安積道也 〜教会音楽家のひとりごと〜

ドイツで教会音楽家として働いていましたが、2008年に帰国しました。福岡で活動中です。

合唱

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西南学院オラトリオ・アカデミー


ドイツ旅行記をちょっとお休みして、
宣伝です。


西南学院は、2016年で創立100周年を迎えます。
この4月からの年度が、100周年事業のキックオフの年となります。

「西南の教職員のみんな、がんばれよ〜」

とタカをくくっていたら、

お偉い様から、

「音楽主事!なにかやれ」

とお達しが。

それで、どうせなら、ということで念願の
オラトリオ(オーケストラ付き合唱曲で内容は教会音楽)をうたう合唱団を立ち上げることにしました。
チャペルクワイアをのぞいて、
日本で責任をもって練習から本番まで指揮指導をする初めての一般合唱団です。

めだまは、

・西南学院大学チャペルが練習会場であること。
・毎回、託児があること。
・会費は高くない。おまけにチケットノルマ、演奏会参加費用がない!
・本番は、チャペルでオーケストラと、ソリストつき。
・学院の全面バックアップ体制がある。

第一回目の演目は、今年の11月3日にモーツァルトのレクイエムです。
もちろん練習の指導ならびに本番指揮者も僕です。
いままで身につけてきた、合唱に関するありとあらゆる技術と技と「情熱」を注ぎ込む予定です。

以下のアドレスのサイトを見てください。
そのチラシのサイトに行きますので、興味のある方は、ご一読ください。
(あるいは「西南学院オラトリオ・アカデミー」と検索すると出ます)


http://www.seinan-gu.ac.jp/assets/users/1/files/ORATORIO%20ACADEMY.pdf

夢は、
一般合唱愛好家+学生(小中高大学生:学校問わず)+熱烈西南OB・OG という合唱団に育てて、
皆で、マタイ受難曲を歌うこと。

風呂敷、広げられるだけ広げて始めてみます。
請うご期待。

ご参加、お待ちしています!!





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ジャズダンス


半年ぐらい前のことだろうか。

生まれて初めてジャズダンスをした。

 
 
 

ところで近頃考える。「専門家になる」ということは、一つのことに対し、多くの視点を身につけることでもあるが、逆に、多くの視点を失うことでもある。たとえば、僕は合唱指揮・指導の専門家であるし、実践も日々こなしている。しかし、僕はもうどう頑張っても「合唱の初心者」には戻れないのである。

僕が週三回指導している大学聖歌隊の学生のほとんどが、いわゆる「初心者(=楽譜読めない。歌ったことない。etc.)で入ってくるわけで、僕は「専門家」としてあらゆる配慮を払うものの、本当の意味で彼らの立場に立つことができない。「配慮」といってもあくまでも、僕の側から見たものでしかないことは自明の理である。ここに、自己矛盾を感じ、苛立つことも多い。

 

それはともかく、僕は学院音楽主事として演奏業務(指揮、オルガン演奏、その他)がある以上、スポーツ選手同様、自己の体調管理と楽器を操作するための筋力トレーニングは欠かすことができない。そのようなわけで2年ほど前からジムに通っている。

 

僕の通う某ジムクラブは非常に充実していて、器具によるトレーニングはもちろん、トレーナーが僕の仕事内容に必要な筋力トレーニングのメニューを立ててくれる。そして、ふたつあるスタジオで、さまざまなクラスが曜日別・時間別に開かれていて、いつでも参加して構わない。それがまたうれしい。体の硬い僕はおもにヨガのクラスに参加している。(会議等で上がった血圧を下げる目的もある)

 

仕事の都合で、行ける曜日が決まっているのだが、ある日珍しくいったことのない曜日にジムに行った。ルーティーンワークとしてバイクをこぎ、いつもの時間にひょいと「ヨガ」のクラスに、時間ぎりぎり飛び込んだ。

 
 

すぐにドアが閉じられ、先生が前へ。

いつもの神秘的なヨガ服ではなく、今日はど派手である。よくみると顔も違う。

「あれ、いつもの先生は、風邪かな?」といぶかって周りを見ると、いつもの顔見知りが一人も居ない。みなさんいつもより露出が多く、スタイルがよろしい。

その時先生が威勢よく叫んだ。「こんばんは〜!それでは今日も始めましょう。『初めてのジャスダン』の時間です!」

 

おっとぉ

 

「皆さんで、ジャズダンスの基本からみっちりやっていきます。今日はちょうど3カ月目。今までやってきた動きをまとめてみましょう!」

 

ぅおっとぉ

 

曜日が違うのを忘れて違うクラスに入ったらしい。

しかし、入ってしまった手前、ここで出るのも何となく恥ずかしいし、「初めての・・・」とか言っているから、まあ、試しに一時間やってみるのも悪くないか、と意を決してとどまった。

 

僕は、踊り音痴である。踊るといえば、国の「山県小国音頭」か、「豊栄(とよさか)おんど」くらいのもので、やったことのある一番「ナウい」ダンスが、フォークダンスのビューティフルサンデーというレベルである。ジャズダンスのようなアクロバティックなものは見ているだけで目が回ってくる。

 

準備運動を兼ねた体操が始まった。ガンガンと乗りの良い音楽が鳴り、みなさん慣れた体さばきで手足をのばしてゆく。前方一面鏡張りなのだが、鏡など見ている余裕はない。先生の動きをガン見して、08秒遅れぐらいでついていく。

 

一息水飲み休憩が入った。そこで脱出も可能であったが、なんとなく準備運動について行けてしまったので、つい欲を出して続けてみた。その後は、説明付きの動きが、複雑さを増しながらどんどんテンポよく繰り返されてゆく。しかしこの先生、踊りは非常にうまい。つい見とれる。教え方もとても上手。きっと一流の方なのだろう。先生としても抜群だ。受講生の皆さんが全幅の信頼を置いて先生の指示に従い、踊っているのがよくわかる。

 

しかし、僕にとってはどの動きも人生で一度もしたことのないものばかりで、頭も体もすでに飽和状態。ついに、全員でターンするところで逆走し、お隣さんとクラッシュしてしまった。先生は大笑いしながら、「大丈夫大丈夫、もう一回やってみましょう」と『笑い飛ばして』くださった。きっと、明らかな初心者の僕を思って、救ってくれたのだろう。

 

しかし僕はひそかに傷ついた。きっと見ていておもしろかったのだろう。でも笑うのはひどい。恥ずかしいし、でも黙ってもう一回繰り返してくれてもいいのではないか?

 

だが、めげずに頑張った。

動きは一個一個確認され、それを少しずつつなげていく。うまくいったりいかなかったり。そのうち指示のレベルが上がってくる。

 

「手を上げるときは、重心に対してこう!動きの順番だけではなくて前の鏡を見て、確認して!」

 

・・・確認など冗談ではない。こちら、左のお隣さんと右のお隣さんのはざまで、ぶつからずに動くだけで精一杯である。

 
 

ある決めのポーズがあった。なんども皆で繰り返し、つなげてやってみた。自分では、決まったか!と思った瞬間

 

「あぁ〜〜〜!そろってない〜〜!!」と先生絶叫。

 

・・・結構落ち込む。

 
 

「もっと手の出しどころを上から、そして肩をこう入れる!」

 

・・・何やら意味不明な指示が飛んでくる。

 
 

再びチャレンジ

 

「やった〜〜、いまのはよかった!!」

 

・・・というか、さっきとどう違うのか、まるでその違いが分からない。

でも、まあ、先生が喜んでいるから、それでいいか。

 
 

「今の感覚、おぼえておいてね!!」

・・・どれのどの感覚だろう…?でもとりあえずうなずいてみる。

 
 

踊っていると先生が(多分心配して)近づいてくる。

 

・・・お願い。こっちに来ないで。必死なんだから一人にしておいてくれ。

 
 

「大丈夫ですか?むりしないで!」

 

・・・無理せずできるようなことではない。大丈夫ならもっと楽しそうな顔をするぞ。でも笑い返してみる。僕も日本人が板についてきたなぁ。

 
 

最後にみんなで通してみた。踊りながら、また先生が、こちらに視線を飛ばしながら叫んでいる。

 

「はい〜、自分の動きだけじゃなくて、前の鏡を見て、みなさんと腕の角度と、腰の位置を揃えましょう。自分だけで踊らず、みんなで一緒の動きで〜〜〜!」

 

・・・うるさいなぁ、わかってますよ、そんなこと。できれば苦労しませんよ。少しは僕の気持ちもわかってくれ、

こっちは「初心者」なんだから!!

 

・・・と思った時、ふと最近友達に誘われてわが聖歌隊に入ってきたまったくの合唱初心者のある学生くんを思い出した。

 

僕は彼か・・・!

 

その時、自分がものすごく貴重な体験をしていることを悟った。ああそうか、クワイアのみんなはきっとこんな思いをしているのかもしれん。

考えてみれば、ジャズダンスの先生の言っていることは、連日僕が言っていることとほとんど変わらない。ジャズダンスと合唱の共通点発見も大きな喜びだったが、今こうして、再び「初心者」のつらさや居心地の悪さを味わうことができる喜びで満たされた。

 

なるほど、こういうことなのか!とおもい、動きはそっちのけでこの一時間の自分の内的感情体験を追認する。

罪悪感に襲われた。結構自分は、自分勝手に相手を思いやっているふりをしていたらしい。この温度差は一体何だろう。

 

それ以来、考え続けている。

いまだ答えは出ない。

 

でもいろんなことが分かった。

 

練習中、彼らも必死なこと。

目をそらすのにも理由があること。

できなくて当たり前だということ。

褒められても、うれしくない時もあること。

指導者の「配慮」が邪魔になることもあること。

放っておいてほしいときがあること。

表情と違うことを考えていることが多々あること。

 

学生さんも人間。僕も人間。

彼らは20歳そこそこ。僕もまだまだ30代(後半)そこそこ。

お互い、分からないことだらけだ。

 

でも今回のジャズダンス事件で少し学生さん理解が深まったかもしれない。

もちろんそれがどのように実際の指導メソードに変化をもたらしたかは別問題であるけれど、心構えはちょっと変わったつもり。

しかし僕同様に演奏業務が課されているクワイアの指導者として、譲ってはいけないレベルがあることも厳然とした事実である。新たな自己矛盾が増えた。

 

そうは言うものの、時間がたつと「喉元過ぎれば、」の如くまた初心を忘れてくる。

幸い、僕の通うジムにはまだまだ僕の知らない世界のクラスがいっぱいある。時に勇気を振り絞り、飛び込んでみたりしている。

 
 
 

しかし、ジャズダンスのクラスにだけは、今後も行くつもりはない・・・・

 

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声帯と痰

声帯と痰

 

先日アップした内容から、問い合わせが一つありました。

「声帯と痰」についてです。ロ短調のリハーサル時に一回、またワークショップのときも一度モールテンが言及しました。

たぶん僕の通訳の拙さでうまく伝わっておらず(あるいは全部説明すると時間のロスになるので省いたのかもしれませんが)、申し訳なく思っていました。

良い機会なので、簡単にご説明申し上げます。

 

ただし、今回の内容は、モールテンかもしくは僕のところで発声練習をしていない人にとっては、なんことだかさっぱりの内容ですので、あしからず。

というより、実際の発声練習を受けていないと勘違いする可能性が高いのでご注意ください。

 

また、幾分誤解を招く記述があると思います。他所への引用はご遠慮ください。

 
 
 
 

以下のような状況でした。

 

いつもどおり、発声をハミング(ppmn)から始めました。w-z-r-bのトレモロ練習の後、i-i-i-iuiuiuiui~u-u-u-uiuiuiuiu〜をやっているときに、確かどなたが派手に咳をして痰を切ったときだったと思います。

モールテンがおもむろに「咳をしてもいいけれど、大事な痰だから、全部切らないでね」といいました。

 

これに対して、咳はしてはいけないのか?痰は切ってはいけないのか?痰を切らなければ歌えないのでは?というご質問でした。

 
 

生理学的にはもっと複雑なのですが、ざっくり言うと、実際に震えて音を作り出す声帯は二つの異なる機能を持つ部分からなる、という話をワークショップでしたのを覚えているでしょうか。一つをVollregister(フォルレジスター:いわゆる話し声にあたる部分)、もう一つをRandregister(ラントレジスター:俗に言う裏声にあたる部分)と名づけました(名付け親はモールテン自身です)。Vollregisterは声唇といって、筋肉の集まりです。そのさらに内側(声門裂*に面した所)に声帯靱帯という薄い膜のようなヒダヒダがあり、これがRandregisterです。この二つの機能を持つ部分が一対(=声帯)あり、お互いにぶつかり合って音に波を生み出し、「音」を発生させます。

 

*声門裂は上から見るとV字状に見える声帯の間のこと。空気の通り道です。

 
 

複数の音程を他人とハモらせる技=合唱には、常にこの二つのレジスターが共に動いている必要があります。当然、内側にあるラント(「縁」と言う意味)レジスターが声門裂で互いに触れ合っていると思われがちなのですが、実は、声帯を覆うように粘液が張り巡らされています。流動性の高い粘膜で発音時に一緒に震えたりもします。エンジンオイルのようなものを思ってください。オイルが切れたら、すぐにピストンが焼けてしまいますね。同様に声帯もこの粘液で「接点」が保護されていないと炎症をおこしてしまいます。

モールテンはこのコーティングしている粘膜のことを「痰」といったのです。

 

なお、ドイツ語だと痰も粘液も俗語では同じ単語(Schleim)になってしまうので、これは、完全に僕の通訳のしそこね、であったようです。申し訳ありません。

 

話を戻します。

咳をすると強烈な風速と風圧で、いわゆる歌唱を妨げる粘着性の高い「痰」と同時にこのコーティングの役を買っている「粘液」も吹き飛ばしてしまうことになります。ラントレジスターがじかに触れている状態で長く歌っていると、高い確率で声帯障害を起こしかねません。かすれ声、重たい声、ある音から上がまったくでなくなる声、がらがら声などなど。

 

それで、(これは僕も知りませんでしたが)、弱くやさしくラントレジスターを刺激してやると、声帯はこの大事な粘液を再び生産し始めるそうです。弱い音でのハミングだったり、iuiuiuiuiの練習、そして派手に声帯を酷使するbinbanbanの後にやっていた hu,hu,の練習には、声帯の保護粘液生成作用促進の意味もあったのです。(少し使ったから、喉にちょっと油を塗ろう、とか言っていたのはこの意味です。)

 
 

ワークショップでは、別の目的でiuiuiuiuを続けていましたから、声帯付近にはずいぶん多くのコーティング粘液が出ていたはずです。それでコンコン軽くやっていた人もいましたが、それには何も言っていませんでしたね。ただ、派手に咳をしていた人に対して、「(確かに歌唱を妨げる「痰」は切らなきゃ歌えないけれど、)やりすぎると、大事な粘液まで失ってしまうから、ほどほどに」ということだったのです。

 

咳をすることは時に必要です。彼自身、ひどい痰であれば切らなければ歌えない、と言っていました。でも基本的に「咳」は声帯の大敵です。

 

いかがでしょうか。

 

今後も、痰を切るときはほどほどになさって、声帯が良い状態になるよう心がけてください。

 

僕も、また通訳する機会があったときのために、脳の言語野に粘液でも塗りなおしておきます。

 
 
 

ちなみに、声帯に関して映像や図で見てみたい方は、以下のサイトにアクセスしてみてください。英語ではありますが、非常に細かく、分かりやすい図と、実際の動画で声帯の動きを見ることが出来るので有名なサイトです。筋肉をクリックすると絵が動いたりもします。ご参照ください。

 
 
 
 

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余談 モールテンと東京を満喫する

余談であります。
 
モールテンが来日して3日目、ロ短調のオーケストラリハーサルのために、二人で飛行機に乗って福岡から羽田に向かいました。
その道中のことです。
 
出発を待つ機体の中で、声に関して次から次へと質問する僕に、大きな身振り手振りと機体を揺るがすほどの超低音で答える彼。そこへ、いつものごとくウェルカムアナウンス(日本語+英語)が。ああ、またかといらいらしながら、アナウンスを無視するために集中しようと思った矢先、モールテンが顔を大きくしかめ、話を止めました。一瞬どうしたかと思ったのだけれど、すぐに、この無神経なアナウンスのせいで話しを続けられないとわかりました。
 
 
3分ほどじっと耐える。
 
やっと終わったので、中断していた話を始めようとしたら、すかさず英語バージョンでもう一度。
 
モールテン、だまって耐える。 
 
終わったのを見計らい、中断していた「声帯と痰」に関する説明を始めたとたん、「非常事態におけるうんぬん」の説明コール。
 
モールテン、耐える。
 
終わったら、即座にモールテンが「and now,Lady and Gentleman!」とぼやいたとたん、やはり英語バージョン。「Lady and Gentleman!~~
 
モールテン、もだえる。
 
 
 
羽田についた後も、京急、JRと乗りついで、小田急線参宮橋まで行きましたが、車内のアナウンスにいちいち、話題が中断され、また、山手線の一駅ごとにあのけたたましい発着のミュージックベル(?)には、正真正銘神経を逆撫でされたようで、
 
「なぜ、カデンツをふまないんだ?」
 
「どんなやつがこういう和声進行を作った?」
 
「せめて同時に流せ」
 
挙句の果てには、
 
「道也、車掌に行って、音量を下げてもらって来い。音量ゼロくらいでいいから」
など、文句たらたら。
 
これは楽しかった。なぜかと言うと、僕が日本に帰国した時とまったく同じように反応してくれたからです。ちなみに僕は今でも、JRで都内を移動するときや飛行機移動時は耳栓を欠かしません。新宿など乗り換えるだけで、あの音量と雑多な音の断片に発狂しそうになりますから。
 
リハーサルを終えホテルに戻り、翌日のロビーでの集合時間を決めて分かれました。
次の日、別々に朝食を取って、ロビーに集合したときの僕の一言目。
 
 
道也「朝食は味わえたかい?」
 
モールテン「最低だ。まるでポルノミュージックだ。おまえは朝からポルノを見るか?」
 
道也「消してもらえばよかったのに」
 
モールテン「ウェイターまでポルノ男優みたいだったから、やめた」
 
 
お分かりでしょうか。朝食会場では、BGMにシャンソンっぽいジャズ風味の、けだるいピアノ曲がつらつらとかかっていたのです。僕はスピーカから遠いところを探したのですが、音響はほぼ完璧で、どこにもその死角がありませんでした。耐えつつ急いで食べて、すぐに脱出してきたのです。
それで「味わえたのかい?」と聞いてみたら、一発で話が合ったというわけです。
 
「日本ではね、心を和ませるために、ああいったBGWを流すんだ。素直に、和んでみたら」といってモールテンを挑発してみました。
 
「こどもが泣いたら、ガラガラを与える。あるいはいやいやをしたら、物をあげる。音楽を聞かせてみる。和ませてみる。・・これは納得いく。 ところで俺は昨日日本のテレビを見た。どの番組もお笑いばかりだ。自分を意図的に幼児化させて、馬鹿を装っている。
道也!日本は大丈夫か?大人になってもBGMが至るところにある意味がわかっているのか。自分と向き合う時間を持たせないつもりだぞ。精神的成長を妨げる最悪の方法だ。一億総勢幼児化だぞ。これは政府の方針かさしがねか?麻薬と変わらん。」
 
この流れでこの話、世界戦争にまでつながっていくのですが、そこはカットします。
 
 
JRの中では、アナウンスと発着ベルに耐えつつ、話題を変えてみました。
東京の移動時間は片道90分が普通だが、その間本が読める。西南まで片道チャリ通3分の今は、まったく本を読む時間が無くなった。長距離通勤も良し悪しだ、などと言う無用な話をしたところ、
 
「でも車内を良く見ろ。一体だれが本を読んでいる?ゲームばかりだ。ゲームか携帯だ・・・。
 道也・・・日本は大丈夫か!? −(以下略)−」
 
 
帰りの飛行機は混んでいて席が別々だったので、僕は彼から4列ほど後方にいました。彼は隣に座った器楽の人と何か英語でしゃべっています。後ろから見ていると、機内アテンダントが心配するくらい、両手を大きく動かしながらしきりに何かを説明していました。と言うか、朗々と響き渡っていたので、その内容は僕にもほとんど理解できたくらいでした。
さて、往路便同様ウェルカムアナウンスと緊急時の云々が始まりました。
相手は、「普通」の日本人。モールテン、さあどうする!?
 
・・彼は耐えた!そのまま、聞き流しつつ、オーケストラの彼と会話を続けたました(大人だ!)
 
 
福岡到着後、「大丈夫だった?」ときくと、「あぁ、つかれた」と一言。やはり重労働だったらしい。
 
 
 
ヨーロッパは音が少ない。
あちらでレストランに入って落ち着けるのは、BGMが無いからだと思う。あるとき東京でいそいで譜面を読まねばならず、一時間歩いて、結局音楽の聞こえないところが見つからなかったことがあります。アルコール中毒ならぬ、音楽中毒だ、とおもった。
 
今回の東京一泊は、モールテンの合唱リハーサルでドイツにいた頃と同じくらい音に敏感になってしまった僕には、非常に辛かった。しかし、モールテンも辛かったのをみて、自分が異常でないことに安心しました。
 
 
 
この関連で思い出したことが一つ。
 
ロ短調ミサ曲の最終曲dona nobis pacemを歌い終わったときのことです。
それまでわれわれに静寂を保持していてくれていた聴衆の中には、残念ながら、「拍手のために演奏会に来る」様な人が何名かいたらしく、最後の和音が終わったとたん「待ってました!やっと自分の出番だ」とばかりに、自己中心的に手を打ち鳴らした。誠に残念なことだった。
 
最も音楽的な瞬間は、演奏がすべて終わり、それが静寂の中に消えていくその瞬間であると私は確信しています。とくに宗教的オラトリオはそういうことが多い。2時間にわたる壮大な信仰のドラマが最終和音の後、まるで清水が乾いた土に染み渡っていくように体と心と魂にしみこんでいく瞬間に「音」はあってはならないのです。
 
沈黙と静寂は音楽の基本であり前提であると常々思っています。
拍手はありがたいけれど、音楽に満ちた静寂を知らぬ人の拍手は、時にわれわれの労苦を一瞬で台無しにしてしまうことも知っていてください。
 
モールテンの日本滞在は、僕に基本的かつ本質的なことを思い出すきっかけをくれました。またこうして騒がしい日常に戻りますが、せめて、美しく音楽的な沈黙を失わずに、静寂に耳を澄ませることを忘れずに、音楽をしていきたいと思います。

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福岡古楽祭ワークショップ

古楽祭二日目から3回にわたって合唱ワークショップがありました。モールテン指導で僕は通訳。

彼の発声練習は独特で、やる手順そのものはいつも通りなのですが、毎回指示することが違うのです。そのときに歌う楽曲に適するように、その場にいる人の声を整えていく技は何度見ても驚嘆します。「毎回、楽曲も歌うメンバーも時間帯も会場も違うのだから、それは当然だろう」と当たり前のように言うのですが、一体彼の耳はどのようになっているのだろう?あまりに自然にやるので、一緒に発声をしている人には、まったく気づかれないような調整をしていました。

 

僕は、2回ほどコーロ・ピエーノの皆さんの練習会場で希望者に「事前練習」なるものをしました。ようは音取りですが、ロ短調の祝祭合唱団とは違い、皆さんの「声」には、まったく手をつけませんでした。いわば、「音は取れているけれど、乱れ放題」の状態であえて彼に渡したのです。「viel Spass!〔楽しんでね!〕」と始まる前にニヤニヤしながら一言言ったら、すぐに事情を察したらしく、軽く鼻で笑って「まあみてろ」とステージに上がっていきました。

 

まずソプラノの徹底した声の機能統制からはじめ、群雄割拠のテノールの足並みをそろえ、独立独歩のバス集団に統一感を持たせ、実体のなかったアルトに豊かな表情を与え、見る間に合唱団として成長していく様をわくわくしながら通訳しました。

 

通訳といえば、ロ短調の全体練習のときは、「オーケストラには英語で、合唱団にはドイツ語でしゃべるから、ドイツ語だけ訳せばいい」といったものの、結局英語にドイツ語がたまに混ざる程度になってしまい、挙句の果てには「ワン,トゥー、スリー、フィーァ(Vier4(独))」には、もう笑うしかありませんでした。しかし、ワークショップではドイツ語一本に絞ってもらえ、訳もしやすくなりました。改めて、英語も出来ないとなぁと、自己反省した次第です。

 
 
 

かれが、声を楽器として捉え、機能的に声の質を分析し、さまざまなイメージと多彩な指揮法で歌い手の呼吸をコントロールしていく過程で、ときに和音一つで涙が出てしまいそうなくらい感動することがドイツでは多々ありました。今回、自分は歌わず「外」からその響きを聞いたのですが、歌っているときと同様、なんどもその美しさに涙が流れそうになりました。

自分もいつか、歌い手と聞き手をつなげるような響きを振れるようになりたいと、心から思うのですが、あと20年はかかるかなぁ。

 

ところで、今回会場入りしたとたんに、「あ、やばい」と思ったことが一つありました。空調か何かのゴー!という音です。かなりの騒音でしたので、彼が文句を言うのは火を見るより明らか。何せ、「道也、あの二本目の蛍光灯がうるさい。ちょっとはずしてきてくれ」とか平気でいう人なので、これは大丈夫だろうか、と心配したしだいです。案の定、「クーラーは要らないから、切って静かにさせてくれ」と言ってきたので、冷房を切ったのですが、今回に限っては騒音より「夏ばて」がひどかったらしく、「音は鳴ってもいいから、やっぱりクーラー入れてくれ」と次の休憩時に折れたところが面白かったです。

 
 

今回のワークショップでいろいろな感想を頂き、驚いたりうれしかったり。そのいくつかを紹介しましょう。どれもモールテンに伝えたのですが、それぞれ喜んでいました。

 

 

「あたし、これで合唱やめようかしら。もうこんな素敵な経験、二度とないわ・・・」(今回おそらく参加者中最年長)

 
 

「あたしは、悔しい。東京には、こんなの無い。福岡の人がうらやましい」(東京からの参加者)

 
 

「長年合唱やってて、初めて楽しいと思った。ありがとう」

 
 

「あたし人生変わりました。これからは合唱のために生きます」

 
 

しかしながら一番多かった感想がこれです。

 
 

「・・・・もっとしっかり準備してくればよかったぁ〜〜〜」

 
 

福岡古楽祭最終日には、発表会があり、そう多くはない聴衆を前に、彼は最後の最後まで(つまり本番中まで)、諦めることなく、全力で向かい合ってくれたことは、参加者全員が感じたことでしょう。

 

ちなみに、本番10分前に着替えながら、「Gloriaのインチピット、どうするの?」と聞いた僕が馬鹿で、

「君の元先生として、きみの能力を少しでも九州に知らしめておかなければならない。だから、道也。おまえやれ。」とサプライズを誘発してしまいました。

この手のサプライズは教会音楽家には日常茶飯事なので、かまわないのですが、コンサート者の場合は、せめて一日前に伝えてほしかったですね。

 
 

その日の午後は、裏庭が素晴らしく美しいという光明禅寺(太宰府)へ。雨がしとしと降ってきて、結局僕らはそこに2時間近く風と雨だれの音に耳を傾け、庭に揺れる木々に心をゆだねて、座り込んできました。

雨だれをきいて最上の音楽と称し、ゆれる木々をみて、そこに詩を読み取る彼は、ほとんど茶人のようでした。とても良い時間をもつことができました。でも縁側にあの長い足を放り出して、一番いい場所を2時間に渡って占領するあたりは、茶人には程遠いものでした。

 

その後、ボランティアのひとたちとの打ち上げに参加。

30分おくれで到着したら、場はすでにすごい盛り上がりでした。

次の日早くに唐津に立つ予定の彼は、途中中退。送っていったら、「いろんな国に行くが、日本ほど暖かく歓迎されたことはないよ。」とうれしそうでした。

打ち上げにてツーショット
イメージ 1

 

ちなみに、この前々日の打ち上げでは、翌日先に出発することになっていた二人のソリスト(ソプラノのトリーネと、カウンターのヨゼメ)を囲んだ打ち上げがありました。ヨゼメは日本の海の幸に興味津々。お刺身が大好きで、見慣れぬものを次々に口に入れては、大感激を繰り返す好青年。トリーネは、警戒心が強く、見慣れぬものはよほど勧めない限り口にはしないタイプ。いやなものには、いやそうな顔をする素直なタイプといっていいでしょうか。詩人モールテンは、分析家。口上たれつつ、試しつつ一定の距離感を取り続けるタイプ。

その三人の前に、九州名物「イカの活き造り」が届けられたときの模様です。



ヨゼメ(左): 「見た目より、おいしいよ」

モールテン(中央): 「いや、こいつの神経系統はまだ生きている。脳は危険信号をだしつづけている。だが、彼は果たして痛みを感じているのだろうか。いや、<自覚的>ではないだろう。」

トリーネ(右): 「@×○△#%&・・・!」

イメージ 2



ヨゼメ:「いや、うまいって。ちゃんとたべてあげなきゃ!」

モールテン:「みろ、神経系が壊死し始めてきた。色の変化速度がおちてきたぞ」

トリーネ:「・・・・・・」

イメージ 3


 

なにはともあれ福岡古楽祭は終わり、次の日からモールテンは唐津・阿蘇へ23日の旅行に出かけました。これはボランティアの方におまかせして 僕は、先週一週間分の残務処理。危うく西南学院の研究室で23日するところでした。

 

帰国の朝、ホテルまで迎えに行って、お見送りをしました。

「旅行では、自分が本当に見たいと思っていたものがすべてみれた!」と大喜びしていました。自分の故郷と九州の自然にいろいろな共通点を見出していたようです。

 

ゲートに入りやっと見えなくなると、さすがに気が緩みました。長かったような、短かったような。しかし、僕自身もここまで長い時間彼とじっくり話すことは今まで無かったので、山のように質問ができたことがとてもおおきな収穫でした。

 

また是非合唱指揮者として彼を日本に招聘したいものです。

 

何はともあれ、お疲れ様でした。

 
 
 
 

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