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最近読んだ趣味の本

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「美しい日本の私」と「あいまいな日本の私」

安倍晋三内閣が誕生した。
彼の好きな言葉は、「美しい国」。美しい国という表現のオリジナルは何だろうと考え、川端康成のノーベル賞受賞の際の講演、「美しい日本の私」ではないかと思い至った。
なお、川端より30年近く後にやはりノーベル賞を受賞した大江健三郎は、「あいまいな日本の私」との講演をしている。そこで、この両者を読み、安倍晋三氏が何が言いたいのかを考えてみようと思った。

川端「美しい日本の私」では、大江の講演にあるような、近代化の課程での日本の問題などには一切触れずに、道元を中心とする中世の文学を語っている。
大江「あいまいな日本の私」は、近代から現代に至る日本の「あいまいな」立場、ありようについて語り、川端と声を合わせて、「美しい日本」とはいえないとしている。

安倍晋三は、「美しい国」を目指すという。それは、大江が悩む日本が現代に至るまでのあいまいな部分をなくして、日本の美しい部分、自然、文化、道徳観などを強調したいというのだろうか。本当になくせるのだろうか。
安倍の目指す国は、本当に「美しい国」となるのだろうか。「あいまいな国」のままということはないのか。
いや 文学と政治は別であるから、安倍の「美しい国」の原典が川端という私の直感は全くの的外れであろう。私は、彼と5歳しか変わらない。いよいよ私の世代の総理が現れたという感がある。ぜひ、「美しい国」を目指してよい政治をしてほしい。

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「動物と向き合って生きる」坂東元著

旭山動物園のお土産物売り場に、この本が平積みになっており、思わず買ってしまいました。
子どもの頃からの生き物とのつきあい(昆虫や鳥)、大学で獣医学を学んで、旭山動物園に勤務するようになってからの思いが、飾りのない文章で書かれている。
坂東さんという方、私と二つ違いの方で、子どもの頃の昆虫マニアとも言うべき暮らしぶり、私も彼ほどではなかったものの、蝶の幼虫を次から次と飼育・羽化させていたことがあり、少し懐かしい感じがした。確かに子どもの頃の動物園の思い出、象やライオンに出会ったときの驚きは、一生忘れられないよなあ。私は、彼とは異なり、その後、無線→山→法律と興味分野が変転し、仕事も生き物とは遠いところにいるのだが。
旭山動物園、もう一度行きたいが、おいそれとは行けない。でも、近くの動物園でもなるべく子どもを連れて行こうかと思う。

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毎日新聞「1946年5月3日東京裁判開廷」

本ではないが。

毎日新聞・平成18年4月30日、5月1日の朝刊の標記特集(戦後60年の原点シリーズ)は、読み応えがあった。
戦前戦中の指導者がA級戦犯として死刑とされ、あるいは終身禁固などとされた極東軍事裁判をちょうと開廷から60年を経た現在振り返り検証を試みたもの。
ナチスを裁いたニュルンベルク裁判を経たドイツと東京裁判を経た日本とで、戦争犯罪に対する考え方が大きく異なっていったのは何故か。A級戦犯たちが、どのような経過で靖国神社に合祀されていくことになったのか。21世紀の日本はどうしていくべきなのか。国際社会の中で孤立しないためには何をすべきなのか。などなど いろいろと考えさせられた。
いずれも答えは出ない。
先般、「日はまた昇る」を読んだときも似たような感想をもったが、A級戦犯合祀問題をどう解決していくか ということが、日本が国際社会の中に生き残っていく際の1つの試金石となっているような気がする。私自身は正解は持たない。しかし、合祀を続けるというのであれば、国際社会に何故それが正当であるかを説明し理解されることが大事なのではないか。

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「日はまた昇る」ビル・エモット

日本がこれからの15年、大きな成長をしていくだろうとの期待をこめてかかれている。
この本の著者、ビル・エモット氏は、英・エコノミスト誌の編集長ということであるが、そのポジションもあってか、日本を外から比較的客観的に見てくれていると思う。

彼が、日本が成長していくための条件というか、要素のひとつとして、アジアとの関係を良好にしていくことを挙げていることが非常に印象に残った。現在の日本をめぐる情勢を考えると、必ずしも簡単ではないように思えるからだ。そして、彼は、ドイツがフランスがそうしているように、日中の戦争時代の象徴的な場所において、毎年、和解を確認していくことが出来ればと期待しているように読める。かなり難しいことも理解していただいての期待である。
また、靖国問題にも一章を割いている。彼は、靖国神社は戦死した人を祀っている神社であり、それにもかかわらず戦死者ではないA級戦犯が祀られているのは、異常と思っており、この問題を解決するためには、靖国神社を国有する必要があると思っているように読める。

私も、日本が世界の中で成長していくためには、アジアとの関係が改善されていくことは必須であると思う。そして、アジアの中、世界の中で 万が一日本が孤立するようなことがあるとすると、それは、「日はまた昇る」ことはなく、永遠に沈んだままというに等しいのではないかと危惧している。
ビル・エモット氏の言うように靖国神社を国営化することは難しいにしても、何か、中国や韓国その他のアジアの国との和解を確認する行動、特に、象徴的な問題となっている南京事件についての日中共通理解が出来るようにしていければ良いのになあと政府に期待する。

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「日本の戦後」「昔、革命的だったお父さんたちへ」「下流社会」

田原総一朗著「日本の戦後」上下 講談社刊
最近、「日本の戦後」下 定年を迎えた戦後民主主義 が出版され、書店で平積みとなっていたので、購入し、この下巻の方を先に読んだ。


最近の国政選挙でも自民党が圧勝したが、何で自民党なの という疑問。この本を読んでなんとなくわかってきたような気がする。

この本を読んで、団塊世代の方々への興味がまし(私は、ポスト団塊世代)、



を今朝通勤電車の中で読み終えた。

以上、ここ数週間、私が読んだ趣味の本。
この中では、「昔、革命的だった・・・」が最も面白かったかなあ?
25年位前だと思うが、つかこうへい氏の「初級革命講座 飛龍伝」を見に行ったことがある。「昔、革命的だった・・・」では、つかこうへい氏の演劇は、「マスメディアの市場原理にとりこまれていった」とされていたが、市場原理に沿った観客であった私は、しかし、随分楽しんだ記憶がある。
そんなことを思い出したりもした。

「下流社会」の方は、これも面白かった。短い時間でざっと読んだ感想だが、著者の三浦氏は、階層固定を前提に考え、論を展開されており、そのこと自体原状の認識として正しいように思うのだが、あくまで、原則で、上流から最下流まで落ちてしまう例は頻繁にあるような気もするし(上流の方が倒産した場合など)、自分が上流にいても教育に失敗し(金はかけても)、子供は下流まで落ちることもあるのだろうなあと感じた。最後の方で 下流社会化の防止策として、下流の子は入学試験に下駄を履かせたらという(本気ではないと思うのだが)論を展開させれているが、これはどうかな。余り賛成できない気が。それよりも、もう一つの案、東大無料化論は結構シンパシーを感じた。無料化はともかく、親の所得に応じて、入学金・授業料を0円から高額な金額まで異なることにするというのは良いかも。
例えば、生活保護世帯の方が東大に行く場合は、無料とするとか。
私の仕事の関連では、司法試験合格のためには、今後ロースクールに行くのが主流となり、そのために数百万円が必要となり、しかも、その後の司法修習が貸与制となるが、下流社会化にアクセルを踏む制度なのだなあと思った。昔は、頭の良い下流階層の子が一発逆転できるのが司法試験だったと思うのだが。






 

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