岩本康志のブログ

経済,財政の話題を折に触れて取り上げます

全体表示

[ リスト ]

中央銀行の力

 金融政策の通常のオペは,利子を生む資産と利子のない貨幣を取引することで,民間部門の資産構成を変化させて,経済に影響を与える。短期金利がゼロまで低下してしまうと,通常のオペ対象資産(短期の安全資産)と貨幣の違いがなくなり,オペの効果がなくなってしまう。そこで,長期国債,社債等の資産を中央銀行が買うことで,経済に影響を与えようというのが,非伝統的金融政策のひとつの手段である。
 しかし,「金融政策と財政政策の間(その2)」で説明したように,このような手段は中央銀行のバランスシートにリスクを抱えることになり,財政政策となる。中央銀行は国会の関与がないまま,財政政策を大々的に展開することには躊躇して,リスクの程度が小さい資産を少量買うことに留まっている。しかし,そうすることで発現する効果も弱くなる。これに対して,かつてのゼロ金利・量的緩和政策がとられた時期には,日銀に対して,「もっと大胆に資産を買え」という批判があった。
「日銀は何でも買え」とも言われたが,議論が白熱したなかで飛び出した言葉なので,これはまじめな政策提言として考えるべきものではない。
 しかし,売り言葉に買い言葉,で「本当に何でも買っていいんだな」と日銀が言ったら何が起こるか考えてみよう。
 その場合,デフレ脱却はできる。私が見て,ほぼ確実にできると考えられるアイデアは,植田和男・東京大学教授著『ゼロ金利との闘い』(日本経済新聞出版社)の181頁に書かれている。植田教授は「経済に影響を与えるというところまではいえそうである」と控え目な表現をしているが,私はまず大丈夫だと思う。以下,私流に少しアレンジして,その方法を説明しよう。
 現在,東証上場企業の時価総額は約300兆円である。150兆円あれば,この全企業の半数の株式を取得できる。日銀が150兆円の購入資金を作り出すことは「いともたやすい」。日銀当座預金の数字を増やすだけで,購入代金の支払いができるからだ。日銀がそれだけ株を買うと株価も上がるかもしれない。それによってかりに200兆円必要となるなら,200兆円の資金を作り出すことも,いともたやすい。
 こうして日銀が東証上場全企業の支配株主となったとする。支配株主として全社に商品を毎年1%ずつ値上げしろと命令すれば,1%のインフレが起こる。2%でも,3%でも同じこと。正確には,日銀が指標とする消費者物価指数(CPI)に入らない会社もあるので,株を買う企業を選んだほうがいいかもしれない。
 なぜ東証上場全企業の株を購入するかというと別の思惑がある。この手段をとるなら,インフレだけ起こすのは筋が悪い。最終的には実体経済が良くなることが目的だ。いま日銀は支配株主の力を手に入れたのだから,インフレを経由するという回りくどいことをせず,直接に実体経済に働きかけることができる。そこで,支配株主として「リスクを恐れるな。積極的に投資,増産をせよ。雇用を増やせ」と檄を飛ばす。かりに1社だけ買収して同じことをしても,顧客の購買力は変わらないから,積極的な経営戦略は裏目に出る。全体に号令をかけることで,経済全体の購買力が高まるのでうまくいく。すると景気は上向いて,デフレも解消されるだろう。念のため,値上げも命令しておこう。
 また,特定の会社の株を買うと不公平な政策になるが,公平にすべての公開会社の株を買えば,そういう批判は避けられる。

「何を馬鹿な話をしているのだ」と読者は激高されるかもしれないが,もともと売り言葉に買い言葉で議論をエスカレートさせたものなので,ご容赦願いたい。ここは落ち着いていただいて,中央銀行に「何をしていい」というと,じつは中央銀行はとてつもない力をもっていることに気づいていただきたいのである。そして,どんな手段を使ってもいいからデフレを脱却しろ,できなければ総裁はクビだ,ということになると,こういうとんでもないことが起きてしまう可能性がある。
 先日,Twitter上で,土居丈朗・慶應義塾大学教授と日銀総裁のインセンティブについて議論した(池尾和人・慶応義塾大学教授も交えてのものだが,その様子は,「池尾先生、岩本先生、土居先生のツイッター談義『日銀について』」にまとめられている)。
 土居教授の発言は,「デフレ止めなくても高給貰える日銀総裁ではコミットメントが弱い。適切にデフレを止めると高給貰えるよう、政府と日銀総裁とで最適契約を結び(説明責任)政策実施には政府は口を出さない(独立性)関係が必要」,「例えば、1年後に消費者物価上昇率を1%以上にできなければ解雇できれば3000万円とか。これで、そんなの「できない」と言うなら、端からできないと思う方よりもできると思う人を雇った方がよい。でも、できるかできないかは結果次第。」というもの。
 金融政策のことがよくわかっている人間が,土居教授の提案による契約に基づいて,日銀総裁に就任したらどうなるか。
 金融政策には政策の発動から経済に影響が出るまでに時間がかかる(効果ラグ)から,1年以内に成果を出せといわれているときに,穏健な政策から順に試していく方法では,すぐにクビになってしまう。強力な政策を即座に繰り出すことで何とかするしかない。したがって,「パウエル・ドクトリン」を拝借して,圧倒的な戦力を投入して,短期間で勝利に導く戦略を採用することになるだろう(注1)。だとすれば,東証全企業買収案はもっとも現実的な選択肢となっても不思議ではない。

 中央銀行にあらゆる手段の独立性を無配慮に与えると,上のような問題が起こる。中央銀行の業務に制約条件を課すことは決定的に重要である。
 では,現状ではどのような制約条件によって,東証全企業買収案を防ぐことになっているのか。まず,日銀法43条によって,日銀は原則として日銀法に規定した業務しかしてはいけないことになっている。そして,現行法では日銀は株式を購入できない。ただし例外として財務大臣と総理大臣の許可があれば,日銀法で規定されていない業務をおこなうことは可能である。実際,過去に日銀が銀行保有株式を取得する際に,43条の規定が使われた。
 政府は,東証全企業買収案を許可しないだろう。なので,そこで実行は不可能になる...かどうか。金融技術は日進月歩である。日銀が直接株式を保有することはできないが,例えば,株の買収を目的とした投資ビークルを作り,そこが出す債券を日銀が購入することで,投資ビークルに資金供給したらどうなるか(注2)。法律の趣旨には反するのは明白だが,法律の条文をかいくぐり,何か突破口が見つかるかもしれない。『バーナンキは正しかったか?』(日本経済新聞社)では,米連邦準備制度(FRB)がこれまで想定していなかった資金供給の手段を法律の条文を漁り,知恵を振り絞って,実行してきた経緯が書かれている。バーナンキ議長は,「できることは何でもやる」という決意のもと,敢然とこの難題に取り組んだ。それと同じことを日銀がしようとすれば,43条を突破できるかもしれない。法律をかいくぐれるかという,難しい話なので,ここでは結論は出さないでおこう。そして,かりに43条が歯止めにならないとしたら,他に歯止めはあるかどうかを考えよう(注3)。
 幸い,日銀法にはそれを止める規定がある。日銀法2条
「日本銀行は、通貨及び金融の調節を行うに当たっては、物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資することをもって、その理念とする。」
である。金融政策の結果によって健全な発展が妨げられることは,この理念に反する。かりにデフレから脱却できるとしても,日銀がほとんどの大企業を支配する経済の姿など,誰も健全と思わないだろう。これはもはや金融政策でも財政政策でもない。FRBは金融システムの安定化のために奮闘したのであり,これとの決定的な違いは,政策によって実現された経済の姿が健全なものかどうかにある。

「国民経済の健全な発展に資する」に類する文言は,いろいろな法律に現れてくる。一種,曖昧な表現であるが,具体的に記述できない政策へのタガをはめる目的で利用されている。それが便利であるということだが,同時に裁量的に解釈されてしまう可能性もある。日銀の実行する政策を正当化するために,自由自在に解釈されても困る。インフレ・ターゲッティングは,そのようなせめぎ合いのなかで,政策の透明性を確保して,無用な裁量の余地を減じるものである。しかし,中央銀行のとてつもない力を一種曖昧な制約条件で留めている,という骨格を忘れてしまって,ひたすら物価の安定のインセンティブを強めれば物価の安定が実現すると考えてしまうのは危険なことだ。
 金利の上げ下げで金融政策が実行されているとき(伝統的な金融政策の範囲内)では,手段を日銀にまかせることで支障ないが,金利が政策変数として使えないゼロ金利の現在は,どのような手段をとるのか自体が問題である。具体的な手段の効果と費用を勘案して決めていかなければいけない。そして,いま問題なのは,穏当な手段の効果が即座にデフレを脱却できるほどの力をもたないことなのだ。

(注1) 「パウエル・ドクトリン」の重要な要素は,出口戦略が明確であること。東証全企業買収案では,景気が良くなれば,日銀は円滑に株式を売却して撤退するできるものとしておくが,現実は難しくなるかもしれない。
(注2:技術的) 投資ビークルへの日銀からの融資は固定金利になると思われるので,投資ビークルがエクイティ・スワップによって株式のキャッシュフローを固定金利に変換すれば,投資ビークルのキャシュフローのリスクを無くすことも可能になる。エクイティ・スワップの存在は株式の議決権とキャッシュフローをアンバンドルすることを可能にしているが,東証全企業買収案で欲しいのは議決権なので,空の議決権(エンプティ・ボーティング)が流通していれば,それを購入してもよい。
(注3) 民主党のデフレ脱却議連が7月30日に財務省に申し入れをおこなった政策提言は,場合によっては株式もオペ対象と購入すべきであるとしているので,今後の政権の考え方次第では43条が歯止めにならない可能性もある。

(参考)
「池尾先生、岩本先生、土居先生のツイッター談義『日銀について』」
http://togetter.com/li/33425

「デフレ脱却議員連盟の新たな政策提言」(金子洋一)
http://blog.guts-kaneko.com/2010/07/post_530.php

(関係する過去記事)
「「リフレ政策」に対する私見(とりあえずのまとめ)」
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/32738553.html

「金融政策と財政政策の間(その1)」
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/33497773.html

「金融政策と財政政策の間(その2)」
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/33500878.html

(Amazon.co.jpへのリンク↓)
ゼロ金利との闘い
非伝統的金融政策を考えるための基本書

この記事に


.


みんなの更新記事