『必殺仕切人』の時代設定・補足
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┌『必殺仕切人』の時代設定 ↓ 中村主水が江戸時代にいろいろな時期に「存在」したとすれば、秀や勇次といった主水の仲間たちも同様である。 秀が主水グループから離れていた時期を描いた『必殺まっしぐら!』は1833年(天保4年)の日本を描いているが、勇次の活動を描いた『仕切人』の場合、時代設定を完全に一つに確定することは無理である。 「江戸のクロねこ」のHPによると『仕切人』第17話「もしも江戸に占いブームが起ったら」は辛亥の年らしく、「クロねこ」では1731年または1791年としているが、1851年の可能性もある(下注釋)。 └→インターネットの情報をもとにした必殺シリーズ時代設定年表(元禄〜天明中心) なお、1731年は吉宗が享保の改革を進めていた時期で、藤田まことの演じた丹下左膳が主水と知り合いだったとすると、「享保の中村主水」の時代だったことになる。 また、1791年は松平定信が寛政の改革を進めていた時期で、主水が長谷川平蔵と会った『三日殺し軍団』の時代設定が天明〜寛政とすると、時代設定が一致する。これは「寛政の主水」の時代であろう。 さらに、映画『必殺!三味線屋・勇次』では、当初、勇次と伝兵衛の会話で、舞台が「主水の死後」であることが明らかにされていたらしいが、作品ではカットされたらしい(実際、そういう台詞はなかった)。 └→Wikipedia 必殺! 三味線屋・勇次>解説 『仕切人』は『仕事人』から派生した作品なので、中村主水のいた時代が複数あれば、勇次がいた時代もそれだけ増えるわけである。天保前後以外で勇次が活動した時期については、中村主水が江戸時代初期から幕末まで活動した時期を考えれば推定が可能である。 └→中村主水年齢変遷(元禄から幕末まで30年間隔で50歳基準) 関連語句
勇次 平賀源内 長谷川平蔵 仕切人 必殺仕切人(内容) 注釋 1851年の可能性もある その次の辛亥の年は1911年で明治44年、辛亥革命の年である。その翌年は1912年、大正元年であり、中華民国ができたときだ。 辛亥の年は西暦の1の位が1で、1911年を含んで前後60年間隔のようである。したがって、1911年の次は1971年、その次は2031年が辛亥の年であろう。1731年の前は1671年が辛亥の年だったわけだ。1671年は家綱の時代で、水戸光圀が現役の藩主であった。1671年の前は1611年で、江戸幕府成立(1603年)と大坂夏の陣(1615年)の間、『琉球の風』で琉球王国が薩摩に支配されて間もないころだった。その前の辛亥の年は1551年、戦国時代になり、当時、徳川家康は10歳くらいだった。 参照 インターネットの情報をもとにした必殺シリーズ時代設定年表(天保中心) 仕込み三味線と三味線のバチを使う仕事人の年表 もしも『必殺仕切人』の時代設定が辛亥の年だったら 必殺シリーズ(2009年11月) |





