ADHD + アスペルガー中年の人生

一言メッセージ :ADHDをご存知ですか?注意欠陥・多動性障害の事ですが、当事者として、少しでも情報を残すべく、私の過去の人生に関して、記

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興味を持ったもの・・・カメラ

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中二の時、クラスの写真部員に誘われて、何となく席を置いた写真部でしたが、以降カメラに取り付かれ、時々ブランクもありながら、現在まで続いています。

主に興味を持ち始めた80年代前半の物を紹介しています。
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Petri MF10 Part 2  1986年当時のカタログ

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現在、実家に戻っているのですが、面白い物を発見しました!!
あのペトリMF-10のカタログです。
封筒の消印を見ると、昭和61年4月18日になっています。

昭和60年にミノルタα7000が衝撃的なデビューを果たし、カメラ業界がAF化の時代に突入した・・・という時代に、プラクチカマウントで絞込み測光のカメラが生産されていたという事実に、改めて驚かされる思いです。

当時私は高校生で、カタログ集めに熱中していた時代で、国産主要メーカーは勿論、当時はとても一般人に縁があるとは思えない八セルブラッド、ライカ、ジナー、ローライといった舶来品から、噂には聞いていたペトリまで、カタログ請求のハガキを送ったものでした。

77年のペトリ倒産後、労働組合が工場を占拠し、自己生産に踏み切ったのは有名な話ですが、当然カメラ屋で商品を売っている訳も無く、雑誌で紹介される事も無く、工場直売という形を取っていた様で、それ故に、このカタログは極めて貴重な物だと思います。

カタログも3色刷りの四つ折というもので、しかも一緒に掲載されているMF-1を赤のボールペンで消してあったりします・・・。

そして珍しいのが、最後のページに書かれたペトリの歴史でしょう。
以前、某サイトで、当時の従業員の話を聞いたことがありますが、それによると、労働組合が余りに力を持ち過ぎた故に労働争議が頻発し、企業モラルが低下したという話しでしたが、カタログに書かれている「不幸にも倒産」という表現は、やはり、その立場故のものなのでしょう。

カタログの感じからして、如何にも家内工業的で、どこかホノボノとした空気が伝わってくるのですが、時代は急速なAF化へと突き進んでいた時代で、それまでのMF一眼が急速に色あせて見え、誰からも省みられる事も無く、静かに消えて行く運命を辿りましたが、同様にペトリ工業も、ほどなくカメラ生産から撤退することになりました。

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ニコンF301 アルファーショックの影で・・・・

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1985年9月、ニコンから発売されたニューモデルです。
発売時期からして、あのα7000の衝撃的なデビューの後の登場になるのですが、ニコンとしては初のワインダー内蔵ということ以外、AFが搭載されている訳でも無く、正直余り印象に残る機種ではありませんでした。

あの時期に、何でこんな物を?と思ったものでしたが、某カメラ雑誌の記事で注目すべきものがありました。

それは、ミラーボックス下部にスッポリと空きスペースが用意されている・・・というのです。コレはどう考えても、AF搭載の前触れ以外の何者でも無いと・・・。

その予想は的中し、半年程経った頃、このカメラにAFを搭載したF501が発売され、ミノルタから遅れること1年少々で、実質的にAF2番手として市場に登場したのでした。

AFが完成するまでの時間稼ぎ・・・と言うには、コレを買った人が、翌年AFを欲しいと思った場合、レンズを買い換える必要があるため、良心的な対応だったのか否かは微妙なところですが・・・。
それでも、ミノルタがマウント変更したのに対し、従来のマウントを継承したお陰で、一頃、特にプロ市場でニコンのシェアが上がりましたが、AFのレベルとしては、ミノルタの方が上であった様で、ミノルタのマウント変更には、それなりの説得力のある、最高の巡り合わせであったと言えるでしょう。

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キヤノンT-80 アートロボ

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ミノルタα7000が衝撃的なデビューを放った翌月、キヤノンがそれに対抗すべくニューモデルを投入しました。

キヤノンT-80・・・その名前からして、T-50、T-70に次ぐ、一連のTシリーズに属するモデルで、少なくともα7000という全く新しい名前程の新奇性を感じることはありませんんでした。

この機種の最大の特徴は、マウントを変更したミノルタに対して、従来のFDマウントを継承していたこと、そしてミノルタのボディー内モーターに対して、レンズ内モーターを採用していたことでしょう。

ただ、当時の技術では、レンズ内モーターをコンパクトに仕上げる事が難しく、レンズに出っ張りのある独特なスタイルになってしまい、この辺りも、ミノルタの完成度に比べ、イマイチな印象を与えてしまいました。

レンズの種類も少なく、ミノルタが広角から超望遠まで一気に発表したのに比べ、廉価版の標準ズーム、望遠ズーム、50mmレンズのみで、ミノルタの全社の精力を傾けて開発した・・・というソレに比べ、何処か片手間の印象が拭えませんでした。

その他にも、露出モードがピクチャーセレクト式のプログラムAEのみであったり、ミノルタが当時としては非常に高度なマルチモード一眼レフでもあったのと比べると、如何にも稚拙な印象がありました。ただ、この絵表示によってモード選択をするという方式は、後にコンパクトカメラがこぞって採用する様になりました。深度優先、ポートレート、スポーツモード・・・という、所謂アレです。

肝心のAFの性能も、TTLコントラスト検出方式は、ミノルタの位相差検出方式には適わず、以降、各社とも位相差検出方式に傾倒して行くことになります。

α7000が驚異的な大ヒットを飛ばし、ミノルタが一躍トップメーカーに躍り出たのとは対照的に、T-80は誰からも省みられる事無く、静かに消えて行く運命を辿りました。

当時キヤノンFD系のユーザーであった私の目にも、キヤノンの余りの不甲斐なさを嘆いたものです。

ただ、歴史とは面白いもので、あの当時、圧倒的に優位で各社が採用したボディー内モーターも、現在の技術レベルでは劣勢で、ニコンも途中からレンズ内モーターに変更した程でした。

位相差検出方式の優勢は今も変わりませんが、デジタル全盛の今日、一眼レフという形式から脱却しようという流れも確実にあり、所謂「ミラーレス一眼」の世界では、コントラスト検出方式が一般的であり、現在非常に進化の著しいところです。

どの技術が優れているか?というのは、絶対的な基準は無く、むしろ「その時代の技術力の中では・・・」という但し書きが必要かも知れません。

因みに後年耳にした話しですが、当時のキヤノンではAF化に際してマウント変更派と継承派に二分されていたといい、T-80の販売不振はある意味確信犯的なもので、それによってキヤノンにマウント変更の決断を下させたということです。
カメラ本体の明らかな作り込みの甘さ等を考えると、あながちデマとも思えない話しでもあります。

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ミノルタα7000 アルファーショック!!

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1985年2月、突如カメラ業界を根底から揺さぶる激震が走りました。
ミノルタが各社の先陣を切って、本格的なオートフォーカスシステムカメラ、α7000を発売したのです。

先にも述べた様に、第一世代のAF機はどれも実験機の域を出ず、人気もイマイチで、各社マルチモードや測光方式の多様化といった面にエネルギーを注いでいる中で、何の前触れも無く、突如として発売されたのです。

ネットなど無い当時ですら、画期的なカメラが登場する時は、それなりに噂話の類が雑誌に出てきたものでしたが、その手もものは全く無く、発表の記事を新聞で目にした時も、正直今更AF?と言う感じだったのですが、その月のカメラ雑誌を見て、正に衝撃を受けたのです。

それまでのAF機は、レンズ側にモーターや測距系を内蔵していた為、レンズが高価で大きくなるのが難点でしたが、モーターも測距系も全てボディー側に設置する事で、驚くほどスリムでコンパクトな上に、従来と同等の価格のレンズを実現しており、その広角からズーム、超望遠まで一挙に発表したのには、正直驚かされました。

レンズだけではありません。
ボディー側も、当時の考えられる露出機能を非常に高度にまとめており、仮にAFが無かったとしても、非常に魅力的な物でした。

発売当初、実際にカメラ店で手にとって見ると、非常にスムーズなAFが印象的でした。当時としては、正に驚異的なレベルで、雑誌でも「これからはプロの仕事が減る」「α7000のAFはスピード違反」などと言われた程でした。それが現在では、ガラクタ箱の中で「AF不良(実際は問題無い)」などと言ってゴミ同然の扱いを受けているのですが・・・。

こんなカメラが出てしまった以上、他社が指を咥えて見ている訳も無く、これからAFの時代になるのは、火を見るよりも明らかでした。それ故に、私を初め、それまでのMF機を使用していた者は、今後どの様に身を振るのか、MFシステムをこれ以上揃えるべきか否か?と大いに悩まされることにもなりました。

そして、この頃を境に、体力の無い中小のレンズメーカー達が消えて行く運命を辿りました。まあ、AF化の他にも、プラザ合意による急激な円高の影響も少なくなかったと思いますが・・・。

ココで当時の雑誌の読者コーナーに載っていた投書を紹介しておきます。

彼は熱心なミノルタファンで、ミノルタの株を所持していたのですが、その株が85年に入ってから急激に上昇し始めたので、その売却益でミノルタのレンズを購入した・・・という話しだったのですが、その投書が掲載されたのが、α7000発売の記事が載った号であり、その株価上昇もα7000によるものだったのです。彼は、従来とは全くマウントの互換性の無いα7000と、雑誌に掲載された自分の投書を、一体どんな気分で目の当たりにしたのでしょうか?

そして、その直後にキヤノンからT-80が発売されましたが・・・ソレに関しては、回を改めて紹介したいと思います。


写真:全ての操作がボタンによるもの、電子ダイヤルが一般的な今日の目には煩わしいものですが、当時は非常に目新しく見えたものです。
絞りリングが無いのも、このカメラが最初で、マウント部にあるアップダウンボタンで絞りを操作します。
ボタン類のデザインは、当時のウォークマンの類の影響を見て取る事ができます。

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ペンタックスME-F 世界初のAF一眼レフ

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1977年、ジャスピンコニカが発売されて以来、コンパクトカメラのオートフォーカス化が始まりましたが、一眼レフにその波が波及するのには、暫く時間を要しました。

それは、コンパクトカメラの場合、比較的被写界深度の深い、余り明るくない準広角レンズを固定装備している為、然程ピント精度が要求されなかった事と無関係ではありません。

それ以前のコンパクトカメラでは、遠景、集合写真、ポートレート、近景といった絵表示にセットする、所謂ゾーンフォーカスというものが一般的にありましたが、それを自動にした様な物だったのです。

ところが、一眼レフの場合、レンズ交換によって広角から望遠までピントを無段階に合わせてやる必然性から、遥かに高い精度が求められる為、様々な試行錯誤が生じたのでした。

そして、その市販第一号となったのが、81年に登場したペンタックスME-F(フォーカス)でした。前年に発売されたMEスーパーをベースに、ミラー下に測距システムを組み込んだ事、専用レンズとの組み合わせでオートフォーカス、従来のKマウントレンズとの併用で、フォーカスエイド機として使用可能でした。

その専用レンズは、35〜70mmF2.8というもので、モーターと電池をレンズ側に内蔵していた為、独特なデザインになっています。オリンパスのAFレンズが測距系までレンズ側に内蔵していたため、全OMボディーでAF使用可能なのに対し、コチラは測距系がボディー側なので、ME-F以外のボディーでAFを使用することは出来ませんでした。

そしてこのレンズ、80年代初頭としては非常に珍しい開放F値が2.8固定で、他に全域F2.8というのは、40万もしたニコンの80〜200mmF2.8しか例がありませんでした。

肝心のAFの性能は、精度的にもスピード的にも非常にユッタリとしたもので、価格的に見ても、とても一般的に普及するレベルにはありませんでした。

コレ以降、各社共第一世代のAF機をラインナップさせる様になりましたが、オリンパスOM30以外、影が薄かった・・・というのが正直な所です。

皆一眼レフでありながら、専用レンズが一本しか用意されていなかった事、そして、普通の標準ズームですら割高に思われていた当時、その倍もするAFレンズは非常に高価なもので、初心者には高過ぎて、ベテランには物足りない性能ということで、第一世代は全てマーケットリサーチが主な目的であったというのが、今日の見解になります。

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