岩本康志のブログ

経済,財政の話題を折に触れて取り上げます

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「バーナンキの背理法」の原典は,バーナンキ米連邦準備制度理事会(FRB)議長がプリンストン大学教授時代の2001年の論文のつぎの一節に現れたものだ。
「貨幣は他の政府債務と異なり,利子を払わず,満期日もこない。金融当局は好きなだけ貨幣を発行できる。したがって,もし価格水準が本当に貨幣の発行量に依存しないならば,金融当局は自らの発行した貨幣を使って無限の財や資産を獲得できることになる。これは均衡においては明らかに不可能である。それゆえ,貨幣の発行はたとえ名目利子率がゼロ以下になりえないとしても,結局は価格水準を上昇させる」(三木谷良一,アダム・S・ポーゼン編『日本の金融危機』東洋経済新報社,2001年,167−168頁)
 当時は,金利がゼロまで低下してしまえば金融緩和の余地は何もないという認識が強かったが,非伝統的金融政策の有効性を学界に認めさせていったバーナンキ氏の功績は高く評価される。しかし,この文章は若干の不備がある。文中で中央銀行が財を購入することは通常は法律で禁じられている。この部分は,政府が国債を発行して減税をして,発行分だけの国債を日銀が購入する「ヘリコプター・ドロップ」政策に変更すれば合法的手段になり,バーナンキ氏自身のより詳細な議論は,その政策を扱っている。FRB理事時代の2003年の講演「Some Thoughts on Monetary Policy in Japan」(http://www.federalreserve.gov/boarddocs/speeches/2003/20030531/default.htm )は,日銀のバランスシートの劣化を招かないボンド・コンバージョン,コミットメントを確実にするための物価水準目標と組み合わせた,くわしい政策提言になっている。

 日本のネット議論で流布されている「バーナンキの背理法」は他人が加工を加えたもので,まともな議論の対象とならない変種がある。
 例えば,「反デフレ政策FAQ中のFAQ」(http://www31.atwiki.jp/anti_deflation/#Q20 )では,
「日銀がお金を刷り、それを国民に配ります」
と書かれている。バーナンキ氏が修正していった方向とはわざわざ逆を選んで,違法な手段を説明している。
 池田信夫氏のブログ記事「『無税国家』というナンセンス」(http://agora-web.jp/archives/1115248.html )で引用されている岩田規久男・学習院大教授の著書『「不安」を「希望」に変える経済学』(PHP研究所,2010年)の記述は,
「日銀がいくら国債を買っても、物価は上がらず、デフレが続くとしよう。すると、日銀はインフレを心配せずに、市場に存在する国債をすべて買い切ってしまうことができる。[・・・]それでも、デフレが終わらないならば、政府は税金を廃止して、財政資金をすべて国債発行でまかない、その国債を日銀がお札を刷って買い上げればよいことになる。無税国家の誕生であり、これほど国民にとって喜ばしいことはない。」(97頁)
となっている。こちらは,日銀は国債を買い続けるので,違法ではない。
 しかし,この論法は「狭義の量的緩和が物価に影響を与えない」という議論を反証したことになっていない。このなかで政府が何をしているか,に注目しよう。証明に現れる政策は2段階に分かれる。最初の段階は市場にある国債を日銀が購入している。ここでは政府側は何もしておらず,日銀だけが動いている。日銀が国債を買いつくすと,第2段階として政府は新しく国債を発行して,そこで得た財源で給付金を配る。つまり,財政政策を発動する。証明のなかで,物価に影響を与えることが証明されているのは,この第2段階の方だ。
 第1段階が狭義の量的緩和で,第2段階がヘリコプター・ドロップ政策になる。ここで注目したいのは,最初からヘリコプター・ドロップ政策の発動を考えているバーナンキ氏本人の議論との違いだ。
 もともとの目的は「狭義の量的緩和が物価に影響を与えない」という主張に反論することだったはずだ。この立場では,第1段階では何も起こらず,第2段階で物価に影響が生じる。上の証明は第1段階には何も触れず,第2段階は同じ見解になる。したがって,この証明についての反応は「だからどうした?」となる。
 物価が動くことを証明する巧拙を吟味すると,第1段階は不要であることがマイナス点だ。つまり,いきなり第2段階の政策をとれば,そこで証明の目的が完了する。何のために,第1段階の政策が必要なのか,意味不明である。

 市場の国債を買いつくしたときに狭義の量的緩和を終わるように考えられているが,じつは政府の協力を得て狭義の量的緩和を続けることが可能である。日銀が買うための国債を政府があらたに発行し,そこで得た資金を銀行に預金するとしよう。銀行の貸借対照表では,日銀が増やした準備預金の分だけ政府からの預金が増える。こうして,日銀が作り出した新しいマネタリーベースは政府と銀行のやりとりで増えるだけで,実体経済に影響することはない。起こっていることは,政府・日銀・銀行の帳簿の電子記録が書き換えられているだけだ。
 一方で,政府が最初から減税してもいいわけだから,いきなり第2段階に入ることも可能だ。
 ということは,第1段階を終えて第2段階に移るか,第1段階を永久に続けるか,第1段階を経由せずに第2段階にいきなり入るか,のどれになるかは政府の判断次第だということになる。
 したがって,政策論としては,なぜ政府は第1段階を経由して第2段階に移ることを選んでいるのかが問題になる。第1段階で,政府は,日銀が無効な政策を延々と続けることをただ傍観している。そして,日銀が国債を買いつくした後で,やおら財政政策を発動し,それが物価を動かすことになる。こういう政策の議論をしているのは,そもそも国民が一刻も早いデフレ脱却を待ち望んでいるときである。それなのになぜ,政府は日銀が国債を買い始めたときに財政政策を発動させて,第1段階の無益な時間を省略することを選ばないのだろうか。
 第1段階が無益な時間でないこと,つまり狭義の量的緩和が物価に影響をもつのであれば,それを示して,証明を終わればいい。しかし,その証明はなく,第2段階でのヘリコプター・ドロップ政策が有効と書いている。つまり,この論法は,第1段階が有効であることを証明できていないことを吐露している。

(関係する過去記事)
「バーナンキの背理法」を信じると,こう騙される
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/32683870.html

日本経済新聞・経済教室「『日本型デフレ』は防げるか」
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/34199204.html

「バーナンキの背理法」は役に立たない
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/34352149.html

ヘリコプター・ドロップ政策
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/35740839.html

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