今週は、b調査区(西半部)の第2遺構面(16世紀中心?)を調査しています。
調査区の西端に南北方向の幅2m程度の溝が検出されています。
下の写真にみえるように、この溝からは多数の瓦片が出土しています。二次焼成をうけて、赤変したものも多く、火災後に溝内に投棄された遺物群と考えるべきでしょう。一緒に廃棄された土師器皿の中には15世紀のものが目立ちます。
同じ遺構面の周囲の遺構(土坑や柱穴)からは、16世紀の遺物が多く出土していますので、この15世紀の溝は、現在調査している範囲の中で一番古い遺構になるかもしれません。
南方約300mのところの同志社今出川キャンパスの調査では、同じように相国寺西端に南北方向の15世紀の石組溝がみつかっています。今回検出された溝も、おなじように、相国寺の西端を限る溝かもしれません。
また、多数の焼瓦の存在からは、近接して15世紀の瓦葺建物(仏堂?)が建っていたとも考えられます。
ただし、この15世紀の溝の東側には、同時期の柱穴や礎石などはみつかりません。
とすれば、溝のさらに西側に15世紀の瓦葺建物が展開していた可能性もあるわけです。そうすると、この溝を相国寺の西限とは言えなくなってきます。
いずれにしても、今回の調査の中で、15〜16世紀の相国寺の西端部の在り方を考える鍵となる遺構になりそうです。
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