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毎冬降雪量は減っていくようで、雪掻きという労力から、またそこから派生するトラブルから解き放たれるというものでしょう。そう自分に都合良くいくものなのでしょうか。
臆することなく死を葬儀上の納棺という仕業を通して問うた、「おくりびと」がアカデミー外国語映画賞を獲たこと、等で日本中が湧いております。たしかに日本人の死生観が見直され、どちらかというと納棺夫という馴染み少ない職業にも日が当たっていくに違いない。そいう点で映像の力を再認識させられる。
漏れ聞くところによれば、主役を演じた本木雅弘さんのつよい思い入れが映画化の道を成したようです。彼がいうにはにインドに往った時、「蛆(うじ)が光り輝いてみえた」と。じつに素晴らしい表現ですね。いいかえれば汚らしいと敬遠されがちな蛆が可愛がられている他の動物と同じく、さらに私たち人間とも同等にいやそれ以上に耀いて映ったのでしょう。蛆は信(まこと)に尊い寿(いのち)をいただいた存在であり。その寿をただ々生を全うしている姿に感動された。だからこそ「光り輝いて」と捉えられたことなのでしょう。
蛆と同じような表現を引用すれば「大経下巻」の「蠕動(ねんどう)の類衆悪をなさんとす。┈中略┈強きものは弱きを伏し、剋賊(こくぞく)し残害殺戮(ざんがいせつりく)して、たがいに呑噬(どんぜい)す。善を修することを知らず」や散善義の「悪性侵(や)め難し事、蛇蠍(じゃかつ)に同じ。」などがあげられるのでしょう。
人間の偽らざる姿を、内なる心を言い当てているのだがそこがいただかれないと蛆が蛆として見えてこない。蛆は他ならぬ私であり、上も下もない人間そのものであり、衆生であり、大衆であり凡夫なのです。その凡夫が、ただ人こそを救わねばおかぬとされるのが仏教なのでり、お太子さまもそのお一人に他ならぬのです。そこをご開山が感動され日本仏教の祖と崇められたのです。
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