虚実ヒストリー〜ものがたりの歴史II(Yahoo!Blog版)〜

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『開拓者たち』(小説)

幻冬舎から北川惠(Kigatawa Satoshi)著で2011年12/14に小説が出ている。
Amazon.co.jp: 開拓者たち 北川 惠 本

著者名の漢字を見たら女性かと思ったが、読みをローマ字で確認すると「きたがわさとし」なので男だったか。こういう名前を付けられて本人は少年時代など、どういう気分だっただろう。

本来の表紙は少しだけコーヒーが混ざった牛乳のような白で、タイトルと著者名だけだが、購入したときはこれと同じ写真の帯があって、帯が表紙の面積の半分以上を占めて、まるでカバーのようだった。

ドラマ 開拓者たち - こうき心 - Yahoo!ブログ
http://blog-imgs-35.fc2.com/k/i/b/kibanikki/IMG_7278.jpg

幻冬舎HPではこちら。
www.gentosha.co.jp/search/book.php?ID=102729

なお、James Fenimore Cooper著で邦題が同じ本が 村山淳彦譯で岩波文庫から出ているので、要注意。

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2012年1/15 1月

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『歴史への招待』の主な書籍

国立国会図書館のHPから一部抜粋。

歴史への招待. 4. -- 日本放送出版協会, 1980.2
秘剣一の太刀-塚原卜伝 豊田穣ほか著. 決闘巌流島 村上元三,桑田忠親著. 柳生一族の謎 邦光史郎著. 寛永御前試合 尾崎秀樹,宝井馬琴著. 露国皇太子遭難 山本七平著

歴史への招待. 5. -- 日本放送出版協会, 1980.3
刃傷松之廊下 南条範夫,安西二郎著. 吉良邸討入り 戸板康二,松島栄一著. 四十七番目の義士 藤沢周平,大石慎三郎著. 兵士たちの日露戦役 大江志乃夫,宗左近著. ここはお国を何百里 団伊玖磨,金子潔著

歴史への招待. 7. -- 日本放送出版協会, 1980.5
大坂城攻防1-難攻不落冬の陣 五味康祐,岡本良一著. 大坂城攻防2-ドキュメント夏の陣 川口良信ほか著. 東大寺大仏建立 堺屋太一ほか著. 万葉人の恋歌 桐島洋子ほか著

歴史への招待. 9. -- 日本放送出版協会, 1980.11
義経は二人いた 邦光史郎,松本新八郎著. 義経は生きていた? 大奥絵島生島スキャンダル 杉本苑子,稲垣史生著. 大江戸ポルノ取締り 飯沢匡ほか著. 名月赤城山-国定忠次 笹沢左保,萩原進著. 怪盗闇を駆ける-鼠小僧次郎吉 尾崎秀樹,石井良助著

歴史への招待. 15. -- 日本放送出版協会, 1981.8
水戸黄門漫遊せず 井上ひさし,野口武彦著. 大岡越前裁かず 加太こうじ,平松義郎著. 実録・天保水滸伝 笹沢左保,森安彦著. ペリー艦隊来航す 木村尚三郎著. 大江戸黒船パニック 草柳大蔵著. 蒙古軍来る 野呂邦暢,川添昭二著

歴史への招待.16 -- 日本放送出版協会, 1981.9
新選組・池田屋騒動 / 佐木隆三[著] . 新選組・京都白書 / 三好徹[著] . 天明飢餓地獄 / 野坂昭如[著] . 安政コロリ大流行 / 吉村昭[著] . 邪馬台国はどこだ / 黛弘道[著] . 卑弥呼の百枚の鏡 / 森浩一[著]

歴史への招待. 20. -- 日本放送出版協会, 1982.1
日本人はどこから来たか 小松左京,鈴木尚著. 騎馬民族がやって来た 黛弘道著. 大海人皇子吉野に立つ-壬申の乱前編・近江大津京炎上す-壬申の乱後編 黒岩重吾,直木孝次郎著. 島原の乱で生きのこった男 三浦朱門著. 諜者長崎に潜入せよ 井上光晴著

歴史への招待. 21. -- 日本放送出版協会, 1982.7
B29に体あたりを敢行せよ.踊り踊って東京音頭 団伊玖磨著. 蘆溝橋謎の銃声.おれは天下の煙突男.説教強盗帝都を揺がす.超特急つばめ国鉄を救う.金鵄上がって十五銭 飯沢匡著. ヤミ市名物残飯シチュー

歴史への招待. 22. -- 日本放送出版協会, 1982.8
チャンバラ映画黄金時代.永田軍務局長斬殺.エンタツ・アチャコで漫才繁昌.延長28回進め一億火の玉だ.青い山脈男女共学前夜.北京原人はどこへ消えた 松本清張著. 緊急発信敵空母本土に接近す

歴史への招待. 23. -- 日本放送出版協会, 1982.10
双葉山七十連勝ならず 昭和14年.水雷艇「友鶴」謎の転覆 昭和9年 吉村昭著. 女装艦隊敵商船を撃沈せよ 昭和16年 山本七平著. 国際スパイゾルゲ日本へ潜入す 昭和8年.ゾルゲ国際諜報団逮捕 昭和16年 大橋秀雄著. にせ札を造れ-中国法幣贋造作戦 昭和16年.昭和の天一坊大金をつかむ 昭和6年 堺屋太一著. 実録・天六交差点の対決 昭和8年

歴史への招待. 24. -- 日本放送出版協会, 1982.12
二・二六事件1-総理官邸襲撃 昭和11年 三好徹著. 二・二六事件2-歩兵第三連隊第六中隊.日米開戦日を追え 昭和16年.幻の大本営 昭和20年.ヒマラヤ初登頂 昭和11年 植村直己著. 夢の巨大飛行船-七十二時間太平洋航路 昭和9年.幻の弾丸列車-東京発北京行 昭和15年.夢のトーキー映画時代来たる 昭和6年

歴史への招待. 29. -- 日本放送出版協会, 1984.3
西郷隆盛謎の顔を追え! 河原宏,小沢健志著. 岩崎弥太郎幻の写真コレクション 邦光史郎,藤井宗哲著. 大山公爵夫人秘められた手紙 大庭みな子著. 列強神戸を占拠す 内山正熊著. 久留米藩政府転覆計画 谷川健一著. 広沢参議暗殺の謎 三好徹ほか著. 桜吹雪遠山金四郎 尾崎秀樹,中沢巷一著. 大盗賊日本駄右衛門 加太こうじ,竹内誠著

NHK歴史への招待. 第1巻 / 日本放送協会. -- 日本放送出版協会, 1988.6
邪馬台国に関する記述がある模様。

これは1980年代初めに出た本を1988年に編集しなおした改定版であろう。

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2011年10/5 10月

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『戦国時代の大誤解』(鈴木眞哉、PHP研究所)


インターネットで見つけた。

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『オール讀物』2011年10月号、春日太一「『水戸黄門』が消えた理由」・補足


1996年は佐野浅夫の『水戸黄門』の時代。1993年に西村晃から佐野浅夫に交代していた。
Y!Japan オール讀物 水戸黄門
Google オール読物 水戸黄門

TBSは『水戸黄門』終了を「時代の趨勢」としているが、1969年に始まった当時で、春日氏によれば「アナクロ」、つまり時代錯誤であった。
また終了を「いい判断」としているTBSのコメントがどこか「ひとごと」に思えるのもわかる。
TBSは『水戸黄門』の内容に関与できなかったからだ。

松下電器は比較的若い層を対象にしているのに、松下電器の宣傳担当者が『水戸黄門』という「高齢者向け」番組を提案したのが間違いであり、それが明確になる「個人視聴率」導入前に逸見は没した。
TBSは松下から『水戸黄門』を押し付けられていただけである。
制作費はTBSが出したのかも知れないし、C.A.Lが出したのかも知れないが、その財源は松下電器の企業収益であった。

徳川綱吉の「生類憐みの令」は綱吉没後に即刻廃止されたが、逸見死去後の『水戸黄門』は喩えて言えば綱吉死去後も徳川幕府が「憐みの令」を惰性で続けていたようなものである。

この記事にある「電通」は、事実上、C.A.Lのことだろう。

「テコ入れ」が裏目
里見浩太朗の光圀役は2002年から2011年まで9年続き、原田龍二と合田雅吏の助・格コンビは2003年から2010年まで7年続いた。
マスコミでは2002年の里見浩太朗の起用と2010年の東幹久、的場浩司、雛形あきこ起用を視聴率回復のための努力、切り札、テコ入れと解釋しているようで、確かに由美かおるから雛形あきこへの交代は若返りとして妥当だが、結果としては里見浩太朗が光圀、東幹久が助三郎、的場浩司が格之進という配役が失敗したということである。

低視聴率ながら7年間で原田・合田コンビに馴染んだ視聴者もある程度はいたはずだ。
一部の視聴者にとってせっかく馴染んだキャスティングも視聴率が低ければテレビ局の都合で変更される。それで観ていた人が観なくなれば、増えた視聴者が減った視聴者を数で上回らない限り、また視聴率が低迷し、またキャスティングが変更される。これではシリーズを続ける意味がないだろう。
Y!Japan 東幹久 的場浩司 キャスティング

東幹久と的場浩司は先代助・格の原田龍二・合田雅吏より1歳年上で、「若返り」とは言い難い。むしろ視聴率確保のためのテコ入れが全部裏目に出ているという分析も可能だろう。
だが、光圀・助・格の今のキャスティングに打ち切りの原因があるという論評は雑誌や新聞で見当たらない。

逸見稔没後のスタッフの試みは全部「裏目に出た」ことになる。
しかし逸見稔の考えも絶対ではない。西村晃のあとの光圀役に里見浩太朗を考えていたのは逸見である。

2011年8月29日産経新聞の「時代劇の灯火」でもこの「『水戸黄門』が消えた理由」と同じような分析をしている。
なお、この二つの記事で重要なのは、過去の『水戸黄門』について視聴率が上がったか下がったか、何%だったかということは述べられているが、視聴者がそういう感想をテレビ局に送ったか、インターネットでどういう感想が書き込まれたかといったことは一切無視されているということだ。民放時代劇でも大河ドラマでも終わってみれば結果は「数字」だけで決まる。
『水戸黄門』も視聴率が低ければ、スタッフも「みな、そんなに『水戸黄門』を観たくないなら番組そのものを終わらせてやる」と言いたいのが本音だろう。
Y!Japan 水戸黄門 JIN-仁- 視聴率

以前、必殺シリーズのプロデューサーが「同じ商品をいつも店に出しておくと客さんは買わない」「ときどき引っこめる(引っ込める)必要がある」としている。今の日本の時代はそうであろう。

2011年11月18日、春日太一氏のツイッターによると、『水戸黄門』を終了を機にテレビから取材を立て続けに受けたらしく、春日氏は「『暴れん坊将軍』終了時にメディアもこのくらい大きく危機意識を持ってくれたら、京都もここまでの惨状にはならなかったろうに、と今さら悔しく思う」と書いている。

『暴れん坊将軍』は2008年のスペシャル版で終了したが、『水戸黄門』では当時、第38部と第39部の時期で視聴率が初めて一桁に落ち込んでいた(間は『あんどーなつ』)。
『水戸黄門』が光圀隠居10年を4回描いたとすると2009年の第40部で終わっていたほうがよかったとも思える。
└→『水戸黄門』放送42年と徳川光圀隠居10年の対応(光圀役基準その1)

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2011年10/1 10月

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『こんな「歴史」に誰がした』(渡部昇一、谷沢永一共著)

1997年(平成9年)8月にクレスト社から刊行され、2000年(平成12年)に文春文庫となった。

文庫16ページで「古代、天皇は『大王』だった?」という節があり、渡部氏によると『古事記』では天皇を「皇尊(すめらみこと)」、『日本書紀』では「天皇」の字を当てていて、『日本書紀』には天皇を「大王(おほきみ>おお〜)」と呼んだ記述はないらしい。

大野敏明氏は「歴史ドラマのウソホント」で『江〜姫たちの戦国〜』の時代考証の誤りを指摘する中で、「天皇」は明治以降になって一般化した用語だと述べている。
Y!Japan 歴史ドラマのウソホント 天皇

『葵 徳川三代』でも『江〜姫たちの戦国〜』でも「天皇家」という詞(ことば)が使われているが、小林よしのりの『天皇論』によると「天皇家」は現代語で、「皇室」が本来の言い方らしい。

2012年のNHK大河ドラマ『平清盛』の公式ホームページで天皇家を「王家」としている。

『葵 徳川三代』で朝鮮通信使が第3代将軍・家光を「日本國王」としていたが、では当時の朝鮮では日本の天皇をどう呼んでいたか気になる。

文庫30ページによると、一部の教科書では第29代欽明天皇を初代としているらしい。
応神天皇を初代とする解釋もあったと思う。

文庫110ページで「倭寇は海賊にあらず」とある。
『平清盛』で加藤浩次扮する海賊が登場し、撮影中、本人は「パイレーツ・オブ・コージーみたい」とご機嫌だったようだが、劇中でどう描かれることか。

193ページから「第六章 “一揆史観”は歴史にあらず」とある。
今の教科書では一揆や反乱の歴史ばかり繰り返されているということだ。

「一揆史観」は「何か不満があれば上に立つ物を引きずり降ろせばいい」という思想につながり、大衆は誰からトップに立つとそのトップを批判するだけで、毎年首相が変わっても何も事態が変わらない。

『水戸黄門』では権力の悪をそれより「上」の権力だけが倒すという歴史観が描かれており、それは百姓一揆が幕府を妥当できなかったことを意味する。
戦国時代の一向一揆は武将を倒すことはできず、信長は戦国武将同士の抗争で倒れた。

江戸幕府も同様で、天明の飢饉、一揆から寛政の改革までの時期はフランス革命の時代に相当するが、日本では改革を武家政権がおこなった。
最終的に幕末に江戸幕府を倒したのは豊臣でもなければ一揆でもなく、薩長の武家勢力であった。

『水戸黄門』に見られる他力本願、権威主義は結局、百姓一揆が幕府を倒せなかった歴史に起因するのだろう。

さて、この文庫の巻末近くに278ページでは「歴史教育に自由競争の風を」という節がある。
谷沢氏によると、評論家の山崎正和氏は以前から「歴史教育全廃論」を訴えていたらしい。
何も教科書を読まなくても図書館に行けば、歴史書、歴史小説がたくさん並んでいる。テレビでも時代劇、大河ドラマ、歴史ドキュメンタリーもあって、谷沢氏は「こんな時代に学校の教室で歴史教育をする必要があるのかという山崎正和氏の意見は傾聴に値します」(文庫280ページ)と言っていた。

「歴史小説やテレビ時代劇が多いから歴史教育は不要」ということらしい。
2011年にはテレビの地上波の連続時代劇が『江〜姫たちの戦国〜』と『水戸黄門』だけになり、『水戸黄門』の終了が決まった。そんな時代では思いもよらぬ考えである。

この本が最初に出たのは1997年である。
前年の1996年に個人視聴率調査が開始され、時代劇は高齢者が観る物だということが判明し、民放各局が連続時代劇を打ち切り、時代劇をスペシャル枠に移し、若者向け番組にシフトし始めていた。
山崎正和氏の考えは1980年代までの時代劇ブームを背景にしたものであろう。

「新しい歴史教科書をつくる会」が發足したとき、「教科書なんか変えてどうする」という批判があったようだが、そういう批判はこの会に言うのでなく、中国や韓国に言うべきであろう。
尾崎豊にとって教科書は落書き帖であり、授業は退屈で外を見て暇をつぶす時間であった。
教科書に何が書いてあっても覚えていない人は多いものだ。

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