岩本康志のブログ

経済,財政の話題を折に触れて取り上げます

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「バーナンキの背理法」は,もっぱらネットで議論されており,リアルの金融政策の議論でまともに取り上げられることはなかった。役に立たないからだ。

 ゼロ金利のもとで中央銀行がマネタリーベースを拡大する政策(量的緩和)を3種類に分類しよう。
 第1は,金利が正のときと同様に伝統的オペ(安全資産を購入する)をおこなう場合であり,「狭義の量的緩和」である。これは将来も持続するというコミットメントがなければ,物価にも実体経済にも影響がない。
 第2は,中央銀行が買うことを法的に許されているリスク資産を購入する場合である。例えば,日銀法では,信用度の低い社債はこれに当たる。
 第3は,法的に許されない手段をとることである。例えば,株式の購入や,バーナンキの背理法で考えられているような「お札を刷って給付金で国民に配る」方法である。
 量的緩和政策をめぐるまともな議論は,伝統的オペの延長の政策効果は無効であるとの認識から始まって,中央銀行がどういうリスクをとることが許されるのかに留意しながら,第2の手段のなかで何を実行してよいかを議論している。第3の手段は当然,通常の選択肢に入らない。法改正や例外規定を視野に入れて考慮するとしたら,よほどの事情のもとでだ。効果がないのは第1の手段だけで,第2と第3の手段に効果があるのは議論の前提だ。意見が分かれるのは効果の確実さと大きさである。
 第1の手段では,いくらマネタリーベースを増やしても物価が動かないと仮定しても,矛盾は生じない。つまり,無税国家は誕生しない。なぜなら,お札を刷ってそれと同等の資産を購入しているので,どこからも財政支出や減税の財源は生まれないからだ。

 バーナンキの背理法は,「金融政策でインフレを起こすことはできない」という主張を論破する手段だというが,「従来の手法では効果がない」ことに対して「違法な手段をとれば効果がある」といって何が論破できているというのだろうか。「従来の手法では」と「違法な手段をとれば」を取っ払うのは,まともに政策を議論している側から見れば,まったく独りよがりの論法だ。
 給付金を配る部分を政府がやれば,合法的な政策にはなる。だが,このときの主役は財政政策になるので,金融政策の議論のなかに持ち出してくるのは,これまた独りよがりの論法だ。
 また,「違法な手段をとれば効果がある」ことを説明したいならば,背理法などとややこしいことをしないで,「日銀がお札を刷ってどんどん公共事業を発注すれば,需要が過熱しインフレになる」といえば十分だし,この方がわかりやすいだろう。

 バーナンキの背理法のもう一つの使い方は,「何をやってもインフレは起きない」という極論を論破するものらしい。こちらの極論はまともな金融政策の議論には何も関係ないので,政策の議論に資するものは何もない。意義があるとしたら,そのように思いこんでいる一般の人を啓蒙することだろう。
「何をやっても効果がない」に対して「違法な手段をとれば効果がある」という論争なら,論理的には前者は誤りで後者は正しい。
 だが,金融政策の知識がなく「何をやっても効果がない」と思いこんでいる人も,普通の社会常識の持ち主なら「日銀が違法な手段をとる」ことは「何をやっても」のなかには含めていないだろう。そういう人たちの蒙を啓くには,まともな金融政策の議論の方向に導くことだ。つまり,法的に日銀に何ができるのか,何に効果があって何に効果がないか,をきちんと説明することだ。
 どの手段が合法か違法かを知らない人に,違法な手段であることを伏せて「効果がある」と説得するとすれば,それは役に立たないだけでなく,有害ですらある。

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