岩本康志のブログ

経済,財政の話題を折に触れて取り上げます

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 勝間和代・宮崎哲哉・飯田泰之の3氏に鼎談による『日本経済復活 一番かんたんな方法』(光文社新書)の第3章「正しい金融政策を実行せよ」の最終(208)頁では,勝間氏が結びのことばを読者に発している。
勝間「世界中の経済学者がデフレ脱却の処方箋を書いてくれました。答えはきわめてシンプル。おカネの供給を増やせばいいのです。そのためには日本銀行という選挙で選ばれないエリートたちを動かす必要があります。それは政治の役割です。私たちがデフレの差をしっかり認識して,声を張り上げていけば必ずその声は政治を動かし,結果的に日銀のエリートたちも無視できなくなります」
 私は同意できない。このメッセージは正しくないし,有害であると思う。

(1)
 世界中の経済学者が書いてくれた,デフレ脱却の「一番かんたんな方法」が目の前にある,というのは正しくない。将来のマネーストックを増やすことを皆が確信してくれれば,インフレが起こる,というのなら正しい。しかし,「『インフレ目標』をめぐるネット議論の陥穽」(http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/32325439.html )で説明したように,中央銀行が将来にそういう政策を確実にとらせるようにルールを導入する方法は簡単ではなく,専門家の意見も割れている。専門家の多数が納得した方法は見つかっていないのである。
 区別しておきたいのは,144頁からくわしく議論されている,インフレ目標をはじめとする5つのルールと,そのルールを守る具体的な手段のことである(本のなかでは区別はついていると思うが,読者のために強調しておく)。学界では,ルールが守られるという前提で,それぞれのルールがどういう効果をもつのか,どのルールが優れているか,ということは盛んに研究されている。しかし,ルールが守られるという前提で書かれている論文が多数あっても,ルールが守られることが保証されたことにはならない。
 そこが議論の核心であり,154頁からの問答に現れる。勝間氏の提案に対して,
宮崎「当局が目標値を設定し,宣言するだけで人々の「期待」がデフレからインフレに変わるなんて信じられないというのが,少なからぬ人々――非専門家はもちろん,一部の経済学者やエコノミストも含む――の本音じゃないか」
と発したのは,昔からある非常に重要な問いかけであり,専門的な議論の焦点でもある。ルールを守って,効果が出ることをどう人々に信認してもらうか,というこの問いに納得のいく形の答えが出されていないので,インフレ目標のような選択がされなかったのである。これに対して,
勝間「私の提言は,宣言したら目標達成まであらゆる政策をとるというところがポイントで,やはり実行なくしてはデフレからは脱却できません」
の答えは不十分。問題は,実効性をもつ手段とは何かなのだが,「あらゆる政策」には中途半端な説明しか与えられていない。勝間氏の説明は,「例えば,離ぅ鵐侫譟璽轡腑鵐拭璽殴奪箸鬚發刑陵僂垢襪里任△譴弌い修量槁乎佑肪するまでは,たとえば長期国債の買い切りを無限に拡大させたりとか,場合によっては新発国債を全額日銀で引き受けて政府財源の手当てをし,それを何か再分配や景気刺激策に使うとか」と続く。結局,「例えば…とか」という例示に留まり,内容を具体化していない。
 学界で確立された見解を一般向けに紹介するときなら,これでもいいだろう。
 しかし,学界で割れている議論ならば,学界での議論に耐えられるような,きちんとしたモデル分析に裏打ちされた提言でなければ,説得力がない。この政策をルール化すれば確かにインフレが起こります,この政策は時間整合性の問題をこう乗り切ります,というもっと具体的な説明を聞きたかった。
 勝間氏の回答の第2の問題点は,「再分配や景気刺激策に使う」,別の個所では「定額給付金」(142頁)と書かれているように,財政政策と関係づけられていることである。ルールを守らせるのが難しいことが論点だが,勝間氏の提言では,財政政策がルールを守らないといけなくなる。「目標を達成するまで,日銀が財源の手当てをする」ことを裏返すと,「目標を達成した後は,日銀に財源の手当てを頼まない」ということである。日銀による財源手当てに味をしめた政府(政治家)が目標達成後も何か理由をつけて,国債の引き受けを日銀に迫る可能性は十分に心配しないといけない。
 中央銀行の将来の行動を縛ることが難しいという批判のなかで,財政と連動させるというアイデアが出てきたが,問題の所在を中央銀行から政府に移しただけで,政府にルールを守らせる方がもっと大変ではないか,という批判に会うことになった。透明性を高めてルールを守らせるという点では,組織の目的が狭い中央銀行の方が簡単だと考えるのが自然だ。

 結局,方法は「かんたん」のひと言で済まされない。論証が圧倒的に足りないので,私には宮崎氏の問いに答えたようには,まったく見えない。

(2)
 しかし,この本では,ルールを守れるか,という懐疑論は論破されたことになったので,なぜ日本経済が良くなる,そんなかんたんな方法を日本銀行は受け入れないのか,という方向に話が進む。そして176頁から,その原因として,日銀の体質が議論されている。
 確かに自分たちの自由度を確保しておきたい,失敗しても責任を問われないようにしておきたい,という行動原理が日銀に働いていないわけではない。しかし,デフレの解決策を追求する学界の動向をきちんと追って,勝間氏のような提言には慎重な考えになっている人たちもいる。さらに,日銀は努力をしてきた(勝間氏の基準からは不満足だということだろうが)。
 ゼロ金利・量的緩和時代には,日本銀行は,将来も金融緩和を続ける約束を市場に信認してもらうような,「時間軸政策」を展開した。これも時間整合性の問題に悩まされている。デフレ脱却に劇的な効果をもったわけではないが,まったく効果がないわけでもない。ブレーン役の飯田氏は時間軸政策にも触れていて,「最近ですと元日銀政策審議委員の植田和男先生が,『1%を超えるまでゼロ金利を継続すると宣言してはどうか』と言われています。僕は,1%は厳しい,せめてもう少しインフレになるまで…」(156頁)と発言しているが,これなどは日銀のとるべき選択肢として,傾聴に値する意見である(数値については,私の個人的意見は植田先生に近いが)。ただし,こうした政策の実行から期待できる効果は,かつての時間軸政策の効果に少しの上乗せであって,勝間氏のねらっているような効果は残念ながらもたないだろう(飯田氏の説明と勝間氏の主張との間には,埋められないほどの差があるようにも感じるのだが,この本の発言だけではわからないことも多いので,判断保留)。

(3)
 さて,提言の実現のために,勝間氏は危険な方向に話を進める。世論が声をあげて,政治を動かし,日銀を動かす,というのである。
 私は,勝間氏が目指していることを実現するには,時間整合性の問題を克服できる道を見つけて,学界を説得する方が早道だし,正しい道だと思う(勝間氏ではなく,勝間氏のブレーンの仕事になるだろうが)。各国の中央銀行は学界の動向を追っており,経済学者を招待した研究会議も多数おこなわれている。その他の交流も合わせて,経済学者は中央銀行の政策形成に影響を与えており,日本銀行も例外ではない。
 勝間氏の目指す道は,そうした営みを破壊して,学界の議論に十分に耐えられない意見を通してしまうことになる。
 勝間氏が,デフレが問題である,国民がデフレの問題点を自覚しよう,と言うのには同感だ。日銀が何の努力もしないとしたら,それも問題だ。だが,できることと,できないことは見極めよう。この記事の冒頭に戻るが,かんたんな方法がある,それをこうした方法で実現しよう,ということには賛成できない。衆愚金融政策のすすめ,に陥ってはいないだろうか。

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