作品と世界

素敵な他人の作品を見たときに得られる高揚と 素敵な自然物、自然現象を見たときに得られる高揚とは 何か違うのだろうか。 違うとすれば、何が違うのだろうか。 どちらも自分一人では発見できないであろうすごい体験のことだけど 作品(が見せるもの)はせかいの見え方を示す意図や思考の痕跡だとすれば、 自然はせかいそのものでなまなましい体感の過渡で、コントロールできない未知のエネルギーが混沌としてるよね。 作品てそういう体感と意図のギリギリ首の絞め合い勝負みたいな。うーん。 何にしろわたしにはわたし個人がどういう人かというのは要因の一つに過ぎなくて わたしに一体何が見えるのかということを重要なこととして提示して行きたいなという気がする。 引用符つき「わたし」というしがらみは感覚のすべて表示すべて表示

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さくらについて

2010/4/3(土) 午前 0:45

ご無沙汰致しております。   ながむとて花にもいたく馴れぬれば散る別れこそ悲しかりけれ (西行)   花の色は うつりにけりな いたづらに 我が身世にふる ながめせしまに (小野小町) 桜って風情が在るのかどうかわからない花だ。 さくら水産とか、さくら食品街とか、さくらTVとかさくらモールとか。 日本人がさく ...すべて表示すべて表示



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