岩本康志のブログ

経済,財政の話題を折に触れて取り上げます

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 9月15日に政府が為替介入(単独の円売り介入)をおこなった後,「非不胎化」が話題になった。齊藤誠・岩本康志・太田聡一・柴田章久著『マクロ経済学』(有斐閣)では為替介入が触れられていないので,ここで補足しておきたい。

 為替介入は,政府がおこなう国と中央銀行がおこなう国がある。日本は財務省所管の外国為替特別会計でおこなわれるので,前者である。主要国を見ると,米国は政府に優先権があるが,中央銀行も介入できる。ユーロ圏は,中央銀行が介入をおこなう。英国は,政府と中央銀行の両方が介入をおこなう。
 こういう事情と,おもに金融か国際金融の教科書で説明されることから,外国の教科書では,中央銀行が為替介入をおこなうものとして説明することが多い。以下では,自国通貨を安くするための介入を考える。中央銀行が外国資産を購入すると,マネタリーベースが増加する。この介入オペと同時に,中央銀行が保有する他の資産を同額だけ売って,マネタリーベースが変化しないようにすることを「不胎化介入」(sterilized intervention)と呼ぶ。
 現在の日本では,外国為替特別会計が国庫短期証券を発行して,介入の資金を調達する。中央銀行は関与していないから,マネタリーベースは増えない。これは最初から「不胎化介入」となっている。ここで介入資金分だけ日本銀行が資金供給オペして,マネタリーベースを増やしたら,「非不胎化介入」(unsterilized intervention)となる。日本語訳が二重否定になってしまったのは,最初にsterilizeの訳語に「不」をつけてしまったからである。それを避けて,「胎化介入」と呼ぶこともある(注)。日銀が一手間かけているわけだから,胎化介入の方がふさわしいと個人的には思うが,ここでは混乱を避けるために,非不胎化介入で統一しておく。

 不胎化介入では,中央銀行のバランスシートは拡大せずに,資産側で外貨が増え,他の資産が減少している。これが,民間の保有する資産構成が変化する効果(ポートフォリオ・リバランス効果)をもたらす。非不胎化介入は,不胎化介入に資金供給オペ(マネーストックの拡大)が加わったものと考えられる。
 不胎化介入と非不胎化介入の扱いは,教科書によって違う。ミシュキン教授の教科書『The Economics of Money, Banking and Financial Markets』(2009年に第9版が出版)では,非不胎化介入を主にとりあつかっているが,不胎化介入によるポートフォリオ・リバランス効果はあまり大きくないと考えており,不胎化と非不胎化の差である資金供給オペの効果におもに着目した記述をしている。これに対して,クルーグマン教授とオブストフェルド教授の教科書『International Economics』(2008年に第8版が出版)では,非不胎化介入を中心に置いており,それが効果を発揮するメカニズムの解説に重きを置いている。
 こういう状況なので,教科書の書き方はいろいろ考えられる。不胎化介入から出発するか,不胎化介入から出発するか。整理の仕方で,同じものも違った姿に映る。私が教科書で説明するとすれば,クルーグマン・オブストフェルド流の整理を採用したい。それは,以下のような理由による。

 為替介入がされる状況を,3つに分けて考えよう。
(1)
 正の金利で,準備預金に利子がつかない場合,現状の金融政策の枠組みでは非不胎化介入は不可能である。これは,中央銀行は金利を目標に誘導するように資金調節をおこなっているので,為替介入という別の要因でマネタリーベースが増減すると,金利を調節できなくなるためである。
 中央銀行が政策金利を決定するとして,それとは別に為替介入を位置づけるならば,為替介入とは不胎化介入のことになる。
 自国通貨売りの介入で非不胎化をせよと要求することは,政策金利を低下させよ,という意味になる。これは,(為替介入するときだけに限定したとしても)金利政策が為替政策に従属する形となる。日本だと,財務省国際局が政策金利を決定することになる。
(2)
 正の金利で,準備預金に利子がつく場合,非不胎化介入は,何をやっているのか訳がわからなくなる。民間の保有する資産が国庫短期証券から準備預金に変わるわけだが,両者の金利はほぼ同じになっているので,金融機関にとってはどちらで資金を運用しても同じである。とすれば,非不胎化は同じ資産を交換することになるので,その効果はまずはないと考えられる。
 貨幣を増やしていることに意義があるかといえば,それも怪しい。例えば準備預金の金利が5%になっていたとすると,金利ゼロの銀行券よりも金利5%の有利子金融資産との代替性が強くなり,貨幣を増やしているとはいい難い。
(3)
 ゼロ金利の場合,原理的には(2)と同じであるが,準備預金の金利がゼロになっているだろうから,これは貨幣の増加と考えていい。貨幣が増えても金利はゼロ以下に下がらないから,非不胎化は金利政策と両立できる。そして,これは短期債を購入して貨幣を増加させるので,「狭義の量的緩和」と同じことになる(量的緩和政策の区別については,「量的緩和から非伝統的金融政策へ」(http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/33205318.html )を参照)。

 以上の議論をもとにすると,非不胎化介入を中心に教科書を記述することは難しい。
 第1に,教科書で扱われるべき基本は正の金利の状況であるが,そこでは不可能か,訳がわからない。ミシュキン教授の教科書はそれを扱っているのだが,扱えるとすれば,政策金利の目標が幅をもっており,金利への影響がその範囲内であるような小規模な介入になるだろう。
 第2に,非不胎化を為替政策としてしまうと,金融政策が為替政策に従属する形となり,現実の金融政策の枠組みと合わない。
 第3に,日本を対象に記述するのであれば,外為特会による不胎化介入から説明を始めるのが自然である。実際には介入から国庫短期証券の発行までに時間差があり,その間は日銀が資金を供給することになるので,ここで非不胎化介入を説明する。そして非不胎化を中央銀行の判断に基づく金融政策であると位置づけて,為替当局と中央銀行が協調すればどうなるか,で非不胎化の効果を論じるのがいいだろう。

 以上は教育論だが,現状のようなゼロ金利時に非不胎化の効果を出すにはどうすればいいか,という政策論にも触れたい。しかし,また字数制限にひっかかったので,(その2)に回すことにする。

(注) 不自然な二重否定になることから,経済学用語で最も問題のある訳語である。「非不胎化介入しない」となると,三重否定になる。
 また,女性に不快感を与える用語であることも問題である。もしかすると,国際金融を「普通に教えているつもり」でも,女子学生からセクハラで訴えられてしまうことになるかもしれない。

(関係する過去記事)
量的緩和から非伝統的金融政策へ
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/33205318.html

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マクロ経済学 (New Liberal Arts Selection)

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