ぐったり沖縄旅行記 2日目<その11>平和祈念公園
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おきなわワールドで、楽しく遊んだ後は、 目をそむけてはいけない、沖縄の悲しい歴史をみにいきます。
娘には、絶対に見せたかったし、義父の希望もあったので。
沖縄県営 平和祈念公園です。
今、平和祈念公園がある‘摩文仁の丘’は、沖縄戦終焉の地なんです。
キレイに整備され、多くの方が亡くなったなんて思えない公園となっています。
沖縄県平和祈念資料館です。
2年前に行った、広島平和記念資料館も立派でキレイでしたが、この沖縄県平和祈念資料館も同じく立派なものでした。美術館のような感じですよね。でも、中には、悲しい記録がいっぱいです。
悲惨な戦争のことをしっかり学び、平和の大事さを伝えていかねばならないですね。
私は、これで、娘と、長崎原爆資料館、広島原爆資料館、 そして、この沖縄平和記念資料館を見ることができました。ま、親として、子供に、伝えることができたかなって。
娘には、かつての戦争の悲惨さを知ってもらい、これからは、国を守る一員として、頑張ってもらいたいです。
息子とはね・・・・長崎に一緒に行っただけなんだよね・・・・アイツにこそ、広島も沖縄の歴史を、知ってもらいたいのだけどね。
沖縄戦などで亡くなられた20数万人すべての人々の氏名を刻んだ記念碑が「平和の礎(いしじ)」です。
太平洋戦争・沖縄戦終結50周年を記念して1995年に建設されたものです。
この碑の前で、亡くなった多くの方々に、手を合わせます。
平和の礎は、国籍、軍人、民間人の区別なく、沖縄戦で亡くなったすべての人の名前が刻まれています。
沖縄県の方は、15万人もこの戦いでなくなりました。
15万人って、数字を見ているだけじゃ、ピンとこないけど、刻まれた名前を、実際にみていると、気が遠くなるような数です・・・・・こんなに亡くなったの?って、痛感します。
碑は、都道府県別に分かれているのですが、私たちは、北海道の方の名前が彫られたところを、じっくりみます。
なんと北海道人は10800人も刻まれているのです。
沖縄戦で亡くなった方は、沖縄県の人に続き、北海道人が多いのですよ。3番目に多いのが、福岡県の4000人。北海道の人がダントツに多いのです。
なぜに、一番離れた北海道の人がこんなに戦地に赴き、亡くなったのか?いろいろ知りたいところではあります。
私の先祖が、沖縄に行って、亡くなっていれば、私は、今、ここにいることはなく・・・・・・1万人の方が、変わりに戦ってくださったおかげで、こうやって、生きていられる・・・・・感謝あるのみです。
「平和の火」
これは、沖縄県最初の米軍の上陸地である間味村阿嘉島において採取した火と、被爆地広島市の「平和の灯」及び長崎市の「誓いの火」から分けていただいた火だそうです。
亡くなった方々の名前が刻まれた、‘平和の礎’ は、この海にむかって立っています。
公園に着いた時は、すごく晴れていたのに、みているうちに、暗い空模様に・・・・・・・
ここでは、かつて、多くの方が身を投じたのです・・・・・・・・・なんだか、暗くて、悲しい感じになってしまいました。
青空の時は、すっごくきれいなんだけどね。
ここは悲しい場所ではあるけれど、公園なので、休日などは、多くの家族連れが繰り出し、広い芝生で球技を
楽しんだり、ピクニックやレクリェーションの場として利用されているそうです。
沖縄のお墓って、とても巨大で、お墓参りの時は、親族そろって、お墓の前で、お弁当を食べ、宴会が行われるのですよ。
先祖と一緒に語り合うって感じで、いいな〜〜〜〜って思うのです。
おきなわワールドのような、楽いいところもあるし、こんな悲しいところもあるし、沖縄南部は、いろいろな沖縄を
知ることができます。
車に戻った瞬間、大雨が・・・・・・・・つづく。
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