
理屈無い世にするぞ。理屈は悪と申してあろが、理屈ない世に致すぞ。理屈くらべのきほひ無くして仕舞ふぞ。
ひふみ神示 第12巻 夜明けの巻 / (曰アけの ○キ) 全十三帖 第七帖 (三二七)

いくら学力強いと申しても百日の雨降らすこと出来まいがな。百日雨降ると何んなことになるか、臣民には分るまい、百日と申しても、神から云へば瞬きの間ぞ。
ひふみ神示 第02巻 下つ巻(四百つまき) 第二十帖 (六二)

今の科学は科学のことは判るが、それより上のことは判らん。今の科学はあるものがあると云ふことだけしか判らんのぢゃ。よい求めにはよい感応、よい感応によい働き、よい理解となり、よい生活 生れる。間違った求めには間違った神、間違った生活 生れるぞ。道理ぢゃナア。窮屈であってはならん。しかつめらしく固くなってゐてはならんぞ。笑ひの道、喜びの道にこそ神のハタラキあるのぢゃ。
ひふみ神示 第27巻 春の巻 第三十三帖

そなたは学に囚われて御座るぞ。科学を越えて神の学に生きて下されよ。そなたは自分で自分の首をしめるようなことをして御座るぞ。自分で勝手に小さい自分の神をつくってゐるぞ。一度その神をすてなされ、固く抱きしめたり、とぢこめてゐるから判らんことに行きつまるのぢゃ。判りたか。我(が)と判らん我(が)を気つけなされよ、今一息と云ふところぞ。
ひふみ神示 補巻 月光の巻第三十四帖

学の鼻高さん何も出来んことになるぞ、今に世界から正真(しょうまつ)が段々判り来て、あわてても間に合はんことになるぞ、今の内に神示よく肚に入れておけよ、この道には色々と神の試(ためし)あるから漫心するとすぐひっくり返るぞ、考へでは判らん、素直結構ぞ。
ひふみ神示 第21巻 空の巻 / (三
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の○キ) 第十二帖

神力と学力とのいよいよの力くらべぢゃ、元の生神様の御息吹きどんなにお力あるものか、今度は目にもの見せねばならんことになったぞ、
ひふみ神示 第20巻 梅の巻 / (ん
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の○キ)第十二帖

悪神よ。日本の国を此処までよくも穢したな、これで不足はあるまいから、いよいよ此の方の仕組通りの、とどめにかかるから、精一杯の御力でかかりて御座れ。学問と神力の、とどめの戦ざぞ。
ひふみ神示 第11巻 松の巻 / (○つの○キ) 第十八帖 (三〇九)

知恵や学でやると、グレンと引繰り返ると申しておいたが、さう云へば知恵や学は要らんと臣民早合点するが、知恵や学も要るのざぞ。悪も御役であるぞ、この道理よく腹に入れて下されよ。
ひふみ神示 第04巻 天つ巻 / (あ○つまき) 第四帖 (一一一)

智や学も要るなれど、智や学では開けんぞ、誠で開いて下されよ。
ひふみ神示 第19巻 マツリの巻 / (○つ
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の○キ) 第二十一帖

神示読まないで智や学でやろうとて、何も、九分九厘で、終局(りんどまり)ぞ。我(われ)が我(われ)ががとれたら判って来るぞ。慢心おそろしいぞ。
ひふみ神示 第12巻 夜明けの巻 / (曰アけの ○キ) 第十一帖 (三三一)

神の智と学の智とは始は紙一重であるが、先に行く程ンプ出来て来て天地の差となるぞ、 の神の薬のやり方 悪の神の毒のやり方となるぞ、
ひふみ神示 第13巻 雨の巻 / ( アメの○キ) 第九帖 (三四三)

理屈 悪と申してあろが、悪の終りは共食ぢゃ、共食ひして共倒れ、理屈が理屈と悪が悪と共倒れになるのが神の仕組ぢゃ、と判ってゐながら何うにもならん事に今に世界がなって来るのざ、逆に逆にと出て来るのぢゃ、何故そうなって来るか判らんのか、神示読めよ。
ひふみ神示 第13巻 雨の巻 / ( アメの○キ) 全十七帖 第十帖 (三四四)

世の建替と申すのは、身魂の建替へざから取違ひせん様致されよ、ミタマとは身と霊(たま)であるぞ、今の学ある人民 ミばかりで建替へするつもりでゐるから、タマが判らんから、いくらあせっても汗流しても建替へ出来んのざぞ。天地(あめつち)の秋(とき)来てゐることは大方の人民には分って居りて、さあ建替へぢゃと申しても、肝腎のタマが分らんから成就せんのざぞ、神示読んでタマ早う掃除せよ、
ひふみ神示 第22巻 青葉の巻 / (ア火八の○キ) 第十五帖

ミタマ磨きと申すのは、神からさづかってゐるミタマの命令に従ふて、肉体心すてて了ふて、神の申す通りそむかん様にすることぞ。学や智を力と頼むうちはミタマは磨けんのざ。学越えた学、智越えた智は、神の学、神の智ざと云ふこと判らんか、
ひふみ神示 第08巻 磐戸の巻 / (イ八トノまキ) 第16帖 (252)

神界の事は人間には見当取れんのであるぞ、学で幾ら極め様とて会得(わか)りはせんのざぞ、学も無くてはならぬが囚はれると悪となるのざぞ、しもの神々様には現界の事は会得りはせんのざぞ、会得らぬ神々に使はれてゐる肉体気の毒なから身魂磨け磨けと執念(くどう)申してゐるのざぞ。
ひふみ神示 第07巻 日の出の巻 / (◎のてのまキ) 全廿三帖 第六帖 (二一九)

霊的良識は、神示や神典類によって、又体験によって養はれ、又高度な科学書も参考となるものぞ、科学を馬鹿にしてはならん。
五十黙示録 第04巻 竜音の巻第六帖

]学はこの大事な血乱す様に仕組みてゐるのざぞ、それがよく見える様にしたのは悪神ざぞ、人民の目、くらましてゐるのぢゃぞ、科学科学と人民申してゐるが人民の科学では何も出来ん、乱すばかりぢゃ、神に尋ねて神の科学でないと何も成就せんぞ、分らなくなったら神に尋ねと申してあること忘れるなよ、一に一たす二ばかりとは限らんのぢゃ、判りたか。
ひふみ神示 第20巻 梅の巻 / (ん
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の○キ)第十五帖

保食(うけもち)の神祀らづに、いくら野山拓いたとて、物作ることは出来ないぞ。煎(ゐ)り豆 花咲く目出度い時となってゐるのに何して御座るのぞ。いくら人民の尻叩いて野山切り拓いても食物三分むつかしいぞ。神々まつれと申してあろが、野拓く時は野の神まつれ。物作る時は保食の神まつれ。産土の神様にもお願ひしてお取次願はな何事も成就せんぞ。人民の学や智ばかりで何が出来たか。早よ改心第一ぞ。山も川も野も人民も草も木も動物虫けらも何もかも此の方の徳であるぞ。それぞれの御役あるのざぞ。学や智捨てて天にむかへ。地にむかへ、草にむかへ、生物にむかへ、木にむかへ、石もの云ふぞ。草もの云ふぞ。
ひふみ神示 第11巻 松の巻 / (○つの○キ) 全廿九帖 第二十八帖 (三一九)

今の文明なくせんと申してあろうが、文明残してカスだけ無(のう)にいたすのぢゃ、取違ひ慢心致すなよ。
ひふみ神示 第14巻 風の巻 / (カ千の○キ) 全十四帖 第五帖 (三五六)

いくら智あっても人間心では出来ん仕組ぞ、智捨てて神にすがりて来ねば分らん仕組ぢゃ、と云ふて人間世界は人間の智いるのぢゃ、智でない智を神が与へるぞ、神人共にと申してあろがな、つとめ上げたら他にない結構な御用。
ひふみ神示 第22巻 青葉の巻 / (ア火八の○キ) 第十帖

理屈は判らんでも真理は掴めるぞ。信念と真念は違ふぞ。信念は自分のもの。信念超えて真念あるぞ。任せきったのが真念ぞ。迷信が迷信でなくなることあるぞ。ぢゃと申して信念がいらんのでないぞ。
ひふみ神示 第24巻 黄金の巻 第七十四帖

理屈は一方的のものぞ。どんな理屈も成り立つが、理屈程 頼りないもの、力にならんものないぞ。理(リ)が (カミ)の御能(オンハタラキ)ぞ、よく見極めねば間違うぞ。囚はれるなよ。
ひふみ神示 第26巻 黒鉄の巻 第三帖

理解は真から、意志は善からであるが、今迄はそれでよいと説いて来たが、愈々イワトびらきとなったのであるから、二(ツキ)の鍵わたすから、よく心得よ。今迄の教ではマボロシぞ。力ないぞ。まつり合せて意志と働き、 入れて理解出来るのであるぞ。まつりまつりと申してあらう。上のまつりぞ。マボロシとは人間智慧のこと。理屈のことぢゃ。理屈とは悪の学のことぢゃ。理でなければならぬ。
ひふみ神示 第26巻 黒鉄の巻 第十帖

【智の中に悪をとり入れるゆとりの出来んやうではマコト成就せんぞ。智の中には総てを取入れて理解出来るやうに】なってゐるのであるぞ。愛の中に悪入れてはならんぞ。
ひふみ神示 第26巻 黒鉄の巻 第十七帖

何事も体験結構。今の人民の迷信と思ふものの中に正信あるぞ。正信と思ふものの中に迷信多いぞ。理解は正信。
ひふみ神示 第26巻 黒鉄の巻 第二十三帖

思想と申すのは広い意味で、太神から出てゐるのではあるが、幽界からの力が強く加わってゐるのぢゃ。ネンと申すのは神界からの直々であるぞ。悪の気、断たねばネンとはならんぞ。
ひふみ神示 第27巻 春の巻 第四十帖

念なりと、今の人民申す思想はマコトの念でないぞ。思想は思想ぞ。念とは力であるぞ。実在であるぞ。喜びであるぞ。喜びは神ぞ。弥栄。
ひふみ神示 第27巻 春の巻 第四十八帖