遠きをおもい、総力を将来の建設に傾け、道義を篤(あつ)くし、志操を固くし、誓って国体の精華を発揚し、世界の進運におくれざらんことを期すべし。汝臣民、それよく朕が意を体せよ』とあるが、この大御心は戦後、今日まで臣民は無視されてきたことがわかります。
確かに『総力を将来の建設に傾け』『世界の進運におくれざらんことを期す』という所だけは経済大國となった今日をみれば必死になってやってきた。
ところが、だれも『神州の不滅』など忘れ、『道義』も軽んじられ続けた。『志操』も捨て、『國体の精華』という言葉すら、殆どの国民が知らず、精神性を捨て去ってきました。
物質的な建設と、世界の流行に遅れるまいとする姿だけ肥大し、我欲にまみれ、精神にかわることを、捨ててしまいました。
『神州日本の不滅』『道義』『志操』『國体』という意識を、とりもどさないと、この先、國は亡国するかもしれません。
まっとうな民族意識と国家意識を、復活させることは可能なはずです。それが『国体の精華を発揚』するということです。
民族意識こそ、國家にとって民族にとって、最大最強の武器です。だから、戦後、連合国は、まず最初に日本の「民族意識」を失くさせようとしたのです。
神道指令、教育勅語廃止、で君臣の固い紐帯を、占領憲法によって軍隊を奪い、お国柄を無力化し、一旦緩急[いったんかんきゅう]あれば義勇公に奉ずる世界に類をみない精神力を発揮する「やまと魂」を封じ込めたのです。
彼らがもっとも恐れたのは、我国の軍事力は勿論、それを支えつづけた日本人の民族意識・臥薪嘗胆に代表される精神力だったことが、お解りいただけるでしょう。
日本人の精神力を骨なしにし、アメリカに魂を売らせることが、最大の武装解除を意味しました。
今度は中国、韓国、北朝鮮にも魂を奪われつつあります。
だからこそ、失いつつある日本の魂を取り戻さなければならない。
それこそ先帝陛下の大御心に報いることではないでしょうか?
私はこの記事を書きながら先帝陛下ががどんな想いで起草あそばされ、読まれたか、想像するだけで目頭が熱くなり、涙がとまりませんでした。
今一度、日本國臣民は、終戦の詔(みことのり)、「年頭、国運振興の詔書(新日本建設に関する詔書)」を深く胸に刻み、噛みしめて欲しいと願うのであります。
私たちは日本人です。
日本人は日本人の原点に回帰すべきです。
「誇り高き日本」へ・・・・・陛下の大御心の下(もと)へ・・・