流通の歴史と未来のブログ

食品流通は凄く面白い世界です。昔・今・未来を語りたい

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地ものと旅もの 11

 旅ものと分類される生鮮品の特質をここで整理してみましょう。基本的に中央市場、中でも大都市市場で扱われ、ブランド化され、高い供給能力を持ち、販売期間も長いという特徴があります。
 旅ものの流通は中央市場の卸が主体的に差配している例がほとんどです。中央の卸が全国に配荷している感覚に近いものがあります。

 ここで注意すべき事はブランド化している生鮮品が、すべて旅ものかというと、そうではないことです。ブランド化した生鮮品には非常に高名、誰でもが知っているような産品でも、供給に大きな制約がある、つまり生産量が小さいものがあり、一般には、こういうものは旅ものに位置づけられる事が少ない。
 というのもブランド品は非常に多く高級料理店に供給される事が多く、相当に予約で動く世界だからです。スーパーの流通にそぐわないものですし、流通の太宗を担うものではないからです。

 こういう旅ものが、どのように育成され、市場していったのかを考える事が、グローバリゼーションの影響などを推量するに適した問題でしょう。そこらを次回以降、書いてみましょう。

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地ものと旅もの 10

 スーパーにとって、生鮮と言うのは、なかなか厄介なものです。加工食品の世界では、個別の品目ごとに圧倒的なシェアを持つ製品があり、それを揃えていれば、まぁ、誰にも文句を言われないものがあり、後はメーカーもしくは問屋の営業と渡り合って、価格を決めるが主要な仕事になります。物流も一度決まれば、後は動く事は少ない。

 生鮮の場合には、そう簡単ではありません。品目が非常に多いし、変動が激しく、価格が高騰している場合には、1/2、1/4にカットする、つまり容量を調整して、消費者が買える値段にしてやる必要が出てきたりします。つまり商品が確定しないのです。
 産地も、同一品目で同じ時期でも結構変わります。価格もぶれるし、量も品質も天候などによって動くし、固定的でない面で、面倒であると同時に、面白い。前回の話の通り、スーパーの規模とは無関係に工夫ができるのです。むしろ、大手はいろいろ中間業者に流通加工、袋詰めや値札付けなどをやらせている分、そう簡単に商品を変えられない、供給先を変えられない弱みを持っていたりします。

 旅ものというのは、ブランド品であるので、地ものほど自在ではないのですが、いくらブランド品でも天候などの影響から逃れることはできませんから、量も品質も動く。いつもの年のようにA級品ばかりが出荷できない。こういう変動があると、様々な動きが出てきます。
 輸入品で良いのが入れられると、輸入品がマーケットになだれ込んでくることにもなります。国内産地でも、いつものブランド産地が不調であれば、当然のように出荷を促す形で値段が高騰してくる。となれば、いつもは地場の市場に出荷していたものが全国市場に出回ってくることにもなります。

 つまりは流通のプレイヤーが変わって来ることにも繋がって行くのです。常に変動するのが特徴であるのですが、その一方でほとんど変わらない部分もある。以前、書きましたように、変動があることが逆に固定化する感覚になるのです。十年一日、何も変わらないように見えたりするのです。

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地ものと旅もの 9

 スーパーの方から旅ものの商品の調達をみてみましょう。ここでもスーパーも、一通りではない、皆が皆、同じやり方では仕入れをしていない事を注意してください。

 大型のスーパー、GMSは勿論の事、食品スーパーの大手、ライフとか、イズミとか、ヨークベニマルとか、そういうところと、一県とか、二三県の中では大手、もっと小さな10店未満、あるいは2,3店しかないところなどいろいろあり、これらが互いに同じマーケットの中で競い合っているのですから、同じ方法で無いのは分かると思います。

 結構、微妙な価格差があり、微妙に得手不得手があり、平均的には大手は比較的高いけれど、個別品目では異なる、これは品質でも同じです。担当者の仕入れの巧さ、拙さがあり、納入業者の質も大いに関係しています。品ぞろえという点でも、多くの品目で一産地、一規格の場合なので、選択の妙が問われるところでもあります。

 ここらを購入者である消費者がどこまで意識しながら買い物をしているかも問題ですが、店の大きさにあぐらを描いていると手痛いしっぺ返しを食らう事にもなります。

 つまりは小さくとも工夫次第で生き残れる可能性を十分に持っているのが、生鮮の世界です。どんなに大手のスーパーでも、自然の生産物である青果・水産・食肉、そして惣菜も、小さな産地でも全量を引き受けて販売することは不可能であり、独占はかえって自身の首を絞めることにも繋がっている。

 ですから大手といえども、弱者を痛めつける事は出来ても、完全に消去する事は危うい事でもあるのですが、まぁ、そんなことはスーパーの経営者にも分からない話でもあります。

 そんなことで流通にも、様々なルートがあり、普通に産地があり、市場があり、スーパーがあるという直線的な関係以外のルートが大量に存在します。
 大手の場合は、担当者次第ではあるのですが、比較的王道というか、教科書的な調達をします。バイイングパワーで押し切る感覚で、市場も産地も、「ハッハァー」くらいなもので、大きい奴には仕方がないなぁ・・というものでしょう。
 当然のように、それだけでは産地も市場も流通業者も、小さなスーパーは生き残れませんから、様々なテクニックというか、大手を掻い潜るような動きがあり、それも大手の担当者には分からないような、少なくとも当座は分からないように動きます。

 ここらは大変、面白い所でもありますが、私も垣間見るくらいなもので、そうなってるんだぁ・・・・くらいしか知りません。

 

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地ものと旅もの 8

 旅ものの扱いが地方市場の卸にとって、対顧客、つまりは現代ではスーパーになるのですが、地方のスーパーにも、昔の八百屋の毛が生えたくらいのレベルから、地方での有力なチェーン、全国的にも結構名前の知られたスーパーであったりするレベルがあり、後者のような地方市場の卸よりも、大きいような企業であったりすると、卸はサプライヤーのような立場になったりします。

 ここらの関係はむしろ市場から眺めるのではなく、スーパーから眺めた方が流通的に見やすい場合が少なくありません。まぁ、奇麗事を言っているスーパーが現実には何をしているのかは市場から見ると、よく見えはするのですが・・・。

 全国的にはそれほどでもなくとも、県全体、あるいは複数県をまたぐようなチェーンの場合、複数の市場の卸を自在に使います。主に地元市場の卸からは、地場ものの集荷を行わせ、旅もののようなブランド品については、中央の卸を使ったりする場合があります。
 というのもブランド品は、こういう大型のスーパーにとっては、お客様、消費者に、地元産とは違う意味ですが、強いアピールになります。何よりも商品が標準化されており、きれいですし、POPなども充実していますし、フェアでも目玉になります。
 地場ものが新鮮で安心だということで人気はあるのですが、その一方でブランド品の力も、やはりブランドが着くだけのものを持っている事も事実ですし、販売期間も長いのです。ここらは栽培期間のコントロールがきちんとできていることも大きいのです。

 ここで注意しておくべきことは、中央市場の卸でも、大手チェーンの仕入れ、青果物なり、水産物を一手に引き受ける例は、ほとんど見当たらないことです。かの東一、東京青果ですら、大手チェーンのせいぜいなところ10数店の供給を行うくらいのものであることです。大部分は数店の供給です。

 ここらはアメリカの流通とは大いに異なるところです。生鮮市場の卸が公設市場を基盤とする事が原因です。積極的に自ら配送センターを建設するなどの投資をしなかったことが大きいのではなかったかと思っています。ここらが旅ものの流通が変則的になる理由です。

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地ものと旅もの 7

 さて久しぶりの流通ものです。旅ものの話です。復習のために付け加えますが、市場、特に地方の市場では、地元で獲れた産物の仕入れ・販売を「地もの」と言い、他の産地から長距離輸送してきた産物・商品を「旅もの」と言います。
 そしてこのシリーズの最終目的はグローバリゼーションが、市場流通というローカルな流通にどのような影響を与えるのか、どのような変容をもたらすのかという命題です。

 話が少し戻るようですが、こういう「旅もの」という言い方は、段々、減りつつあります。物流が発達したものですから、市場に並べた時に。これは「地もの」です。こちらは「旅もの」ですという形でわざわざ分類しなくても、普通に産地を見れば分かる事ですし、旅ものとして出回るものの多くがブランドを冠していることもあります。逆に言えば地ものにはブランドを冠していることが少ないことを意味しています。

 雑談ですが、ブランド産地にある市場では、地元産を卸がなかなか仕入れられないという事態が結構あります。農協が中央の市場にいかに売るかに精力を集中していて、地元の市場を一顧だにしない何てことはよくありまして、地元産にもかかわらず大都市の中央市場から仕入れるという訳の分からないような話もあったりします。本当の地元ではなく隣の村だと頻発する話です。
 ここらは地元産を如何に集荷するかの卸の戦略なので、その話は既に書きました。

 旅ものの調達は、地方の市場、卸は様々なテクニックが行われます。中央の卸が地方を支配するという構造だなんて書かれた事も無い訳ではありませんが、今やそんな話は滅多にある事でもなければ、リアリティはありません。
 というのも現代という時代は、商品が有り余っている時代だからです。天候の具合によって、主要産地が出荷が制限されたとしても、その間隙を縫って他産地ものが入ってきますし、輸入だって、時間をおかずに可能だからで、それを契機に独占的なブランドが崩れることだってあるからです。

 過剰供給の中で商品、つまりは産地なのですが、それを大量に抱え込んでいる中央の卸は逆に苦しいのです。産地は中央市場の値段が建て値ですから、それが安かったら、全体の収入が激減しますから、農協は会員=農民を無視しては成り立ちませんから、強い圧迫を卸に加えます。そんな値段なら明日から出荷しないと言われたら卸は明日からの商売が成立しなくなる。これは脅威です。産地の言う値段に準拠しなければならない枷を背負っている。
 地方はそんなものは背負っていませんから、商品が余っていると見れば、値段を叩きまくることになる。この奇妙な構造というのは社会主義では起こりえないものです。

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