岩本康志のブログ

経済,財政の話題を折に触れて取り上げます

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 7月22日のバーナンキ米連邦準備理事会議長の議会証言で,「市場機能論」と呼ばれる発言が飛び出した。ロイターの記事「準備預金金利引き下げ、市場機能にとってリスク=米FRB議長」(http://jp.reuters.com/article/businessNews/idJPJAPAN-16403420100722 )は,

 貸し出し状況が低迷しているにもかかわらず、FRBはなぜ0.25%の付利を続けるのかとの質問に対し、「(同金利を)ゼロまで持っていかない理由は、フェデラルファンド(FF)金利市場など短期金融市場が適切に機能し続けることを望むからだ」と述べた。
 さらに「もし金利がゼロに向かえば、金融システムにおいてフェデラルファンドや翌日物の資金を売買するインセンティブがなくなってしまう。市場が停止すれば、短期金利の管理は一段と困難になるだろう」と語った。

と報道した。
 現在の日本銀行の政策金利は0.1%,米連邦準備制度(FRB)は0.25%,英国銀行は0.5%となっており,本当にゼロに張り付いているわけではなく,事実上のゼロ金利政策と呼ばれている。ここに,かつての日銀のゼロ金利・量的緩和政策との違いがある。日本も,超過準備に0.1%の利子がつくので,資金余剰の銀行はそれ以下の金利で他銀行に資金提供するくらいなら超過準備をもつので,銀行間市場で0.1%以下の金利がつくことはない。この意味で政策金利の下限となっている(実際には,日銀に当座預金をもたない金融機関が市場に参加しているため,市場金利が0.1%を若干割り込むことはある)。
 かつてわが国で量的緩和政策がとられていたときに,銀行はどこも十分な資金をもち,短期資金の銀行間市場がほぼ消滅してしまった。このことを量的緩和政策の弊害だとする指摘が「市場機能論」と呼ばれる。しかし,市場機能が損なわれる費用は微小なもので,日銀がこのようなことを主張するのは,短資会社への天下りを確保するためだろうという批判がある。
 バーナンキ議長は,準備預金金利を引き下げない理由で,この市場機能論に言及した。単に,政策金利を0.1ポイント下げるか否かの判断であれば,市場機能論は下げる判断を止めるものとはならないだろう。
 バーナンキ議長の発言をどう受け止めればいいのだろうか。また,市場機能論は正当なのだろうか。3つの視点から検討していこう。

(1)
 バーナンキ議長の議会証言では,追加的緩和策として3つの選択肢をあげていたので,ここで念頭に置いているのは,選択肢を比較するための材料だ。つまり考えているのは,事実上のゼロ金利政策のつぎの金融緩和手段が,本当のゼロ金利政策になるのか,それとも他の非伝統的金融政策の手段になるのか,の選択である。かりに各選択肢の他の効果が同じだとすると,市場機能論による費用がごく微小なものでも,それが本当のゼロ金利政策を避ける理由になる状況は考えられる(今回の発言がそうした状況になったかどうかは定かでないが)。
 なお,私は,「量的緩和から非伝統的金融政策へ」(http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/33205318.html )で量的緩和政策を実行するかの是非について触れた。単純な量的緩和の経済効果がポートフォリオ・リバランス効果であるとすれば,その効果を直接的に発揮できて,市場機能が失われる費用のない選択肢の方が効果と費用の両方の面で優越しているのではないか,という趣旨のことをのべた(注1)。この議論も,非伝統的な金融政策手段間の選択の判断材料としている点で共通した性格をもつ。

(2)
 他の非伝統的金融政策手段との比較ではなく,本当のゼロ金利政策に移るかどうかの選択ではどうなるか。0.1ポイントの利下げの効果はわずかだとしても,マクロ経済への影響だけに,短期金融市場の機能が消滅する費用を上回るとは考えにくい。しかし,現在のところ,後者の費用が前者の効果と比較できるようには,定量的につかめていない。このため,具体的な数値がないと,利下げによって「わずかな効果」を得るよりは市場機能が「消滅する費用」を避ける,という言い回しに思わず納得してしまいそうになる。
 金融緩和の効果と市場機能の効果は質的に異なるものであることから,量的な評価が曖昧であると,片方の利益を優先させることが政治的に困難である,という可能性がある。市場関係者は,市場機能破壊の費用の方を重視するだろう。短期金利は中央銀行が決定するが,それを起点に金利体系を作るのは市場の仕事である。非伝統的金融政策は,中央銀行が様々な資産を購入することで,金利体系を歪める働きをする。金融危機が原因で金利体系が歪んでいたときに,非伝統的金融政策がそれを正す方向に働くことには説得力がある。しかし,金融市場が健全であれば,金利体系を正しくない方向に歪めることになるので,反発が強まるだろう(注2)。
 以上の2つの考え方では,市場機能論による費用を定量的に計測することが,より良い金融政策を選ぶことに大いに貢献することになると考えられる。

(3)
(これは私の考えでは可能性は低いと思われるが)上にのべた日銀批判がFRBにも該当するのかもしれない。つまり,FRBの天下り先を確保するために,本当のゼロ金利政策への移行を渋っているというのが,バーナンキ議長の発言の裏にあるということである(注3)。天下り先確保まではいかなくても,金融市場の関係者の利害をマクロ経済の利害よりも優先している,ということかもしれない。もしそうだとしたら,市場機能論は日銀の病ではなく,中央銀行に広がる病かもしれない。このときは,日銀の問題をいかに直すかが,非常に難しくなる。
 まず,FRBと日銀は同じ穴のムジナなので,FRBをお手本にして,解決策を考えることができない。本当のゼロ金利政策をとらないで低金利のままでいる他の国の中央銀行もお手本にならなくなる。
 外国をお手本とせずに自力で解決策を考えるときにも,バーナンキ議長の発言は難しい問題を投げかけている。バーナンキ議長は,2002年にFRB理事に就任するまでずっと大学で研究を続けてきた人物で,中央銀行でも金融業界でも働いた経験はなかった。中央銀行総裁適任者のなかで中央銀行と金融業界からもっとも縁遠い人物が,就任から8年で天下り擁護の発言をする羽目になったわけだ。問題は根深いところにあり,日銀OBを日銀総裁としないような手段では解決しないかもしれない。どうすればいいのだろうか(これは私の立場ではないので,私が考える必要はないが)。

(注1) そのブログ記事では「狭義の量的緩和は,短期金融市場に甚大な影響を与えた」と表現してしまったが,念頭にあったのは,狭義の量的緩和自体に効果がないこととの比較と,金融市場にとっての影響であった。しかし,利下げの効果と比較しても甚大な影響をもつとも受け止められる書き方であったので,誤解を招く表現だったことをお詫びしたい。今回のブログ記事が,市場機能論が主張する費用の大きさに関する私の見解である。

(注2) もともと,ゼロ金利制約で短期金利の決定自体が歪んでいるので,他の市場にも歪みを生じさせることで経済全体の損失が小さくなる理論的な可能性がある(セカンドベストの理論と呼ばれる)のだが,非伝統的金融政策の文脈ではあまり認知されていないようである。

(注3) トップが天下りである日本の短資会社のような存在は米国にはない(浜田宏一・若田部昌澄・勝間和代著『伝説の教授に学べ!』東洋経済新報社,16頁)。このため,天下り先確保のための口実として市場機能論を持ち出すのは日銀だけという考え方もあり得る。その場合は,同様の発言の真意が日米でなぜ違うのかの説明が求められる。

(参考)
「準備預金金利引き下げ、市場機能にとってリスク=米FRB議長」(ロイター)
http://jp.reuters.com/article/businessNews/idJPJAPAN-16403420100722

(関係する過去記事)
「リフレ政策」に対する私見(とりあえずのまとめ)
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/32738553.html

量的緩和から非伝統的金融政策へ
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/33205318.html

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