岩本康志のブログ

経済,財政の話題を折に触れて取り上げます

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 quantity theory of moneyは直訳すれば貨幣数量理論だが,貨幣数量説と訳されている。これは,貨幣量が物価を決定することを主張する理論である。貨幣M,物価P,実質所得Yとして,これらに
   MV=PY
という関係を考える。この恒等式で定義されるVは貨幣の(所得)流通速度と呼ばれる。
 Vが一定であると考えるのが貨幣数量説である。すると,貨幣と名目所得は比例関係にある。実質経済成長を考えなければ,貨幣の増加は長期的に実体経済には影響を与えないならば,物価を上昇させることが言える。実質経済成長があれば,それに見合う貨幣の成長は物価を安定的に保つと言える。Vは金利によって変化するが,長期的には安定していると考えられ,長期的には貨幣量が物価を決定するとマクロ経済学の教科書には書かれている。
 日本で貨幣数量説が当てはまっているか,簡単な図で見てみよう。Mの指標は色々あるが,日銀の政策に関係づけるために,ここではマネタリーベースをとる。下の図は,1970年から1995年までのマネタリーベース年間平均残高(横軸)と名目国内総生産(GDP,縦軸)の相関を示したものである(注1)。この期間に貨幣と所得はほぼ比例関係にあることがわかる。Mが10兆円程度のときにはPYは100兆円強で,Mが40兆円程度のときにはPYは400兆円強となっている。
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 1995年以降,わが国の政策金利は0.5%を上回ったことはない。この期間にはゼロ金利政策と量的緩和政策がとられた。マネタリーベースと名目GDPの関係を1970年から2009年までに延長して示したのが下の図である。量的緩和時にMは100兆円を超えることになったが,1995年までの関係が予測するように名目GDPが1000兆円になることはなかった。
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 ゼロ金利を含む非常に低い金利のときに貨幣が増えても物価も所得も上がらないことは,「流動性の罠」と呼ばれ,これも昔からマクロ経済学の教科書で説明されていた現象である。
 以上の図から言えるのは,「金利が正のときは貨幣数量説が妥当するが,金利がゼロのときは流動性の罠に陥り,貨幣数量説は妥当しない」という事実である。教科書に書かれている通りのことが日本で起こったわけである。

 つぎに,デフレを脱却して,適切な実質成長と物価上昇が実現する経済に着地するには,どのような道筋を描けばよいか,について以上の図が示唆することを見ていこう。
「日銀の国債引き受けによってレジーム転換が生じて,マイルドなインフレが実現する」という考え方については,レジーム転換が生じるか否かがそもそも問題だが,かりにレジーム転換が生じたとしてもそのような都合の良いレジーム転換は存在しない。最近のマネタリーベースは100兆円程度だが,かりに日銀が20兆円国債を引き受けたとして,Mが120兆円に増えたとすると,それに対応して着地すべき名目GDPは1200兆円を超えるだろう(1995年以前の貨幣の流通速度をもとにしているので,着地すべき名目GDPにはある程度の幅をもってみる必要はあるが,以下の議論に本質的な影響はない)。2010年の名目GDPは479兆円だから,1200兆円というのは数年のうちにマイルドインフレで到達できる数字ではない。つまり数年間で適切な水準に着地するなら,それまでは猛烈なインフレになるだろうし,マイルドインフレで着地しようとすれば,何十年かかるかわからない。[2011年6月21日追記:それほどの長期間,ゼロ金利のままでインフレをコントロールすることは現実的に無理である。この点を当初に記述していなかったため,意図が伝わりにくかった。なぜ現実的に無理かは,「復興国債の日銀引き受けはそもそも財源か?」(http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/35427897.html )でくわしく説明している。]「Mを増やしてマイルドインフレの実現」というのはまったくの妄論である。
 市場は以上の事実を理解しており,ゼロ金利政策の出口ではMの縮小が必要なことを見通している。ゼロ金利からの追加的緩和を得るための「時間軸政策」とは,出口において金融緩和を継続することを市場に期待してもらい,その効果を今に「前借り」するものである。これをMで表現すると「将来にMを減らすのだが本来減らすものよりも減らすものを少し減らす」ということになる。わざと支えるように書いてしまったのだが,よく読んで理解してもらいたいが,そういうことである。以前に「『インフレ目標』をめぐるネット議論の陥穽」で「現在にお札をするだけでは効果ない,将来にお札が増えることを皆が信じると効果がある」と書いたが,将来の貨幣を増やすといっても,その貨幣量は今の貨幣量よりも減っていなければならない。Mを使うことの複雑さは,将来の政策を市場に期待してもらおうという時間軸政策の意図にとって障害となる。金利を使って表現することの利点は,将来の政策の説明が簡明になることである。つまり,「ゼロ金利解除のタイミングを遅らせる」という一言で上記の「減らす4連発」と同じ意味のことを説明できる。また,現在の貨幣を増やすことに効果がないという「流動性の罠」の事実も,現在の貨幣を増やしてもゼロ金利で同じこと,という形で理解しやすくなる。

 貨幣数量説と流動性の罠という,昔からマクロ経済学の教科書に書いていることが日本で現実に起こっていることを確認すれば,国債の日銀引き受けがデフレ脱却に何の意義もないことはすぐわかることである。そして,それは財政規律の喪失という弊害をもたらす。このことは震災の前でも後でも変わらない(注2)。

(注1)
 マネタリーベースは日本銀行の時系列統計データ検索サイトからダウンロードした。名目GDPは,「1945年のGDP」で説明した手法で筆者が接続した系列である。
(注2)
 日銀の国債引き受けが復興財源として意義があるか否かは別の論点になるので,震災復興の問題として別の機会に取り上げたい。大筋としては,引き受けた国債はゼロ金利を解除するときに売却しなければいけないので,国債を市中で発行することと同じことになる。

(参考)
日本銀行時系列統計データ検索サイト
http://www.stat-search.boj.or.jp/index.html
(ここからマネタリーベースにたどりつくときに,皆さんはどうしていますか? 私は「統計別検索」の「日本銀行関連(BJ)」に入り,「メニュー検索」から系列を指定していますが,どこに何があるか事前にわかってないと使えないやり方で,初心者に説明するにはあまり適切でないように感じています)

(関係する過去記事)
「『インフレ目標』をめぐるネット議論の陥穽」
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/32325439.html


[2011年6月21日追記]
(関係する記事)
「復興国債の日銀引き受けはそもそも財源か?」
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/35427897.html

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