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血塗られた奈良時代☆謎の人物「大津大浦」

時代:奈良時代

登場人物:大津大浦他

☆恵美押勝の乱、最大の功労者とも言える大津大浦って誰??☆

恵美押勝の乱の最終的な密告者となった大津大浦、これは誰なんでしょう?
仲麻呂追い落としの計画は実際に起きた出来事を見る限り深く静かに進行していた…大浦の裏切りがGOサインだったような気がしません?
当時の仲麻呂に仕えていること自体有能な陰陽師だったのでしょうね。
吉備真備があれだけ有効な手を次々打てたのも仲麻呂に熟知した大浦がいたからだと思います。
乱の前は正七位上が乱後は従四位上へ、姓も「連」から「宿禰」を賜っています。
官職も「左兵衛佐兼美作守」。
これが裏切りの代価…破格の出世です。
しかし、、、、、大浦の夢はほんの一瞬、、翌年には和気王と組み叛乱をたくらんだとして官職を剥奪され左遷され、姓も元の「連」に戻されてしまいます。
話が脱線してしまいますがこの時和気王の罪は称徳天皇と道鏡を呪詛したことですが、実際に呪詛を行ったのは紀益女と言う陰陽師だと思われる女性で、この益女の兄が陰陽寮の官人紀益人…
何だか怪しげじゃありません?
陰陽師に対抗できるのは陰陽師しかいない??
そうしてついにその翌々年には日向国員外介を解任され、「天文」「陰陽」に関する蔵書をも没収されてしまいます。
仲麻呂の乱一番の功労者に対する扱いとしてはひどいですよね。
でも、大浦の話はまだこれで終わりではなくこの後、道鏡が称徳天皇死後に失脚すると再び京に呼び戻され陰陽頭に就任し、最後は安芸守になります。
と、ここまで大浦にスポットを当ててみましたが彼の乱後を考えると1月23日に書いた「誰か」とリンクしてきます。
勝手な推測で話すと、もし、押勝の乱が称徳天皇と道鏡によって引き起こされたものなら大浦の復帰はなかったんじゃないのかなぁ?
乱の時誰かに選ばれて大役を果たしたものの、道鏡or称徳天皇には邪魔になってしまった。
知りすぎて邪魔になったのは大浦だけでなく淳仁天皇廃立に加担した和気王も邪魔、もしかしたら有能な陰陽師である(祈祷師の要素が強かった?)益女も邪魔、こうして邪魔になった人達を一括りにして葬ったのが和気王の呪詛事件で、これは歴史を見る上では重要な事件だと思います。
この事件に連座した人達で唯一生き残ったのが大浦…。
何故彼だけ生き残ることができたのか?そして、何故2年もたってから蔵書を没収されたのか?陰陽寮の官人でもない、それも配流の身である大浦が何故蔵書を私有していたのか?
本当に彼には「何故?」と思うところがいっぱいです。
そして再び大浦は京に帰ってくる…わざわざ呼び戻すのですからそこからあと彼にしかこなせない役割があったのでしょうね。
押勝の乱では元から裏切ることを前提とし間者として仕えていたのか、どこかの時点で裏切ることを決めたのかはわかりませんがどちらにしても彼の上の人物がキーマン(「誰かさん」)である気がします。

最後に、陰陽師は僧を還俗させて陰陽寮の官人とした例が多いんですよね。
あと物部に連なる縁者も多いのでは?と言われています。
「物部」や「僧」と言えば道鏡もつながりますし、押勝暗殺計画のところでは石上宅嗣の名前も出ています。
果たして物部氏と大津氏は関係があるのか、ないのか?
奈良時代首と大浦2人の陰陽寮トップを輩出した大津氏どんな氏族だったのか。
ここで物部とハッキリ繋がれば律令制を取り入れ法治国家を目指す仲麻呂を中心とした勢力に対抗するもうひとつの軸として面白いかもしれないですね♪
(と、都合が良い方へ解釈してもう少しこの時代を楽しみたいと思います)

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僕が行った滋賀県の古墳は大津から北へ1キロも行かないとこでした。百穴という古墳群もあります。石室の作りから渡来系であるのは間違いないでしょう。これが大津氏族の墓としたら・・・。

2007/2/16(金) 午後 5:03 [ ]

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陰陽師は貴族が人間として扱っていない身分の低い人たちと交流ができましたからね。彼らが不満で暴れるのを防ぐためには重要だったのでしょうね。いわゆる子飼いの鬼がいたのではないでしょうか。戦国時代なら土豪あたりを手なづけるといった感じでしょうか。 呪詛は彼らを使って反乱を起こしたと見なされ(テロですね)、追放したけど彼らを押さえられず呼び戻したのではないですかね。 削除

2007/2/16(金) 午後 9:02 [ キリ ]

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菊千代さん、こんばんは!大津氏、よくわからないですよね。勝手に想像するとやはり名前から滋賀→近江→天智天皇につながる系統?そうしたらこの方の行動はどう考えていいのやら…。そんな古墳を作られるならやはり大きな氏族ですよね?氏を変えて続いている可能性もあるのかなぁ??? 削除

2007/2/17(土) 午後 5:16 [ jasmintea ]

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キリさん、こんばんは!コメント下さったことがこの乱の可能性として考えていた2つのうちの1つと密接に結びついています。いずれにしても陰陽師は戦略の構築以外にも民に対するおさえもあったなら重宝されていたのも納得です。わざわざ「陰陽寮」も設置するほどでしたからこの人たちの存在を無視してこの時代を語ることはできないですね。 削除

2007/2/17(土) 午後 5:24 [ jasmintea ]

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天智に繋がる系譜とはおもいませんが^^、滋賀は昔から石工が多い土地。しかも天智がそれを独占していて、天武に代わった途端滋賀の石工は奈良から追い出されたって話があります。参考まで。考えは任せます^^。ゴメンチャイナ。

2007/2/17(土) 午後 5:58 [ ]

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大津の乳母ってことで。

2007/2/17(土) 午後 5:59 [ ]

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菊千代さん、こんにちは!天智に直接つながる系譜ではなく天智に関連したところに行くつくのかなぁ、と思いまして。天武になったとたん追い出されたって意味深ですよね。実は大津皇子って「那の大津」で生まれたからではなく滋賀の大津をさしているとしたらこれまた意味深。大津がすぐ処断されたことは何かワケがあるような気がするのですが…。謎です。 削除

2007/2/18(日) 午後 5:10 [ jasmintea ]

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そうでしたか^^失礼しました。

2007/2/19(月) 午前 6:23 [ ]

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天智の息の掛かった連中は必要でなければ削除って事ですね。自分の仲間でまとめたい天武。「那の大津」と所縁があるから、滋賀の土地を「大津」と呼ばせたのかもしれません。「藤原京」だって「藤原」ですよ^^。都の名がある特定の氏族の名と同じなんて、エゴか由縁が強いとしか思えませんが・・・。

2007/2/19(月) 午前 6:31 [ ]

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菊千代さん、こんばんは!本当におっしゃるとおりですね〜。天武は天智の残り香をバッサバッサ切っていった…そしてそれを長い年月をかけてまた天智色に戻していく。すごい作業ですね。そしてこの藤原氏という一族は良くも悪くもすごいです。 削除

2007/2/19(月) 午後 9:12 [ jasmintea ]

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日本の基礎を造ったというか・・・意識改革までやったような印象を持ってます。今の日本も少なからず、藤原の野望に感染したまま来てるのでは?。

2007/2/20(火) 午前 5:27 [ ]

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おっしゃる通りです!!現代も「万世一系」が生きていると思わされていますものね。すごい魔法ですよね…。(でもスキと言うか惹かれるんですよね〜♪) 削除

2007/2/20(火) 午後 9:30 [ jasmintea ]

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