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孤独死 無縁死が 年間3万2千人もいるという
統計を知り 非常に驚かされ ショックを受けた
それは 日本の年間自殺者の総数に ほぼ等しい
というのも 複雑な心境にさせられるものである
NHK番組から出た「無縁社会」という言葉が浸透しつつある
他人との関わりを避け 引き籠もる傾向は 依然として強い
文化住宅なるモノが発展してからなのだと 私は思う
箱形生活が人間の考え方すら変えてしまったに違いない
余計な詮索をされたくないとか 自分達さえよければイイ
という思考が定着し 自他をハッキリ区別して
溝や塀を作って生きる人が 極端に増えたのである
このままだと 20年後には 単身世帯が全体の
30〜40%まで達すると予測されている
家庭というものが壊れ 家族が居るにも関わらず
孤独死に追い込まれたり 遺骨の引き取り手の
無いケースが ますます増大していくだろう
単身者が孤立しやすい社会が健全であるはずがない
世の中が冷たいからと自助努力を怠る人間が増える
まさに憂慮すべき問題だ
縁とは 繋がり 結びつき 関係性のことである
がしかし それは 目に見えないものであるから
因果関係のハッキリしない結びつきとなる
「君と出会ったのも なにかの縁だろう」
「前世からの縁で あなたと結ばれたのね」
そんな話もよく聞くが 例え あやふやなものだとしても
「縁」という言葉を用いることにより なんとなく
解る気がして 納得し 安心感すら覚えるものだ
しかし それだけに 縁が感じられない人間関係は
非常に脆くて切れやすい 事が終わればハイさようなら
あるいは 「金の切れ目が縁の切れ目」等という
婚姻にしても 互いに縁が感じられなければ 熱しても
冷めやすく 親子や兄弟姉妹などの血縁は 非常に
強固な繋がりのように思われているが 縁という意識が
育まれていなければ 結びつきは脆弱だ
「縁」という見えない結びつきは 意識されて初めて
現実のものとなり 意識されなければ 無きに等しい
人も物も自然も 実は 全てが隠れた次元で
一つに結ばれている 自分が出会う相手とは
特に強く結ばれている いわゆる「赤い糸」のことで
別に男女に限ったことではないし 物事に対しても同様だ
イマドキの現代人は 第六感の退化と同じくして
そういった縁を 感じ取れなくなってきているのだと思う
縁が切れたり 薄れたりしているのではなく
単に 意識されにくくなっているだけなのである
人は 一人では生きられない
意識していなくとも 自他の強く深い繋がりは
依然として 確固と存在しているものなのだ
だから 自分中心のワガママを棄てることで
他者との結びつきを感じ取ることが出来れば
喜びと共に縁が意識化され 相手に対する親近感が増し
態度や行動が 自ずと違ってくるはずである
たとえ他者との関わりを避けようと 世の中には
見えない縁の網が張り巡らされていると考えよう
何処に居ようと 何をしようと 私達の居る場所は
決して無縁社会ではなく 有縁社会なのである
私達は 日々を 天地の恵みと 多くの人々の
働きに拠って 生かされているのだから
個々が 「有縁社会」を再現できるよう
心して 努力していかなくてはならない
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