私はスピリチュアルな数々のブログから、今まで人間の作り出してきたもの(必要の無いもの)は崩壊すると聞いているので、このような事故に驚くようなことはなくなったけれど、スピリチュアル的なことに興味の無い人は、こういう崩壊に不安になるんだろうなぁ。。。
この事故で22歳の若者が犠牲になり、気の毒な気持ちになるけど、毎日流れるニュースに目を向ければ小さい子どもなど、沢山の人が事故や事件に巻き込まれこの世をあとにしているし、一人ひとりに目を向けていたらこちらの気が滅入ってしまうので、このような事故や事件に意識をあわせずに、自分の暮らしを謳歌した方が良いと私は思う。
なんて冷たい、残忍な人だろうと思われるかもしれないけど、自分が事故の被害者の関係者だとして考えた時、遠く離れたニュースの向こう側で、意識をあわせて一緒に泣いてくれるのはとても嬉しいけれど、いつまでも悲しまれても困るわけで、しかも自分にはそんな人がいることは気付く術も無いわけなので、わざわざ悲しいニュースに目を向けて不安に心配になる必要はないのではないのかと思うわけです。
この爆発のニュースを読んだとき、そこに並ぶトップニュースの悲惨さにがっかりしました。FNNニュースの社会トピックスだったのだけども、全てが暗いニュースでした。
なぜ、人々を不安に陥れるニュースばかりを並べるのか?これでは、鬱になる人が増えるのは当たり前なんじゃないかと思いました。
日本中が放射性物質の恐怖の中、個人個人の悲惨なニュースに目を向けるのはやめたほうが良いと思います。どこかで事件が起きてもそんなこと知る必要ないと思いませんか?そんな情報を得てプラスになるのだろうか?
(自分に降りかかっている放射能の恐怖には目を背けるけど、殺人事件などの泥沼劇には興味がある人もいるのか?)「人の不幸は蜜の味」という感覚があるから、ニュースでは知らなくてもいいような事件の特集が組まれるのではないでしょうか?
遠くで起きた事件の詳細を知ったところで何か自分の役に立つのでしょうか?逆に心が不安になり、潜在部分で落ち込んでしまうのではないでしょうか?
自分が楽しく暮らすことだけを考えていることは別に悪い行いではないですよ^^vみんながみんな、自分が幸せだと思いながら生活することで、世の中グッと明るくなると思うのになぁ〜。
自分に正直に、ウソをつかず、自信を持って♪
人間生まれた瞬間から死に向かって生きているわけですし、死ぬタイミングがいつなのかわからないから死を不安に感じるのか?後悔しそうな人生だから死ぬのが怖いのかな?
いつでも後悔しないように人生を送っていればいつ死んでも良いと思うような気がします。
私は夢も希望も特にありませんので、後悔する事柄もほとんどなく、ただただ今与えていただいている現状に日々感謝しています。
そんな感じで過ごしてきたら、本当に信じられないような現状に置かれ、そして更に日々感謝する毎日。
とりあえず、リフォームだけは完成して欲しいので、それまでは待って欲しい(何に?)と願っていますけど^^;
今回も間取りを自分で考えたのですが、もちろん完成し住んでみないとわからないですけど、とっても使いやすい、素敵なお家になると思っています♪まぁこんな話はどうでも言いか^▽^;
とりあえずスピリチュアルな視点から見ると、この地球で暮らす人生は勉強の場所だそうです。そして死はもともとの自分の世界に帰るということ。だから本来お葬式は「お疲れ様でした!」というお祭りだと言うことです。
だから難しいことは考えず、自分が楽しく幸せに暮せる方向に進んで行きましょう♪
黒澤明監督の「夢」から。
電気もガソリンもない自然と共に生きている村の98歳のお葬式です。これが現実になると楽しいのですけど^^
今日も読んでいただきありがとうございました。