岩本康志のブログ

経済,財政の話題を折に触れて取り上げます

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「日銀とFRBの『インフレ目標』を比較する(その1)」(http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/36800762.html )を書いた時点では,14日の白川方明日本銀行総裁の記者会見は未見であった。そこで,記者会見記録(http://www.boj.or.jp/announcements/press/kaiken_2012/kk1202b.pdf )をもとに,(その1)の内容を補完する。
 総裁記者会見はときとして重要である。例えば,最初の時間軸政策である「デフレ懸念が払拭されるような情勢になるまで」ゼロ金利政策を継続する,という表現が最初に現れたのは,1999年4月13日の速水優日銀総裁(当時)の記者会見での発言である。
 記者会見記録は声明文より読まれる機会が少ないが,今回の記者会見は一読の価値がある。そのなかで,上記ブログ記事に関係する問答2つを以下に紹介する。

 第1は,1月25日の米連邦準備制度理事会(FRB)の「Longer-run Goals and Policy Strategy」に現れた「The inflation rate over the longer run is primarily determined by monetary policy」の件についてである。金融政策でインフレ率が決まらなければインフレ率の「goal」を設定しても無意味だから,これはそもそも「goal」を設定することの大前提だ。
 長期的にはその通りなのだが,米国もゼロ金利なので短期的には物価のコントロールは極めて難しい。コミュニケーションの過程で「長期的には」が抜け落ちるとややこしくなるので,発信者側の勇気と注意を要する一文である。
 引用する質疑応答には2つの質問が含まれているが,これに関する質問のみ以下に引用する。

「(問) 今のご発言に関連して 2 点お聞きします。1 点目は、先般のFRBの発表では、「物価上昇率は、長期的には主に金融政策によって決定される」という声明が出されていますが、この点について、日銀ないし白川総裁はどのように考えているかお教え下さい。(中略)
(答) まず、1 問目の長期的には金融政策で決まってくるという命題についてどう考えるのかという問いですが、これは、色々な考え方がもちろんあり得ると思います。大学の講義ではありませんので、そういう話をするのもどうかなと思いますが、非常にインフレ率が高い時にインフレを抑制していくということ、これは、景気への影響等を無視すれば、強力に金融引締めをやればインフレ率が下がっていくということで、そういう意味では、究極的、最終的に、金融政策が物価を決定していく、それはその通りだと思います。
また、米国の 1930 年代のように、中央銀行が最後の貸し手として積極的に行動しなかった結果、金融が大きく縮小する場合には、経済活動を大きく縮小させ、その結果、当時のアメリカは、物価が確か 3 割ぐらい下落しました。そういう意味で、金融政策、あるいは中央銀行の行動が、物価の長期的な経路を決めていく上で非常に重要であることは、私はそうだと思っています。
しかし、現在問われている問題は、今の日本経済、物価の上昇率が概ねゼロ近傍という世界で、中央銀行がお金の量を供給することだけで直ちに物価上昇率がゼロから 1%、1%から 2%へ上がっていくかという問いであるとすれば、それは必ずしもそうではないと思います。先程申し上げた、日本経済が直面している様々な構造的な問題、これらへの取組みが必要であると思います。これは決して中央銀行の役割が小さいということではなく、むしろ、中央銀行の役割はしっかりあると思っていますが、成長力を引き上げていく努力と、それを支える金融面の支援、その両方が相俟って、デフレからの脱却は実現していくものだと考えています。(後略)」(7〜8頁)

 政策担当者であるが故に,白川総裁の回答は複雑である。まず,インフレ率が高いときには金融引き締めでそれを下げることができる,と言っている。これは現在の日本の状況とは関係ないので,仮定の話である。つぎは,インフレ率が低いときには,政府・日銀が協調してデフレ脱却に取り組むという現行の政策の枠組みに基づいて,インフレ率を上げることができる,言っている。
 FRBは政府側の取り組みに触れていないから,米国と同じ文脈にするなら「かりに政府が構造問題に取り組まないとしたら,日銀だけでデフレから脱却できるか」が問われることになるが,日銀総裁の立場では政府の重要方針と真逆の議論を展開することは難しいだろう。インフレ率が高いときの話も「大学の講義ではありませんので、そういう話をするのもどうかなと思いますが」と防衛線を張っている。日米比較のための証言をきちんととるなら,質問の工夫が必要だ。また,できないと思っているから言及しない,と勘繰られないようにしたいなら,答弁の工夫が必要だ。
 話がそれるが,大学の講義だとこうなる。この問題は,フィッシャー方程式
  名目金利=実質金利+(期待)インフレ率
から出発して考える。経済学で「長期的に」というのは,短期的な変動要因がなくなって,これらの変数が安定しているという仮想的な状態を指す。そのとき,期待インフレ率は現実のインフレ率に等しくなる。この式を変形すると,
  インフレ率=名目金利−実質金利
となる。つまり,インフレ率の長期での水準は,名目金利の長期での水準から実質金利の長期での水準を引いたものになる。名目金利は金融政策で左右できるので,名目金利がゼロ以上であるという制約と合わせると,インフレ率のある下限値以上は金融政策で実現できる。ゼロ金利制約が問題になるのは実質金利が低い場合で,たとえば実質金利の長期的水準が−3%だとすると,ゼロ金利でもインフレ率は3%になって,FRBが設定した2%の「goal」は達成できない。しかし,実質金利の長期的水準が負になることは現実的には考えられないから,目標水準として現実的に想定される範囲のインフレ率の長期的水準は金融政策で達成できる。

 本題に戻る。
 2番目は,日米の異同についてまとめた5点のうちの最後
(5)【同】 「目標」が達成できない場合の措置は無い。
についてである。

「(問) 先程、政策委員会としての意思を示すという話がありました。安住財務相も「事実上のインフレ目標」というように発言していますが、これが達成できなかった時、中央銀行の信認が低下したり、政府の関与が強まったりという副作用については、どのようにお考えでしょうか。
(答) インフレーション・ターゲティングを採用している各国の運営をみても随分変わってきています。例えば、ニュージーランドは、目標インフレ率が達成されなかった場合の規定が入っていますが、多くの国では、物価上昇率が目標等から乖離した場合に、なぜそれが乖離しているのかを、しっかり国民に対して説明していくとともに、政策の決定過程を明らかにしていくことを通じて、責任を果たしていくというのが今の主流になっています。日本銀行もそうした努力をこれからもしっかり続けていきたいと思っています。」(17〜18頁)

 物価上昇率が目標等から乖離している場合には説明責任を果たす,という世界の主流と日銀は同じ,ということになる。

(参考)
総裁定例記者会見要旨(1999年4月13日)
http://www.boj.or.jp/announcements/press/kaiken_1999/kk9904a.htm/

総裁定例記者会見要旨(2012年2月14日)
http://www.boj.or.jp/announcements/press/kaiken_2012/kk1202b.pdf

(関係する過去記事)
日銀とFRBの「インフレ目標」を比較する(その1)
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/36800762.html

日銀とFRBの「インフレ目標」を比較する(その2)
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/36803784.html

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