大和出雲人形、その不思議な背景
|
奈良県櫻井市出雲には、素朴な素焼の土人形が伝えられ、 奈良県指定伝統的工芸品に指定されています。 土人形は、存在感があって、力強く生き生きしています。 又良く知られた不思議な話ががあって、その起源は古く、 言い伝えでは相撲の始祖野見宿禰(のみのすくね)による埴輪の原点ともいわれます。 ”縄文の土偶、弥生の埴輪”の埴輪と関連する逸話ですから、悠久の時を重ねた 古代のロマンを感じます。 もみ殻で焼いた素焼の土人形「大和出雲人形」にはどんな背景があるのか 興味津々です。 出雲の神さまといえば、スサノオ、大国主命など建国にかかわった神様です。 櫻井市には、三輪山をご神体とし、ご神体を祭る神の大物主神オオモノヌシ(=大国主命) を祀る大神神社(オオミワジンジャ)があります。 三輪明神とも呼ばれ親しまれている神社です。 大神神社は、日本最古の神社とも伝えられています。 大和(奈良県)の出雲と出雲(島根県東部)の出雲とは、一体どんな関係か・・? 古代学者も悩みますが 大和出雲人形には、一通りではない背景がありそうです。 大神神社には、若宮社とも言われるオオタタネコ(大田田根子) が祀られています。 日本書紀は、オオタタネコを大物主神の子と伝えます。 根子(ネコ)は、根っこの子ですから直系の子供で、この地を治めたと想定されます。 古代史的には、異論も多々ありますが、考古学的な事実は この地域で、須恵器が数多く発見され、若宮社にもありました。 窯の温度は800度以上、鉄の加工もできます。 この地域が、その当時有力な工場地帯であり 大和出雲人形は、工場の製造技術力を背景にしていたと思われます。 以上まとめると、大和出雲人形には、出雲の神様とその当時の有力な工場地帯が 背景にあると考えられます。 大和出雲人形の型の多くは、水害などで壊れ、修復しながら再興されています。 それぞれの大和出雲人形は、時代の風俗や文化の変遷が伺われます。 「朝鮮通信使の姿を写す唐人」は江戸時代の庶民の想いを映しています。 朝鮮通信使の行列は300人〜500人。豊臣秀吉によりこじれた日朝関係を 江戸幕府は大変な努力をはらい、修復を試みます。 民衆も、異文化に親しみ、渡来した人々にも歓迎の列をなしたそうです。 大和出雲人形唐人は、民衆から支持を集め、日朝友好のシンボル たっだのかも知れません。 □■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
※ご参考 「大和出雲人形」の詳しいことは ↓ ↓ ↓ http://www.nagomi1ban.com/yamato/index.html |





