作文練習

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韓国人のイーさん事情

友達のイーさんと知り合って、早5年。
ときどき2人で怪しい仕事をやっている(正確にはやろうとしている。成功例ごくわずか)。
仕事はさっぱりだが、最近の韓流ブームに便乗して仕事以外で調子こいてるらしい。

新宿の上の新大久保あたりは、コリアンタウンと化している。
街の看板はハングルだし…韓国語が飛び交ってるし…。
美味しい本場の韓国料理がリーズナブルな値段で食べられるのでお勧めスポットでもある。

その新大久保で、韓国人のイケメン店員目当てに女の子が集まる店があるらしく、
イーさんは、いい歳(39歳)こいて、その店に出没しているらしい。
どうみてもイケメンではないが、韓国人ということだけで、それなりにモテルらしい。マジか?

暑苦しいヤツなので、夏は避けていたが、久々に渋谷の居酒屋で会った。

そこでの会話
「日本人の女の子が集まる店があって韓国人だとモテルよ。」
「イーさんでも?」
「そう。僕でも!韓国人だから!(^^)/」
「フ〜ン。チジミ注文するよ!」
「一緒に行きませんか?」
「?韓国人じゃないけど…?日本人のおじさんですが…」
「黙っていれば、わからないよっ!」
確かに、日本人だろうが、韓国人だろうが、中国人だろうが見た目は同じだが…
黙っていて、何が楽しいんだろ〜?
「俺はキムチ臭くない!!!」
ごめんごめんm(-_-)m
「…楽しいのに…」
「韓国では歴史の史実を曲げて国民に教えてるみたいじゃん!」
「独島(トクド)のこと?史実って何?日本語難しい!」
「そう竹島のこと!イーさんには竹島はやらん!(  ̄っ ̄)」
ごめんごめんm(-_-)m 僕のモノでもないが…

酔っ払いのバカ2人のグダグダな話は、日本海より深く沈む…

韓流って、何がいいんだろ?
韓国ドラマは20年前のNHKみたいなのに…
韓国ドラマにはまったおばさんを韓国にあげて、代わりにKARAみたいなのを貰えないかな〜

PS
ブログって、何書いてもいいのかな〜

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4/6-7 陸前高田

年末からやっていた、グダグダの仕事が地震の影響もあり、日程が変更に。
1週間、時間に余裕ができたので、4/6-7は貯まった代休を使って震災の陸前高田へ復興支援に。

サンパラのHABUさんとアクロをやってるM田さん、MOMO、僕の4人。
陸前高田の避難所に簡易水道設備を運んできました。
(飲料水以外の生活用水が不足しているようなので、沢から水を引いて、避難所で洗濯や風呂に使えるように)

朝7:30に待ち合わせ。
2.5トンのクレーン付のトラックに水タンクと取水のためのパイプなどを満載し、4人乗りで被災地に向かう。
4人?このトラック3人乗りじゃ…??
座席には3人しか座れないが、荷台に1人乗ってもいいんじゃない?
バレなきゃいいよ!ってことで、小柄なMOMOを荷台のタンクに押し込め、
東名高速、首都高速、東北自動車道を走ること9時間半。
(タンクは巨大で、中はノビノビ。中で寝袋にくるまって爆睡していたらしい)

東北自動車道も福島あたりから応急処置で補修した箇所が増え、所どころ段差がすごい。
地面が動いて路肩の白線が、白線の幅分、20cmくらいがズレて切れていたり、
路面が波打っていたりして地震の力に唖然とするばかり…。

サービスエリアには自衛隊、警察、消防関係の車両が目に付くが、ポカポカな陽気で被災地に向かっている気がしない。

仙台あたりで、津波に押しつぶされた車を満載した大型トラックを追い越す。
やっぱ!被災地に向かっているんだな〜!

一関ICで高速を降り、途中のスーパーで酒と食料を調達(横浜のスーパーと変わらない品揃え)。
一般道を小一時間。陸前高田市に入るが倒壊した家屋があるわけでもなく、外観は普通の町並み。

山道を走っていたら、いきなり瓦礫の山。
まだ海岸部までには距離がありそうだが、ここまで津波が来たらしい。
そこからはニュースで見た、瓦礫の元市街地が続く。
涙が出て仕方ない…

交通量は多く、自衛隊の大型車両とスレ違うときは、慣れないトラックの運転で気を使う。

暗くなる前に、避難所に入り、責任者の方や避難している方のチカラも借りてステンレス製の巨大なタンクを設置。
避難所は高台にあり、瓦礫の市街地の向こうに穏やかに、青く輝く海が見える。
この海が津波となって何万もの命を一瞬で奪ったとは…

避難所側への設置が終わり、避難所の裏山にある沢まで取水用のパイプ(300m×2本)を運んで作業終了。
久しぶりの肉体労働で腰がイテ〜ッ!
担当の方と、取水の方法などを打ち合わせるために避難所に戻ると、
いろんな方から「ありがとうございます」っと声をかけられ、泣きそうになる。
純朴そうなオバーちゃん達が笑顔で声を掛けてくれているのに、泣くわけには…
ただ運んだだけなのに…

挨拶をして帰ろうとしたら、いっしょに作業をしたヤンキー風のニーちゃんが「食事を用意したから、食べてってください」
(このニーちゃんがテレビのインタビューに応えている姿を何回か見たことがある)
被災地に来て、食事を御馳走してもらうワケには…ねっ。
もう用意しているとのことで断るワケにもいかず、お言葉甘えて、水餃子とオニギリをいただく。

食べながら担当の方と話していたら、「自分の家が流されていくのを見てました」とのこと。
なんて答えたらいいか言葉は見つからず「そうですか…」
「ここ高田は、まだ避難している人より不明者の数の方が多いんですよ」
もう完全に言葉がない!
「………」

イメージ 1

帰り際に責任者の方と固く握手を交わし「一緒に頑張りましょう!」
ここで涙が溢れる。

今晩お世話になるパラ仲間のご親類の方の家に向かう。
避難所から5分くらいで到着。暗くなっていたので分からないが、この家からちょっと下がると瓦礫の市街地らしい。

持ってきた寝袋と食料、酒を持って上がろうとしたら「食事も布団も用意してます」とのこと。
何だか悪いな〜。

年寄り夫婦と息子さん夫婦の4人家族。
息子さんとは年も近く、ジーちゃんも面白くて、みんなで酒を飲み、バカ話で盛り上がる。

夜も更けて、かなり酔っ払ってきたので、酔をさまそうと表に出たら、満天の星空。
息子さんも出てきて、地震のこと、人の命のことを話していたら、またまた涙ぐむ。
(もともと涙もろいが、年とともに加速中。ヤバい!)

ネットの書き込みで、今回の震災について
「思い上がった人間にたいする、自然からの警鐘だ!罰だ!」
とかの書き込みを目にしたことがあるが、それは違う!
(某都知事も同様なコメントをしていたが…)

「思い上がった人間」は当たっているかもしれないが、「罰」ではない!
避難所にいた人、このご家族。命を落とした数万もの人。
ただ、純朴で、純粋に家族を思って真面目に支え合って生きて来た人に「罰」はない!
その点だけは、はっきりと言える!

涙目で家に入るとジーちゃんに、からかわれそうなので、涙が引くのを待って家に入る。

少し飲み直して、就寝。
あいかわらずHABUさんのイビキは凄い。

爆睡して、早朝。ご家族に挨拶をして避難所に!

瓦礫の市街地をゆっくり進む。

道端に、瓦礫の中で見つかったアルバムなどが、探している人のために置かれている。
泥だらけのアルバムを、しゃがみ込んで見ているリュック姿の人。
現実離れした風景に言葉がない。

イメージ 2

避難所で挨拶をして、神奈川に向かう。

到着したとき、タンクから人が出てきたので、驚かれたが…
帰りは隠れるタンクがない。

どうする?

荷台で寝袋に入って、隠れることに。

9時間半かかって到着。

帰宅してテレビを見ていたら、大きめの余震。
昨日いた場所が震度6弱!

大丈夫かな〜
ニュースで見る範囲では、被害は出てないようなので一安心。

なかなか行ける距離ではないが、いつか、どう復興したかを見に行きたい思う。

それまでは横浜でできること。
東北の魚を食べて、東北の酒を飲んで経済復興の役に立とうかな?

日本酒は苦手だが…。

フライヤーのみなさん>>>
いいエリアがありそうですよ。
現地が落ち着いたら、いつか行ってみてください。

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家族は無事で被害は無かったけど…

今回の地震で犠牲になられた方のご冥福を心よりお祈りします。
心が痛む!

会社で仕事中に揺れ。
最初は、また地震か?程度だったが、机のPCが倒れ始めたので、慌てて机の下に。
どうしようもなく、ただ揺れが収まるのを待つだけ。
ついに来たか?!
長かった!怖かった!

揺れが収まって、這い出てみたら、机の上はグシャグシャ。
天井の蛍光灯の一部が垂れ下がり、ロッカーが倒れている(ほとんどのロッカーは固定していたので無事)。

電車が動かないので、ほとんどの社員は帰れない。
「歩くか?」「酒を飲んで復旧を待つ?」

自転車通勤なので、いつでも帰れるけど…、仲間を置いて帰る気がしない。
しばらく会社にいたが家も心配なので「お先〜」。ゴメンね。

歩道は歩いて帰る人が一杯で、自転車に乗れず、家まで押して帰る。

古い家なので、少し心配していたが無事。
息子も奥さんも帰宅していて、娘は普段なら車で30分くらいの二俣川駅で足止めにあってるらしい。
(地震直後は携帯も通じたらしい)

娘と連絡がとれたので、車で迎えに行く。
大渋滞で全然進まず、往復で5時間。

全員無事で良かった。

でも、被害の大きさに驚くばかり!!
1人でも多くの方が無事に救出され、一日でも早く元の生活に戻れることを祈るだけです。

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ラーメン屋さんの暖簾分け

仕事の関係で久々に新宿へ行った。
以前、新宿の近くに住んでいたので、毎日新宿で遊んでいたが、行かなくなって久しい。

遊んでいた30年前とは大きく様変りして(そりゃそうだが…)、刺激もなく小綺麗な普通の街になった歌舞伎町をブラブラしてみた。
昔は歩いているだけで、背中から刺されそうな緊張感があったが…(--,)
「ツマンナイ街に成り下がったな〜」

昔バイトしていた邪悪な店は当然のように無くなっているが
ビルは健在で普通の居酒屋の看板に変わっている。

ベタなヤクザや道端にうずくまっているサラリーマン、「コイツ何して飯食ってんの?」って感じのオヤジ、大声で喚き散らしている不良外人はどこへ行ったの?
終電過ぎれば、湧いてくるのかな?

この路地裏でドスを突き付けられたな〜、この公園で殴られたな〜、ここでフラれたな〜とか…
昔を懐かしんでウロウロしていたら、オッ「ラーメン二郎」を発見\(⌒▽⌒)

「ラーメン二郎」は三田にあったラーメン屋でいつも長蛇の列。
無愛想なハゲ親父が目線だけで注文を聞いてくる。
麺の硬さ、味の濃さ、油の量、野菜の量を一気に言わないと順番を飛ばされてしまい、いつまでたっても注文ができない。
「大、濃い固、油、野菜少!」
普通の言葉に訳すと
「麺は大盛りで固ゆで。味は濃い目で背脂は多め、野菜は少な目でお願いします」
となる。

途中で詰まったり、言葉を噛むとハゲ親父はもちろん他の客からも「ケッ!シロウトがっ!」
…って感じの視線を向けられるはめになる。

妙な緊張に負けず、上手く注文できると、味に加えて達成感まで味わえる気の抜けないラーメン屋。
それがラーメン二郎!
そのラーメン二郎が地上がってから、風の噂で、中目黒にできた、恵比寿にできたとは聞いていたが、歌舞伎町にもあるとは…。

懐かしいので、思わず入ってみた。
入り口を入ると正面に、あの頃の三田の店とハゲ親父の写真。
嬉しい!
注文は、食券に変わっていたが、まあいいや。またあの味に会えるo(^o^)o
愛想の良いニーちゃんが「お待ちどう様です」
なんじゃ?ドンブリの上にエベレストのように高く積み上がった野菜。

野菜の崩落に注意しながら麺をほじり出して一口。
「??何だ!?」
味が違う!麺が違う!

あのハゲ親父の味はどこにも無く、野菜がカキ氷のように積み上がった不味いラーメンに食わされた。

オィ!暖簾に責任持てヨッ!

歌舞伎町もラーメン二郎も妙にキレイになって、サービスは向上したが…
なんだかな〜
何か違うな〜(-_-;

これも時代か?!

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シーちゃんの成人式

土日は残念な仕事で出勤。今日は娘の栞(しおり)の成人式で朝から着付けに行ったり、式に送っていったり…
会場の新横浜付近の道は大渋滞。歩道は大勢の新成人と警察官でごった返し。
成人式って盛り上がってんな〜。自分のときは浪人2年目で成人式どころではなかったが…(;^_^A

二十歳か!?早いな〜
真ん丸な顔に真ん丸な目、大口を開けて笑いながら、おむつをウンチまみれにしてたと思っていたのに…
水疱瘡で全身ヒョウ柄になってたのに…

気遣いのできる素直な子に育ったな〜
もっと我がままでもいいのに…!

これから楽しいことだけじゃなく、
いろんな体験していくだろうけど、負けるなよ!
大したことじゃないから…

イメージ 1 イメージ 2

シーちゃんの笑顔は、周りの人を幸せにするから、ずっと笑っていて欲しい。

おめでとう!

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開設日: 2005/3/9(水)


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