”スーちゃんのこと”・・”キャンディーズのこと”。。
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「スーちゃん死んじゃったねぇ」・・
相方が寝ぼけまなこの私に発した今日最初の言葉がこれである。
「はぁ?」
何言ってんだぁ?・・こいつ、と思いつつ新聞を広げてビックリ!
すかさずTVをガチャガチャ。。
「あぁ、、、何ということだ!!」
自分、高校時代の前半はキャンディーズにのめり込んでいたんです。
実はファンクラブにも入っていたほどに・・・ (さすがに全キャン連には入ってないけど)
自分は蘭ちゃん派。。 ウチの男子高では、
蘭ちゃん派が40%くらいで、スーちゃん派が35%、美樹ちゃんは正直、少数だった。
キャンの人気はそれまでのアイドルとは違うものだった。
やれ永ちゃんだ、クールスだと言ってトサカのようなリーゼント頭の奴でも
「俺はスーちゃんだな」・・ とか平気で言うほどで、他の並のアイドルとは違う感情を持っていた。
彼女達は何故にあれほど人気があったのか・・・
当時、そんなこと考えたことは無かった。
今思うと、あの頃の他のアイドルとは違うものがあったように思える。
三者三様のキャラが立っていて、それぞれが際立った美人でも無い。
それぞれが手の届くくらいの存在の中でのアイドルであったから
仲間内でそれぞれ好みを共有できる楽しさがあったのではないだろうか?
この感じは後の”おにゃんこクラブ”や”モーニング娘”、今のAKBに続くものなのかもしれない。
ちょっと綺麗で、お姉さま風の蘭ちゃん・・・
ボーイッシュでなんでも話せる女友達風の美樹ちゃん・・・
そして、スーちゃんは・・・
癒し系で、どちからといえば可愛い妹タイプだったかもしれない。
男の好みの女性のタイプって、大まかに言えば
ポッチャリタイプの女性が好きなヤツと
スレンダーな女性が好きなヤツと別れると思う。。
当然、前者はスーちゃんであり後者は蘭ちゃんということになる。
自分は蘭ちゃん派だったが、親友はスーちゃん派・・・
この傾向はそれ以後も同じだった。 (^^ゞ
「普通の女の子の戻りたい」・・ 当時の流行語になるほどの名文句。。
実はこれ、かなり画期的なことだった。
70年代のアイドルは大人(プロダクション)たちが敷いたレールを、只ひたすら走るだけ
しか許されない時代に、初めて自己主張をしたのが彼女達だった。
ファンは怒るだろうと思われたが逆だった。
これが共感を呼び、怒るどころか最後はその潔さに感動し
以前よりも結束が固まり、最後の花道を飾ってあげようじゃないかという運動が大きくなって
今までチャート1位が無かった彼女たちの「微笑みかえし」が初の1位を獲得することになった。
![]() 伝説の後楽園球場の解散コンサートこそ行けなかったが、
蔵前国技館とかのコンサートもスーちゃん派の親友と行ったもんでした・・・
今となっては懐かしい貴重な高校時代の思い出になっている。
蘭ちゃん派ではあったけど、当然スーちゃんも好きでしたよ・・
ウチからもほど近い、千住大橋のたもとの釣り道具店の娘さんだった彼女。
気さくで陽気で飾り気のない魅力はやっぱり下町娘そのもの。。
同じ下町人間としてはもの凄く親近感を感じていた。
3人に中では一番エプロン、嫌、割烹着が似合う女性でした。
役者になってから良いおかあさん役が多かったのもある意味当然のことかも知れんません。
思い出は尽きないのだが、このままだと徹夜になってしまうので、ここらで止めときます。(^^♪
“スーちゃんお疲れさまでした。 安らかにお眠り下さい”
・・・ 合掌
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2011/4/24(日) 午前 2:09 [ ai ]
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本当にショッキングな出来事でしたね。
葬儀で流れたスーちゃんの語りは、涙が止りませんでした。
死が近づいているのに、震災の被災者への思いやり、スーちゃんの
優しさと気高さに心を打たれました。きっと天国でもあの笑顔で
皆を魅了することでしょう 合掌
2011/5/6(金) 午後 11:43
サリーさん
本当に優しい人思いの女優さんでした。
今頃は天国で夏目雅子さんとケラケラ笑ってるかもしれませんね。
2011/5/10(火) 午後 10:39