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日向畑遺跡(上田市真田)
「松尾城の南麓、日向に所在する遺跡。
昭和46年に発掘調査を実施し、石造宝篋印塔6基、石造五輪塔11基分、鉄器、古銭、土器、石器、火葬 骨等が出土した。出土した石塔群の形から見て、この遺跡は室町時代から戦国時代にかけての物と見ら れている。付近の歴史的調査から真田氏に関係する一族の墓ではないかと推定される。」
と紹介されていますが・・・・
真田関係者の墳墓なら、なぜ破却し埋めたのか・・・・・。
一部の研究者の間では、
真田幸隆以前、関係者が「真田」の家系を乗っ取りを容易にするため、自分たちの先祖にあたる「石塔」を破壊しつくし地中に埋め、消し去った上で真田の家系にそのまま紛れ込んだ形跡のうんぬん・・・・・・。
アッシの菩提寺(檀家1500軒)の住職は「海野小太郎」よりの系図(嫡系)を持ち、またその本坊になったお寺(長野市篠ノ井にあり)も「海野小太郎」の正系をたもっていることを。
上記のことは檀家も含め周知の事実。
黙して破壊、埋めるは「真田氏」の(現存する家臣子孫が多数松代に存在)江戸時代も含め永年支配者であるうえで、自らの正等性(理由を含め)をも高めうる最高の手段であったことが、嫡嫡(江戸時代チャキチャキの江戸っ子は、ちゃくちゃくの変形語)を必然に求める「地方の土着勢力を繫ぎとめる」最低条件であったと推察される。
海野氏の傍系または、関係者に先祖を求めることは、断じて甘受することはできないのです。
かつまた、なぜ松代領(善光寺も含め)が真田氏なのか・・・・・。
今後は「善光寺」の七つの川、七つの清水、七つの池、七つの橋、七つの神社 善光寺を取り巻く七つの寺、七つの塚、七つの小路など・・・・・。
関係する「黄泉」と現世の境界関係等、真田氏、眞田氏、佐奈田氏、実田氏、の関係について観光地としてご案内します。
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長文乙
あとでゆっくり読みます。
2009/10/5(月) 午後 7:49 [ 濡れ手で泡 ]
すみません 忘れてしまって入れませんでした。
なかじ
2009/10/7(水) 午前 0:31 [ なかじ ]