ハワイの歴史番外編【ウクレレ1】
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我々外国人がハワイ固有の物だと思っている物が 外来の物である場合が多いのがハワイです。 例えばパイナップルは1813年にスペインよりもたらされ, アカダミア・ナッツは1892年になって初めて栽培されたそうです。 そしてハワイの象徴のようなハイビスカスも、ハワイの人にとってのイメージは 案外”オキナワ”だったりもするのです。 ハワイの民族楽器だと思っているウクレレ (ハオレは"ウクレレ”と発音できないので”ユークレイリ”と発音します。) も実は外来の物で, 初めてハワイの人々が目にしたのは 1879年8月23日―アフリカ大陸の北西沖にあるポルトガル領のマデイラ諸島から, 子供178人を含む男女421名のポルトガル人を乗せた 英国籍の移民輸送船レーベンスクラグ号がホノルルに到着した日のことでした。 ハワイとポルトガルの関係は古く, 初めてハワイに到達したヨーロッパ人は1778年のイギリスのクック船長ではなく 1555年の Juan Gatano(Caetano) というポルトガル人という説もあります。 少なくとも捕鯨が盛んであった1820年代には 多くのポルトガル人(主にマデイラ島やアゾレス諸島出身)が ハワイに移民し捕鯨の仕事、又は捕鯨船相手の仕事をしていました。 そして19世紀の後半になると11,937名にのぼるボルトガル人が サトウキビ栽培プランテーションの 入植者や富豪家のメイドとしてハワイに移民してきました。 その移民活動の中心人物が ドイツ人の植物学者ヴィリアム・ヒルブラントという人物です。 1871年ハワイからマデイラ島に移り住んだヒルブラントは ハワイ政府から移民確保の委託を受け, マデイラ島とアゾレス諸島の住民から移民希望者を募しました。 その結果集まった第1陣は36名の子供を含む120名。 彼らはドイツの小型帆船プリシラ号に乗船し, マデイラの首都フンシャルから116日の航海を経て1878年9月30日にホノルルに到着しました。 ★今日の画像★ マイデラ島 |




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2010/4/2(金) 午後 8:43 [ ]