愛媛の海 小旅行

愛媛の海で楽しんでいます。

全体表示

[ リスト ]

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

(1)豊後水道 八幡浜港

●八幡浜(八幡浜地区)
  
  港町、八幡浜は佐田岬半島の付け根に位置し、北に伊予灘、西に宇和海を望み、丘陵地が多く、
  海はリアス式海岸が続き、温暖で風光明媚な地域です。
  年間50万人近くが行き来する西日本有数の八幡浜港を抱えた四国の西の玄関口です。
  柑橘栽培が盛んで、温州ミカンは質量ともに全国有数の産地であり、空からの太陽光、海からの
  反射熱、段々畑の石段の輻射熱の「三つの太陽」を浴びて育ったミカンの美味しさは言葉に表せ
  ないくらいです。
  又、漁業が盛んで、八幡浜港は中型トロール船団の基地となっていて、早朝の活気にあふれた市場
  風景は八幡浜名物になっています。
  この市場からは新鮮な海の幸を県内はもとより関西・関東地方に供給しています。

 
●「伊予の大阪」八幡浜
  
   八幡浜は、明治初期から大正にかけて、県内でも有数の商業都市として繁栄していました。
  それは「伊予の大阪」と称されるほどのでした。
  これは、瀬戸内海・宇和海を縦横に結ぶ海運と切り離すことはできません。
   八幡浜港発展の源流は幕末宇和島が藩の富国強兵をはかるため安政六年(1859)に
  八幡浜・川之石の商人に長崎で直接外人と貿易を営ませました。
   明治八年(1875)には汽船で大阪航路を開きました。これにより宇和海沿岸各地の産物である
  蝋・篠巻(綿花)・木綿・取粕(鰯の油で綿花等の肥料)紙等、南予全域を対象にこれらの生産
  物資の積出港として栄えていました。
  又、同時期に大阪商船会社により九州は大分別府経由の大阪航路が開かれ前記のように、交易で
  資本を蓄積した八幡浜の豪商は、明治10年頃より大阪を仕入れ地とし、高知県の宿毛や九州方面
  を市場とする中継貿易を盛大に行うようになりました。
  これにより八幡浜は、大阪に次ぐ仕入地として「伊予の大阪」と称されるようになりました。

 ◇八幡浜の海人 西井 久八 (安政三年1856〜昭和六年1931)
   現在、カナダ・アメリカ西海岸には八幡浜市を中心とした近隣の出身者が2〜4世を合わ
  せると実に1万人近くもいます。
  このように当地方の出身者が際立って多いのは、ほかでもない大成功者、西井久八の絶大な
  影響があります。
   西井久八は安政三年(1856)八幡浜市向灘に次男として生まれ、明治八年(1875)清雲の志を抱
  いて長崎から船便にのり横浜に行き海外雄飛の念を燃やし外国船の水夫となって出航したのが
  明治11年、22歳の時です。
   香港シンガポールを経てヨーロッパに到着、アメリカが有望と6ヶ月を要し明治12年ついに米国
  オレゴン州ポートランドに渡りました。
   日本人未到の地で懸命に働き、シアトル更にタコマと日本初の「スター洋食店」を開き更に
  農場経営その他数々の事業に成功、一躍大実業家となり巨利を得ました。
 大成功者となった久八は明治22年、妻を迎えるために帰国「みよ」と結婚、若者達に米国の有望性
 を説き数名を同行して帰りました。
  久八の成功談は近隣の村々に広がり若者達の夢を盛り上げ、久八を頼り彼のところで働くために
 アメリカ出稼ぎが激増しました。
  翁の恩顧を受けぬ者なし…当地方を「夢追い村・アメリカ村」と呼ばれる程でした。
  彼は、在米中は多くの郷土からの渡米者の援護に献身的につとめ、郷里に対しては、学校、神社
 日清・日露の戦争の際の献金など多額の財貨を寄進しました。
  後の、吉田亀三郎や網代の漁師が実行した打瀬舟による日本で始めての帆走太平洋横断につながり
 ました。
  この地は、100年前にはアメリカに夢をもとめた桁外れのスピッツを持った海の旅人西井久八の
 故郷なのです。
 
●トロール船と八幡浜名産「かまぼこ」
 八幡浜の海の加工品といえばもちろん小魚のすり身で作る味の良さでしらる「かまぼこ」です。
 「かまぼこ」の原料は主にエソと太刀魚です、それを捕ってくるのが中型トロール船です。
  (もちろん、中型トロール船は「かまぼこ」の原料を獲ってくるだけではありません)
  向灘集落は、打瀬網漁業がさかんで大正4年には30艘もの打瀬船があった程です。
  しかし船の大型化・大規模化の進む中で帆船であるため利益があがらず、新たな方法が模索
 されていました。この中で大正7年(1918)に真穴(まあな)集落の柳沢秋三郎が一艘曳き機船
 底びきを導入し、さらに大正11年(1922)に2艘曳を操業し成功を収めたため、向灘の打瀬網
 業者の多くがこれに転換た結果、現在の中型トロール船の船主の多くが向灘出身者です。
 
●八幡浜グルメ
 八幡浜市にはチャンポン屋さんがいっぱい。
 八幡浜のちゃんぽんは、肉や野菜などのタップリの具を沢山の具を、多めの胡椒で炒めた
「野菜炒め」を麺の上にのせています。
 具にもしっかりと味が付いていましすし、もちろんスープも、味もコクもしっかりしています。
 でも基本的には、非常にアッサリとしたスープです。
 なぜ、八幡浜でチャンポンか?
 私見ですが、江戸時代より宇和島藩が許可をしていた長崎貿易がもたらしたグルメでは?

●豊後水道

  大好きな演歌で川中美幸の
「豊後水道」http://www.youtube.com/watch?v=gVlR5XsOrZI&feature=related  
があります。歌詞の通り豊後水道にはなんとも言えない情緒がありますネ!

豊後水道とは?

 ○豊後水道(ぶんごすいどう)は、九州の大分県と四国の愛媛県に挟まれた水道です。
  北側が瀬戸内海(伊予灘)で南側が太平洋(宇和海・日向灘)に接しています。
  豊後水道の愛媛県側が足摺宇和海国立公園の一端で「宇和海」と呼んでいます。
  奥には宇和島湾があり、大小様々な島が浮かんでいて北は佐田岬半島、南は日振島などの島々に
  囲まれた風向明媚なところです。
 
 さあ愛媛の海の旅はこの日本一美しい豊後水道周辺からスタートしようと思います。
 
  
愛媛の釣り情報はこちらからどうぞ!リアルに釣果情報もわかります。
愛媛の遊漁船
http://dayzi.com

この記事に

閉じる コメント(1)

顔アイコン

八幡浜の養殖残餌・排泄物の堆積・生活排水等による漁場悪化をくいとめ、養殖漁場下の海底土壌の改善を進めるため、環境に配慮した底質改善剤を散布し、自然な養殖環境をつくる活動を行っています。

2011/12/3(土) 午後 1:52 [ 水・土壌汚染を学ぶ ] 返信する

コメント投稿

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

名前パスワードブログ
絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
投稿

.


みんなの更新記事