しげっちの駆けろ!五十路

人生は山あり谷ありだからおもしろい

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昔、福永洋一という騎手がいた

僕が競馬を見はじめた1971年ごろは、関東馬の天下でした。

関西の馬は大レースではなかなか勝てなかった不遇の時代でした。

今と違って、関東馬の情報はほとんど入ってこず、

関西では関東のレースの馬券も一切買えませんでした。

しかし、騎手だけは関西にはスターがいっぱいいました。

今のリーディングジョッキーの武豊の父親である

武邦彦(現調教師)や田島良保、伊藤清章などなど・・・

しかし一番の天才ジョッキーは福永洋一でした。

今活躍している福永祐一のお父さんです。

1968年に岡部幸雄や柴田政人(現調教師)とともに

デビューし、あっというまにスターに上りつめました。

デビュー3年目の1970年〜1978年まで、9年連続で

リーディングジョッキーになり、将来はとんでもない騎手になると

言われていました。

ところが悲劇は突然やってきました。1979年3月4日、

阪神競馬場で行われた毎日杯でマリージョーイ号に騎乗した彼は、

4コーナーを回ったところで落馬し、頭を激しく打ったうえに

自分の舌を噛み切ってしまったために出血多量になり、

結局は重い脳障害に陥ってしまったのです。

長い大変なリハビリの結果、少しは歩けるようになっていますが、

今でも言葉は失ったままで、もうこれ以上よくなることはありません。

僕はそのレースを現場で見ていました。ピクリとも動かない彼の姿に

本当に言葉も出ずに何か泣きそうな気持ちで家に帰ったことを覚えています。

その当時、競馬が一般のニュースになることは全くなかったのですが、

この事故はNHKでも取り上げられたほどです。

事故のあと、テレビに映った、まだ結婚3年目だった奥さんが悲壮な表情で

病院に駆け込んでいく姿は今も忘れられません。

実質の活躍はわずか11年でしたが、その間に積み上げた勝ち鞍は

983勝でした。今と違ってレース数も少なかった時代では

とんでもない数字でした。

もし、あのまま事故もなく乗り続けていたら、武豊が達成している

今の様々な記録も、全て彼が記録していたと言われています。

乗り方は荒っぽかったのですが、逃げ馬に追い込みをさせたり、

それまで追い込み一辺倒だった馬を逃げさせたりと自由自在でした。

僕は彼の姿が大好きでしたし、彼のおかげで競馬の魅力を

知ることも出来ました。馬の気持ちを考えた騎乗は、他の誰にも

真似はできませんでしたし、今も彼のような騎手はいません。

彼の騎乗姿をもう一度見たいと思っているのは

僕だけではないと思います。

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