命のデモ行進

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監獄日記 vol 80 刑事施設の長に対する苦情申出をしたべ〜

刑事施設の長に対する苦情申出をしたべ〜

文言は以下のとおり

『 苦情申出の趣旨
余暇時間における職員の節度を越えた干渉について2件。
並びに、運動時間と食事内容について各1件。
都合4件の苦情を申出します。

 苦情申出の理由

①余暇時間の発声について
収容の手引きによれば「第10余暇活動の援助」の項に「余暇時間をどのように過すかは当所の規律及び秩序を害したり他人に迷惑を掛けたりしない限りはあなたの自由です。」と記されています。
私は自作の歌を歌い演奏することをによって社会参加してきた者であり、出所後の活動を考え、近隣の居室者の迷惑にならないように十分 配慮して、ラジオやテレビが視聴されて多少音を出しても差しつかえなさそうな時間にのみ、自分にしか聞こえないような小さな声で発声練習をしていました。ところが、職員の言うには、どのようなものであれ歌うこと一切が禁止だということで、練習の度に制止させられ、小票も数回切られました。私の追加懲罰も、原因は職員による発声練習の制止にあります。
受刑者遵守事項には、「歌うことは全面的に禁止である」などといった文言はなく、「静穏阻害」の項目に「放歌し、口笛を吹き、または正当な理由なく大声を発するなどして、静穏な環境を害してはならない」と記されているだけです。つまり、静穏を阻害するという目的に歌を利用した場合において職員の干渉は正当性を持つのであり、 他の居室には聞こえない、当然静穏にはなりえない程度の歌や発声は余暇活動の一環として認めるべきものであり、いちいち職員が干渉すべき類のものではないと考えます。
他の居室に声が届いていないことは、職員の反応から明らかです。例をあげれば、私が読書中、ラジオの音声が耳ざわりだったので、ごく小さな小声で音読をしていたところ、「今歌っていただろう」と職員が配食口を開けて怒鳴りつけてきました。また私が昔話を小声で語り話術の練習をしていたところ、これもまた職員から歌を歌っていたとふとんからたたき起こされ、処遇棟へ連行され8名ほどの職員から詰問を受けました。
これらの例からもわかるように、職員は私が歌っているというはっきりした確信もないまま、思 い込みだけで干渉しているわけです。それほど他者に気を使い迷惑をかけないように小声で行っていることにさえ職員の干渉を受けなければいけないのでしょうか。私たち受刑者はただただ余暇時間を自分の思いに叶った形で利用したいだけなのです。もちろん誰にも迷惑をかけるつもりはありません。今後はどうか私のような者にも寛大なご配慮をお願いします。

②余暇時間の礼拝について
収容の手引き「宗教上の行為及び援助」の項には「あなたが余暇時間に一人で礼拝その他の宗教上の行為を行いたい場合には、他人の迷惑にならなよう十分に注意して行いなさい」とあります。私は日本神道の流れを汲む教義を信仰とまではいかないものの、人生の道標として尊重しており、その教えに従って、起床時に着衣しふとんを整理した後と、消灯時に音楽が鳴っている間の朝夕2回、柏手を含む個人礼拝を行っています。もちろん近隣の居室者に迷惑にならないよう、力いっぱい大きな音でというわけではありません。
しかし、これも職員から「柏手は一切行ってはならない」という注意を数回にわたって受けました。仏教やキリスト教のような外来宗教に対してはそれなりに寛大な対応をするのに、なぜ日本古来の信仰にはこれほど理解がないのでしょうか。元旦参りや政治家たちの靖国参拝の際に神社に行って柏手一つ打たずに帰って来る者がいるものでしょうか。柏手は祓い清めの意味を持ち神様との対面するために不可欠なものなのです。なにとぞ日本独自の信仰にも寛大な配慮をしていただきたいと思います。

③運動時間について
収容の手引き「保健衛生」の項目には「運動は毎日30分以上実施します」とありますが、国連決議では刑務者の運動時間を1時間以上に定めていると聞きました。なぜ日本の刑務所は国際基準を適用しないのでしょうか。私たち受刑者は受刑生活において極度に動作を制限されているため、30分程度の運動では、あまりに足りなすぎます。私を含め多くの受刑者が出所後にも、後遺症として残りそうなほど腰痛や肩こりに悩まされています。
日本憲法前文には「われらは偏狭や隷従を永久に除去しようとする国際社会において名誉ある地位をしめたいと思う」とありますが、刑務所のような人道的配慮を十分心がけるべき施設において、国際基準を 尊重しないということは、まさに偏狭と隷従を放任していることを示し、憲法の精神をあなたがた法的機関が率先的に軽視していることを現していると感じます。そのような状況でありながら、余暇時間に軽くストレッチなどをすることさえ、私たちは職員に禁止されています。何卒国際基準を見習って、夕食後に室内運動の時間を設けるなどの措置を講じるか、余暇時間における規制の緩和をお願いします。

④食事内容について
この施設の食事は新鮮野菜がほとんど使われていません。感染症対策のためなのかもしれませんが、カットし冷凍保存した野菜ばかりが使われています。しかしそのような調理の仕方では、健康維持に必要なビタミン類などの必須栄養素が加工過程で失われてしまいます。そのため私はここに収容される前は健康に全く不足のない状態であったものが、シミや吹出物などの皮膚の異常、便秘、目のかすみ、歯ぐきの異常、しもやけ、花粉症などといった以前なら全くあり得なかったような症状が現れるようになりました。これは私一人だけでなく、他の受刑者にも同様の症状が現れているようです。
新鮮な野菜が全く摂取できない加工品ばかり偏向した 食事というのはあまりに常軌を逸しています。もしもあなた方がそれがあたり前なのだと思っているとするならば、そのような方々に人の命をあずかる資格はありません。愛媛は農業の盛んな土地柄であり、新鮮野菜を毎日入手することは容易なはずです。なにとぞ、栄養学的見地から、野菜の調理法を改善して下さるようお願いします。

私たち受刑者は刑務作業を義務としてこの施設に収容されていますが、栄養の不足した食事や運動制限によって寿命を縮められたり、不必要に老化を促進させられたり、ささやかな楽しみを取り上げられたりすることを忍従しなければならない義務はないはずです。それなのに職員の心の中には、なにか受刑者はどうせ社会の鼻つまみ者なのだ、刑務所を出てからも尾を引く後遺症の一つや二つ背負って当然なのだといった感情が存在しているように思えてなりません。何卒そのような疑いが全く無根のものであることを納得させていただけるよう、以上の申出に対し適切な配慮をお願いします。』


この苦情申出は本当は懲罰の最中に提出したかったである。したども、願せん書かしてもらえなかったんである。したども願せん書かしてもらえたんで、配役になってよ〜やく願せんを交付してもらえた今になって提出できるっつ〜わけなんである。
ど〜いう訳かわからんども、懲罰を経て、待遇がずい分良くなったよ〜に思う。誰にも気がねのいらね〜独居にしてもらったし、食事量も多くなった。前の工場はB食つまり牛丼でいや〜中盛りぐれ〜だったのが、今度の工場はA食つまり大盛ぐれ〜のごはんの盛りになったべ〜。おかげで前より一そう食べるのに時間がかかって、周りからせかされまくっとるども。テレビなんざ全然見ね〜つもりだったども、土日の3時頃 ってNHKで郷土芸能とか、わりとおら好みの番組やっとるんで、思ったよりテレビのある暮しを楽しんどるべ〜。今夜は「ダーウィンが来た」があるし。久々に動物見れるべ〜。NHK将棋も半年ぶりに見た。途中までだども。受信料払う気は全くね〜どもNHKはよく見るの〜。

新し〜工場は洗濯工場である。ム所中の受刑者の服を洗うんである。っつても半分以上はムダ仕事っつ〜気がする。夕方工場から居室までわずか2〜300m程度を往復しただけのクツ下を毎日洗濯するんである。その程度なら2〜3日はいたって汚れたりしね〜と思うども、そんただまだまだ洗う必要ね〜だろと思うもんを、毎日せっせと洗うんである。ま〜洗うのは機械だども。そんでおらだ新入りの仕事はおもに洗濯乾燥し終った衣服を工場別に仕分けするんである。干場と言っておらより年上の受刑者もずい分沢山おる。仕事は簡単だども、簡単過ぎてヒマ。ヒマつぶしが一苦労なんである。仕分けする衣服を待つ間、ほうきやぞうきんを持って同じ場所を繰り返し繰り返 しそうじする。前の工場じゃ〜あとからあとからやることがあって、せかされる分だけ時間が経つのはあっという間だったども、ここじゃ〜時間が経つのが遅いったらありゃしね〜べ〜。
それでも前の工場よりよっぽどいいと思う。ボンドなんつ〜体に悪いもん触れる必要ね〜し、屋外作業だから空が見れるし、歩き回れる。この工場に来て初めて石鎚山を見ることができるよ〜になった。受刑者は限られた景色しか見れんのである。
担当官もおら的にゃ〜前よかずっと楽。前の担当はうるさかった。やれ行進がズレとるの手が曲がっとるのってしつこいったらありゃしなかったべ〜。じ〜さんが多いから何かとせかされることもない。前の工場に比べりゃここは天国である。
とはいえ油断は禁 物だべ〜。気を引きしめて新たな独居生活をしばらくはタンノウするべ〜。

平成29年 3月 記

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