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日銀とFRBの「インフレ目標」を比較する(その3・総裁記者会見からの補足)

「日銀とFRBの『インフレ目標』を比較する(その1)」(http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/36800762.html )を書いた時点では,14日の白川方明日本銀行総裁の記者会見は未見であった。そこで,記者会見記録(http://www.boj.or.jp/announcements/press/kaiken_2012/kk1202b.pdf )をもとに,(その1)の内容を補完する。
 総裁記者会見はときとして重要である。例えば,最初の時間軸政策である「デフレ懸念が払拭されるような情勢になるまで」ゼロ金利政策を継続する,という表現が最初に現れたのは,1999年4月13日の速水優日銀総裁(当時)の記者会見での発言である。
 記者会見記録は声明文より読まれる機会が少ないが,今回の記者会見は一読の価値がある。そのなかで,上記ブログ記事に関係する問答2つを以下に紹介する。

 第1は,1月25日の米連邦準備制度理事会(FRB)の「Longer-run Goals and Policy Strategy」に現れた「The inflation rate over the longer run is primarily determined by monetary policy」の件についてである。金融政策でインフレ率が決まらなければインフレ率の「goal」を設定しても無意味だから,これはそもそも「goal」を設定することの大前提だ。
 長期的にはその通りなのだが,米国もゼロ金利なので短期的には物価のコントロールは極めて難しい。コミュニケーションの過程で「長期的には」が抜け落ちるとややこしくなるので,発信者側の勇気と注意を要する一文である。
 引用する質疑応答には2つの質問が含まれているが,これに関する質問のみ以下に引用する。

「(問) 今のご発言に関連して 2 点お聞きします。1 点目は、先般のFRBの発表では、「物価上昇率は、長期的には主に金融政策によって決定される」という声明が出されていますが、この点について、日銀ないし白川総裁はどのように考えているかお教え下さい。(中略)
(答) まず、1 問目の長期的には金融政策で決まってくるという命題についてどう考えるのかという問いですが、これは、色々な考え方がもちろんあり得ると思います。大学の講義ではありませんので、そういう話をするのもどうかなと思いますが、非常にインフレ率が高い時にインフレを抑制していくということ、これは、景気への影響等を無視すれば、強力に金融引締めをやればインフレ率が下がっていくということで、そういう意味では、究極的、最終的に、金融政策が物価を決定していく、それはその通りだと思います。
また、米国の 1930 年代のように、中央銀行が最後の貸し手として積極的に行動しなかった結果、金融が大きく縮小する場合には、経済活動を大きく縮小させ、その結果、当時のアメリカは、物価が確か 3 割ぐらい下落しました。そういう意味で、金融政策、あるいは中央銀行の行動が、物価の長期的な経路を決めていく上で非常に重要であることは、私はそうだと思っています。
しかし、現在問われている問題は、今の日本経済、物価の上昇率が概ねゼロ近傍という世界で、中央銀行がお金の量を供給することだけで直ちに物価上昇率がゼロから 1%、1%から 2%へ上がっていくかという問いであるとすれば、それは必ずしもそうではないと思います。先程申し上げた、日本経済が直面している様々な構造的な問題、これらへの取組みが必要であると思います。これは決して中央銀行の役割が小さいということではなく、むしろ、中央銀行の役割はしっかりあると思っていますが、成長力を引き上げていく努力と、それを支える金融面の支援、その両方が相俟って、デフレからの脱却は実現していくものだと考えています。(後略)」(7〜8頁)

 政策担当者であるが故に,白川総裁の回答は複雑である。まず,インフレ率が高いときには金融引き締めでそれを下げることができる,と言っている。これは現在の日本の状況とは関係ないので,仮定の話である。つぎは,インフレ率が低いときには,政府・日銀が協調してデフレ脱却に取り組むという現行の政策の枠組みに基づいて,インフレ率を上げることができる,言っている。
 FRBは政府側の取り組みに触れていないから,米国と同じ文脈にするなら「かりに政府が構造問題に取り組まないとしたら,日銀だけでデフレから脱却できるか」が問われることになるが,日銀総裁の立場では政府の重要方針と真逆の議論を展開することは難しいだろう。インフレ率が高いときの話も「大学の講義ではありませんので、そういう話をするのもどうかなと思いますが」と防衛線を張っている。日米比較のための証言をきちんととるなら,質問の工夫が必要だ。また,できないと思っているから言及しない,と勘繰られないようにしたいなら,答弁の工夫が必要だ。
 話がそれるが,大学の講義だとこうなる。この問題は,フィッシャー方程式
  名目金利=実質金利+(期待)インフレ率
から出発して考える。経済学で「長期的に」というのは,短期的な変動要因がなくなって,これらの変数が安定しているという仮想的な状態を指す。そのとき,期待インフレ率は現実のインフレ率に等しくなる。この式を変形すると,
  インフレ率=名目金利−実質金利
となる。つまり,インフレ率の長期での水準は,名目金利の長期での水準から実質金利の長期での水準を引いたものになる。名目金利は金融政策で左右できるので,名目金利がゼロ以上であるという制約と合わせると,インフレ率のある下限値以上は金融政策で実現できる。ゼロ金利制約が問題になるのは実質金利が低い場合で,たとえば実質金利の長期的水準が−3%だとすると,ゼロ金利でもインフレ率は3%になって,FRBが設定した2%の「goal」は達成できない。しかし,実質金利の長期的水準が負になることは現実的には考えられないから,目標水準として現実的に想定される範囲のインフレ率の長期的水準は金融政策で達成できる。

 本題に戻る。
 2番目は,日米の異同についてまとめた5点のうちの最後
(5)【同】 「目標」が達成できない場合の措置は無い。
についてである。

「(問) 先程、政策委員会としての意思を示すという話がありました。安住財務相も「事実上のインフレ目標」というように発言していますが、これが達成できなかった時、中央銀行の信認が低下したり、政府の関与が強まったりという副作用については、どのようにお考えでしょうか。
(答) インフレーション・ターゲティングを採用している各国の運営をみても随分変わってきています。例えば、ニュージーランドは、目標インフレ率が達成されなかった場合の規定が入っていますが、多くの国では、物価上昇率が目標等から乖離した場合に、なぜそれが乖離しているのかを、しっかり国民に対して説明していくとともに、政策の決定過程を明らかにしていくことを通じて、責任を果たしていくというのが今の主流になっています。日本銀行もそうした努力をこれからもしっかり続けていきたいと思っています。」(17〜18頁)

 物価上昇率が目標等から乖離している場合には説明責任を果たす,という世界の主流と日銀は同じ,ということになる。

(参考)
総裁定例記者会見要旨(1999年4月13日)
http://www.boj.or.jp/announcements/press/kaiken_1999/kk9904a.htm/

総裁定例記者会見要旨(2012年2月14日)
http://www.boj.or.jp/announcements/press/kaiken_2012/kk1202b.pdf

(関係する過去記事)
日銀とFRBの「インフレ目標」を比較する(その1)
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/36800762.html

日銀とFRBの「インフレ目標」を比較する(その2)
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/36803784.html

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日銀とFRBの「インフレ目標」を比較する(その2)

 日本銀行が14日に導入した「中長期の物価安定の目途」についてのコメントである。
「日銀とFRBの『インフレ目標』を比較する(その1)」(http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/36800762.html )で整理した事実関係を再掲すると,日米の違いは,

(1)【同】 法律で中央銀行に与えられた責務を,物価上昇率の具体的な数値で表現。
(2)【違】→【同】 米国は委員会での合意。日本は委員の意見の分布→日本銀行の判断。
(3)【違】 米国は2%。日本は0〜2%の範囲。
(4)【同】 「目標」が達成できるまで,ゼロ金利政策を続ける(時間軸政策の採用)。
(5)【同】 「目標」が達成できない場合の措置は無い。

となる。
(2)の矢印が14日に変更になった部分である。

 金融政策の効果の観点から重要なのは(4)で,(2)ではない。金融政策は政策委員の意見で決まるから,「理解」のように委員が物価安定を0〜2%だと考えていれば,この範囲にインフレ率が入らないうちに利上げする理屈はない。「目途」のように日本銀行として物価安定を0〜2%だと判断していれば,この範囲にインフレ率が入らないうちに利上げする理屈はない。「理解」に基づいて日銀の将来の金融政策を読むことと,「目途」に基づいて読むことに違いはない。そこまで読み込めない市場関係者がいるとすると,それは間の抜けた話になる。時間軸政策については「当面、消費者物価の前年比上昇率1%を目指して、それが見通せるようになるまで」と具体的に書き込まれたが,これは2010年10月の包括緩和実施時に「『包括的な金融緩和政策』について」(http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/34208019.html )で書いたことでもあり,市場ではすでに織り込み済みである。したがって,市場の反応に大した変化はないと考えられる。
 今回の政策変更で,長期国債をさらに10兆円買い取ることにした。長期国債を買うことについては,「『リフレ政策』に対する私見(とりあえずのまとめ)」(http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/32738553.html )執筆時点で必要なし,と書いたが,現時点でも私は同じ判断である。

 私は「『包括的な金融緩和政策』について」で,2010年10月の包括緩和での時間軸政策の明確化について,「これまで伝わる人にしか伝わっていないことを,もっと広い人に伝える趣旨のものだと理解できる。」とコメントした。今回の「目途」の導入も,わかりにくい「理解」をよりわかりやすくするものにして,これまで伝わっていな人に伝える努力だといえる。これに関連して,2つコメントする。
 第1に,金融政策の透明性を高めることは意義あることであり,「理解」から「目途」への変更は評価できる。しかし,振り返れば,非常にわかりにくい形である種の「インフレーション・ターゲティング」的なものを導入したのは,2001年3月の量的緩和開始時であった。今回の「目途」に到達するのだったら,11年前に同じことをしていれば,もっとわかりやすかったと言える。金融政策の透明性の向上の観点から「インフレーション・ターゲティング」の導入を訴えていた論者でそう思う人は多いのではないか。
 結局は,日銀は圧力に押されて「インフレーション・ターゲティング」の明確化を小出しにしてきて現在に至ったと周囲からは見られてしまう。これに対して米連邦準備制度理事会(FRB)は,自ら先んじて「goal」を明示することで,金融緩和の姿勢を示した。情報発信の巧みさではFRBに軍配が上がるだろう。
 第2に,はたしてこれまで伝わっていなかった人たちに伝わるであろうか。これが,より深刻な問題である。1月25日以降に(2)の違いを重視していた意見は,そのことが金融政策の効果として意味があると考えている向きがある(私はそれとは違う意見である)。それは,日銀が追加的に金融緩和すればインフレ率を目標に誘導できるのに日銀はそれをしない,インフレ目標を課せば日銀は金融緩和せざるを得なくなる,という考え方である。私はそれほど簡単ではなく(日銀が法律違反のことまでするなら話は別だが[注]),残念ながら「目途」の1%に到達するまでは時間がかかると見ている。日銀の見方も同じではないかと思われる。しかし,このことはいま日銀に圧力をかけている人たちに伝わっていないだろう。早期にインフレ率が「目途」となった1%に近づかないと,このすれ違いは問題化しそうだ。「インフレ目標を導入すればデフレ脱却できる」と考えている人たちは,容易に自説は曲げずに,日銀が目標を達成できないのは日銀が十分に金融緩和をしていないからだ,あるいは日銀が効かないと思っているから効く政策も効かなくなる,という形でさらに批判を強めることになるだろう。このすれ違いは簡単に解決できない難問である。

(注)
「『バーナンキの背理法』のなかで政府は何をしているのか」(http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/35743510.html )を参照。

(関係する過去記事)
「リフレ政策」に対する私見(とりあえずのまとめ)
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/32738553.html

「包括的な金融緩和政策」について
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/34208019.html

「バーナンキの背理法」のなかで政府は何をしているのか
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/35743510.html

日銀とFRBの「インフレ目標」を比較する(その1)
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/36800762.html

(参考 (その1)で引用した日本銀行とFRBの文書)
「金融市場調節方式の変更と一段の金融緩和措置について」(日本銀行,2001年3月19日)
http://www.boj.or.jp/announcements/release_2001/k010319a.htm/

「金融市場調節方針の変更について」(日本銀行,2006年3月9日)
http://www.boj.or.jp/announcements/release_2006/k060309.htm

「『中長期的な物価安定の理解』の明確化」(日本銀行,2009年12月18日)
http://www.boj.or.jp/announcements/release_2009/un0912c.pdf

「『包括的な金融緩和政策』の実施について」(日本銀行,2010年10月5日)
http://www.boj.or.jp/announcements/release_2010/k101005.pdf

「金融機能の強化について」(日本銀行,2012年2月14日)
http://www.boj.or.jp/announcements/release_2012/k120214a.pdf

FOMC Statement(FRB,2012年1月25日)
http://www.federalreserve.gov/newsevents/press/monetary/20120125a.htm

FOMC Statement of longer run goals and policy strategy(FRB,2012年1月25日)
http://www.federalreserve.gov/newsevents/press/monetary/20120125c.htm

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日銀とFRBの「インフレ目標」を比較する(その1)

 日本銀行が14日に導入した「中長期の物価安定の目途」で何が変わったのかを整理しよう。今回の政策変更へのコメントも準備しているが,事実関係の整理だけで分量が多くなったので,その部分だけを(その1)として掲載する。
 1月25日の米連邦準備制度理事会(FRB)の発表をめぐって「インフレ目標」の議論がひとしきり起こったこともあり,最初に14日以前に日銀とFRBの何が違っていたかを比較してみる。

 日銀が「中長期の物価安定の理解」(以下「理解」)を導入したのは,2006年3月9日の「金融市場調節方針の変更について」である。そこから,2か所を抜粋する。

「日本銀行法は、金融政策の理念として、「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資すること」と定めている。日本銀行はこの理念に基づいて適切な金融政策運営に努めている。本日の政策委員会・金融政策決定会合では、新たな金融政策運営の枠組みを導入するとともに、改めて「物価の安定」についての考え方を整理することとした。」
「消費者物価指数の前年比で表現すると、0〜2%程度であれば、各委員の「中長期的な物価安定の理解」の範囲と大きくは異ならないとの見方で一致した。また、委員の中心値は、大勢として、概ね1%の前後で分散していた。」

 日銀法により物価の安定を図ることは日銀の責務であって,その「物価の安定」について政策委員の意見分布が「理解」である。この「理解」は,2009年12月18日の「『中長期的な物価安定の理解』の明確化」で,意見分布の表現が以下のように変更された。

「消費者物価指数の前年比で2%以下のプラスの領域にあり、委員の大勢は1%程度を中心と考えている。」

この「理解」が時間軸政策として作用することは,「飯田泰之氏の「リフレ政策」について(あるいは感想への感想への感想)」(http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/32411110.html )で説明したが,日銀は2010年10月の包括緩和実施時に「理解」をさらに活用している。「『包括的な金融緩和政策』の実施について」では,以下のように書かれている。

「日本銀行は、「中長期的な物価安定の理解」に基づき、物価の安定が展望できる情勢になったと判断するまで、実質ゼロ金利政策を継続していく。」

 つぎに,FRBの1月25日の「Longer-run Goals and Policy Strategy」から,2か所を抜粋する。

「Following careful deliberations at its recent meetings, the Federal Open Market Committee (FOMC) has reached broad agreement on the following principles regarding its longer-run goals and monetary policy strategy.」
「The inflation rate over the longer run is primarily determined by monetary policy, and hence the Committee has the ability to specify a longer-run goal for inflation. The Committee judges that inflation at the rate of 2 percent, as measured by the annual change in the price index for personal consumption expenditures, is most consistent over the longer run with the Federal Reserve's statutory mandate.」

 こちらは,2%の「goal」は連邦公開市場委員会の合意である。
 同日の声明文では,これを活用した時間軸政策が以下のようにのべられている。

「The Committee also anticipates that over coming quarters, inflation will run at levels at or below those consistent with the Committee's dual mandate.」
「To support a stronger economic recovery and to help ensure that inflation, over time, is at levels consistent with the dual mandate, the Committee expects to maintain a highly accommodative stance for monetary policy. In particular, the Committee decided today to keep the target range for the federal funds rate at 0 to 1/4 percent and currently anticipates that economic conditions--including low rates of resource utilization and a subdued outlook for inflation over the medium run--are likely to warrant exceptionally low levels for the federal funds rate at least through late 2014.」

 当面のインフレ率が「goal」よりも低く推移するので,FRBはゼロ金利政策を続け,それは2014年後半まで継続するだろう,とのべている。
 日銀の政策とFRBの政策は同じだ,違う,という議論が争われていたが,同じところと,違っているところがある。同じ,違う,と決めつけるのではなく,何が類似点で何が相違点かを見極めることの方が重要だ。
 整理すると,以下のようになる。

(1)【同】 法律で中央銀行に与えられた責務を,物価上昇率の具体的な数値で表現。
(2)【違】 米国は委員会での合意。日本は委員の意見の分布
(3)【違】 米国は2%。日本は0〜2%の範囲。
(4)【同】 「目標」が達成できるまで,ゼロ金利政策を続ける(時間軸政策の採用)。
(5)【同】 「目標」が達成できない場合の措置は無い。

 同じところは,どちらも中央銀行に法的に与えられた責務を中央銀行が具体的な数値で表現しており,それを時間軸政策に活用していること。また,目標が達成できない場合の措置(責任問題,罰則等)は規定されていない。
 違うところは,日銀は政策委員の意見の分布を示したものであり,政策委員会の決定ではないことと,数値の違いである。
 どこを重視するかで,日銀とFRBは似ているとも,違っているとも言える。
 正式な「インフレ目標」か否か,という点では,制度に関わる(2)と(5)が重要である。(1)はそもそも出発点であり,これが満たされないと始まらない。そこからの「インフレーション・ターゲティング」には幅があって,日米は以前から広い意味では「インフレーション・ターゲティング」であった。そこが,1月のFRBの動きで(2)の違いが注目を浴びることになった。
 さて,14日に発表した「金融政策の強化について」では,「理解」から「目途」に変わることで(2)が以下のように変更された。

「中長期的に持続可能な物価の安定と整合的な物価上昇率として,「中長期的な物価安定の目途」を示すこととする。日本銀行としては,「中長期的な物価安定の目途」は,消費者物価の前年比上昇率で2%以下のプラスの領域にあると判断しており,当面は1%を目途とする。」
「当面,消費者物価の前年比上昇率1%を目指して,それが見通せるようになるまで,実質的なゼロ金利政策と金融資産の買入れ等の措置により,強力に金融緩和を推進していく。」

「理解」は委員の意見分布であるが,「目途」は日本銀行の判断,と変わった。また,「中長期的物価安定の理解」の英語名は「the price stability goal in medium to long term」であり,「goal」が使われている。
 日銀法との関係から見ると,「目途」の方がすっきりしている。日銀法で「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資する」とされている金融政策の理念について,日銀が具体的な数値を表明しているからだ。これに対して「理解」は,各委員の考えという扱いである。
「理解」から「目途」に変わったことで,日米間の差はなくなったといえるだろう。(2)は,以下のように改められる。

(2)【違】→【同】 米国は委員会での合意。日本は委員の意見の分布→日本銀行の判断。

 したがって,日米の違いとして残るのは「goal」の数値の違いである。

 金融政策の効果を重視する視点からは,(4)が重要である。日米ともに「インフレ目標」を時間軸政策で活用している点では,同じである(注)。
 このように,日米を同じと見るか,違うと見るかは,視点の違いによることがわかる。

(注)
 金融政策の効果として,(3)を重要であると考える人もいるが,私は違う意見である。これについては,「『リフレ政策』に対する私見(とりあえずのまとめ)」(http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/32738553.html )を参照されたい。

(関係する過去記事)
飯田泰之氏の「リフレ政策」について(あるいは感想への感想への感想)
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/32411110.html

「リフレ政策」に対する私見(とりあえずのまとめ)
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/32738553.html

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日銀の国債引き受けをめぐる詭弁

 日銀による国債引き受けが相変わらず取りざたされているが,おかしな議論がまかり通っている。今回は高橋洋一・嘉悦大教授の発言をとりあげる。

(1)
 高橋教授は,以下のように言う。

「今年度予算でも予算総則第5条において、「国債整理基金特別会計において、『財政法』第5条ただし書の規定により政府が平成23年度において発行する公債を日本銀行に引き受けさせることができる金額は、同行の保有する公債の借換えのために必要な金額とする」と書かれている。
 つまり、日銀保有国債で今年度償還額の範囲内であれば、通貨膨張がないので、日銀引受が認められているのだ。具体的に今年度償還額は30兆円。今予定されている日銀直接引受額は12兆円なので、あと18兆円の日銀直接引受は既に成立した今年度予算の範囲内で、新たに国会議決する必要はない。」(「日銀総裁講演を徹底検証 国債引き受け否定は越権行為だ!」,http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20110601/dms1106011507015-n1.htm

 最初の段落は事実の記述なので間違いはない。予算には,日銀はいくら引き受けるかは書かれていない。日銀が借換債を12兆円直接引き受けること(乗換)は,予算政府案と同時に作成された「平成23年度国債発行計画」に書かれている。
 かりに借換債の日銀引き受けを30兆円に変更するときには,「予算総則の文章を書き換える必要がない」ことは技術的には正しい。しかし,それをもって国会抜きで変更できるとはならない。国会は,国債発行計画に基づいて,日銀引き受けは12兆円であるという認識のもとで予算を成立させている。その国会の意思を尊重すれば,かりに30兆円に変更するならば,あらためて国会に諮るのが適当だろう。
 したがって,以下のような発言こそ,国会無視の越権行為となる。

「今年度の予算に即して誠実にいえば、「30兆円までの日銀引受は既に国会で認められているので、それを実施するかどうかは政府の判断である。それ以上の引受については、インフレの可能性などを考慮して、国会で判断してもらいたい」といったところだろう。
 復興財源としては、既に今年度予算で認められている18兆円の日銀引受で対応可能だが、白川総裁は全面否定している。日銀は国会で議決したことを否定しており、越権行為である。」(同上)

(2)
 つぎに,高橋教授は,復興債の日銀引き受けの変種を提案している。高橋案は,「復興債の日銀引き受けは通貨膨張を招く禁じ手である」という批判をかわすため,通貨膨張のない借換債の日銀引き受けを18兆円増やす。すると民間の消化枠が18兆円減るので,新規の復興債18兆円は市中で消化できる,というものである。高橋教授は,以下のように説明する。

「今年度、日銀の保有国債の償還額は30兆円なので、通貨膨張させない範囲で日銀引受が可能な枠は今年度予算で30兆円になっている。ということは現時点の12兆円との差額18兆円は日銀引受が可能なのだ。
 もし18兆円の建設国債(復興債)を発行しようとするのであれば、発行について赤字国債のような特例法も不要で、現行財政法の範囲内なので予算措置(補正予算)で発行ができる。その上で、市中消化の借換債18兆円を日銀引受として、その空いた18兆円で新たな復興債を市中消化できる。つまり、法改正ではなく衆議院での補正予算で基本的に可能な話だ。」(政府の火事場泥棒的増税に民主党内も反対勢力が結集 復興財源は33兆円捻出可能,http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20110524/plt1105241543002-n1.htm

 しかし,本当に通貨膨張は起きていないのか。日銀が保有する国債は,様々な経路で増減する。償還される国債を乗換えなくても,市場から国債を買い入れることで,保有する国債は増える。高橋教授は,保有する国債が償還されるときに借換債を引き受けないと日銀の保有する国債が減少するところだけに着目する。しかし,すべての経路を合わせて日銀の保有する国債がどう変化するのかを見ると,話は変わってくる。復興債を含めた全体の国債発行が18兆円増えて,民間での全体の消化が変わらなければ,日銀の保有する国債は18兆円増える,というのは子どもでもわかる算数である。
 高橋教授の見方とは違って,全体での保有額に着目するのが正しい見方である。例えば, 2009年3月の飯田泰之・駒沢大准教授のブログ記事「米英リフレ政策発動と日本の現状」(http://d.hatena.ne.jp/Yasuyuki-Iida/20090321#p1 )での有名な指摘も,全体での保有額を重視している。飯田教授は,当時の日銀が国債買入額を増額しているのだが,全体での国債保有額は減少していることを指摘し,全体での保有額に基づいて緩和姿勢が十分でないと批判した。

 以下は余談であるが,飯田教授はゼロ金利下での追加的金融緩和について,残存期間の長い国債保有を増やすことが必要だと考えているが,筆者は「自己資本制約による将来の金融緩和へのコミットメント」(http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/33237678.html )で説明したように,そうした手段よりもゼロ金利の維持にコミットする時間軸政策の方が勝っていると考えており,この点では意見を異にしている。
 長期国債の買入が今ほど争点になる前は,通貨膨張か否かは日銀乗換を中心に考えればよかった。日銀による国債引き受けを禁じる財政法第5条の趣旨も,そういう視点から説明されていた。しかし,長期国債の買入に焦点が当たり始めたことで,借換と保有国債の関係が複雑になってしまったようだ。

(参考)
「日銀総裁講演を徹底検証 国債引き受け否定は越権行為だ!」(高橋洋一)
http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20110601/dms1106011507015-n1.htm

「政府の火事場泥棒的増税に民主党内も反対勢力が結集 復興財源は33兆円捻出可能」(高橋洋一)
http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20110524/plt1105241543002-n1.htm

「平成23年度国債発行計画」(2010年12月24日)
http://www.mof.go.jp/jgbs/issuance_plan/yoteigaku221224.pdf

「米英リフレ政策発動と日本の現状」(こら!たまには研究しろ!!,2009年3月21日)
http://d.hatena.ne.jp/Yasuyuki-Iida/20090321#p1

(関係する過去記事)
「財政法第5条(日銀の国債引き受け)について」
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/33213494.html

「自己資本制約による将来の金融緩和へのコミットメント」
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/33237678.html

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国債引き受けと国債買いオペの比較

 山本幸三衆議院議員のブログ(http://ameblo.jp/shugiin/entry-10903419769.html )で紹介されているが,5月25日に自民党での震災後の経済戦略に関する特命委員会に出席して,復興財源について議論する機会があった。そのとき,山本代議士から,復興国債を日銀が引き受けすることは市中で消化された復興国債を日銀が購入するよりも効果がある,という話が出た。私がそのような話を聞いたのはそのときがはじめてだったが,日銀の国債引き受けの方が貨幣が増えるという趣旨のようだった。その場では時間が限られていたので,私は「貨幣の増え方は同じである」ことだけ発言した。
 後で岩田規久男・学習院大教授が,著書『経済復興』(筑摩書房刊,2011年)で,同様の主張をしているのを見た(39-42頁)。私の遭遇した事情から,山本代議士の考えが岩田教授と同じかどうかは確認できていないが,ここでは岩田教授の議論を検討するとともに,私の考え方をまとめておきたい。

 なお,ここで検討する2つの政策は,レジームが違うといっていい大きな違いがある。日銀の国債引き受けは通常,財政の都合で決定される。日銀が市場で国債を買うことは通常,金融政策として決定される。政策決定のルールが違うと,いま同じことが起こっているように見えても,経済の反応が違ってくることがある。日銀の国債引き受けが危険とされるのもこの点にある。岩田教授の著書にもこの危険の言及はある(42-43頁)が,ここで検討したい岩田教授の議論にはこの要素は織り込まれていないので,私も同様に扱うことにする。政策が実行されたときの貨幣の増え方のみに注目する。また以下の説明は,岩田教授の趣旨を歪めない形で若干の修正を加えている。
 まず,政府は財政支出をおこない,その財源の国債を日銀が引き受ける場合を考えよう。財政支出は国庫から民間非銀行部門の預金口座に振り込まれ,民間非銀行部門の収入になるとする。民間銀行は増えた預金はとりあえず準備預金で保有するものとする(ここは後であらためて吟味する)。すると,政府,日銀を加えた4者の貸借対照表は以下のように動く(これを「状態A」と呼ぶ)。(借)で資産側の動き,(貸)で負債・資本側の動き,矢印で増減を示すことにする。

(状態A・日銀が国債を引き受ける)
政府 (貸)国債↑ 正味資産↓
日銀 (借)国債↑ (貸)準備↑
民間銀行 (借)準備↑ (貸)預金↑
民間非銀行(借)預金↑ (貸)正味資産↑

 つぎに,国債は日銀が引き受けるのではなく,民間非銀行部門が購入することで消化される場合を考える。そして,日銀は民間銀行から国債を購入する(日銀の取引相手は基本的に政府と民間銀行であるから)。このときの4者の貸借対照表の動きは,

(状態B・国債は市場で消化され,日銀は市場で国債を購入する)
政府 (貸)国債↑ 正味資産↓
日銀 (借)国債↑ (貸)準備↑
民間銀行 (借)準備↑ 国債↓
民間非銀行(借)国債↑ (貸)正味資産↑

となる。
 政府・日銀の動きは,状態A(日銀の国債引き受け)と状態B(国債の市中消化と日銀の国債買いオペ)で同じである。日銀が国債を増やす分だけマネタリーベースが増えている。
 民間非銀行部門は状態Bでは国債を購入するため貨幣を減らしており,財政支出が収入になることの資産増は貨幣(銀行預金)増ではなく,国債増の形で現れている。民間部門全体では,国債保有額には変化はない。しかし,新規の国債が消化される主体と日銀が国債を購入する主体が違うため,民間銀行部門と非銀行部門の国債保有額が違ってくる。そのため,状態A(国債引き受け)ではマネーストックは増えているが,状態B(国債買いオぺ)ではマネーストックは増えていない(注1)。
 岩田教授は,
「日銀の買いオペの場合に,民間の非銀行部門の貨幣保有額が増えるかどうかは,日銀の買いオペにより日銀当座預金の増えた民間銀行が,民間の非銀行部門への貸し出しを増やすか,あるいは,民間の非銀行部門から手形のような資産の購入を増やすかどうかに依存する。
 それに対して,国債の日銀引き受けの場合には,確実に,民間の非銀行部門の保有する貨幣が増えるため,貨幣が増えることによる需要拡大効果が発揮される。
 この意味で,国債の民間引き受けと日銀の国債買いオペの組み合わせよりも,国債の日銀引き受けのほうが,需要拡大効果は確実かつ大きいといえる。」(前掲書,41-42頁)
とのべている。

 通常の経済学では,岩田教授のようには考えない。
 ゼロ金利のときには,預金と国債は完全に代替的な資産になるので,民間部門は資産をどちらでもっても同じことになると考えるのが,日本は「流動性の罠」にあるという見解である。この見解をもとに,状態Aと状態Bの経済への影響は同じだ,ということもできる。しかし,今回はこの話は封印しておいてもよい。
 ゼロ金利でない場合には,預金と国債は別の資産になる。岩田教授の論が正しければ,状態Aと状態Bは違うから,政府が国債を発行しているときに金融緩和するならば,国債の買いオペという,世界中でおこなわれている通常の手段より,政府から引き受けた方が効果が大きいという話になる。普遍的な状況で考えられているので,これは日銀だけが該当するのではない。世界中の中央銀行は今まで(今でも)何をやっていたのだ,ということになる。
 しかし,通常の経済学の考え方からいくと,2つの政策はゼロ金利であってもなくても同じ帰結にいたる。
 状態Aと状態Bは,政策の効果を考える作業の途中段階の仮想的なものでしかない。むしろ経済学はここから始まる。人々の行動がいま観察されているものと同じだということが一般の議論では前提にされやすいのだが,政策の変化によって人々が行動を変えることまでも織り込んで政策の帰結を考えるのが,経済学の醍醐味だ。
 つまり,状態Aなり状態Bから,民間非銀行部門と民間銀行部門は自らが望ましい形に資産を組み替えるし,民間非銀行部門は正味資産増に応じて支出を変化させるだろう。岩田教授が状態Bで民間銀行の貸出の変化に言及しているのはその一部だが,全部ではない。2つの政策を正しく比較するためには,もう少し考慮に入れておかなければいけない部分がある。
 状態Bで政策が実行されたときには国債が市場で取引されているので,状態Bは民間銀行部門と民間非銀行部門が資産構成を調節した結果ということになる(そうでなければ,政府が勝手に個人の預金を国債に変えたり,日銀が勝手に民間銀行の準備預金を国債に変えたりする政策が実行されていることになるが,これはあり得ない)。状態Aでは,そのような民間の資産構成の調整行動がまだ考慮されていない。それを考慮したときに状態Aからどう変化するかを考える際には,状態Bが役に立つ。状態Bが意味するのは民間非銀行部門が正味資産増を国債でもちたいし,民間銀行部門は国債を減らしたいということだ。したがって市場取引が起これば,状態Aからは民間非銀行部門は国債を買い,民間銀行部門は国債を売る。[2011年6月20日追記:上の2文で民間銀行部門を民間非銀行部門と誤記していたのを訂正しました]この取引で,2者の貸借対照表は,

民間銀行 (借)国債↓ (貸)預金↓
民間非銀行(借)国債↑ 預金↓

と変化する。状態Aにこれを付け加えると,状態Bと同じ形になる。つまり,日銀が国債を引き受けた場合で民間の国債保有の選択を考慮すれば,日銀が買いオペをする場合と同じことになる。
 その先には民間銀行の貸出がどう影響を受けるのかを考える作業が必要となるが,2つの政策はすでに同じ状態になっているので同じ道をたどるだろう(注2)。

 岩田教授の議論は,2つの政策の効果を比較するときに途中段階の比較になっており,その際に片方だけでしか考慮されていない要素がある。そこで違いが出たことをもって政策効果に違いがあるとするのは不適切である。考慮する要素は両者で同じにして比較すべきである。片方で国債市場での取引が考慮されているのであれば,もう一方でもそれを考慮に入れて,両者を比較すべきである。そうすれば,国債を日銀が直接引き受けた場合と国債を市中で消化して日銀が同時に買いオペする場合の貨幣(マネタリーベース,マネーストック,各主体の保有額)の増え方は,同じになる。

(注1) 現在の日本では銀行が大量の国債を買っている。国債を民間非銀行部門ではなく民間銀行部門が買えば,状態Aと同じになる。

(注2) 読者が一から考えるときには,行動変化を順番に考えていって,何が起こるのかを突き止めるのは混乱のもとになるのでお勧めしない。実際の経済学的な分析では,民間部門の行動変化のすべてを同時決定で考えることが多い。行動変化を逐次的に説明するのは,便宜上の理由からである。

(関係する過去記事)
財政法第5条(日銀の国債引き受け)について
http://blogs.yahoo.co.jp/iwamotoseminar/33213494.html

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