気と心と宇宙法則

難病で苦しむ人たちの力になりたい、と思っています。

サイ気療日記

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花粉症の季節になったが

花粉症の季節が来て、マスコミなどで、花粉症のことが話題になりだすと、いつも不思議に思う。
 
「どうして俺の所に来ないのだろう?」と。
 
 
なぜなら、サイ気療では、こんなに簡単に治る病気はないからである。
 
簡単に治ることにおいては、花粉症と痛みは、その双璧だろう。
 
 
なぜ、そんなに簡単に治るかと言うと、花粉症というのは、単に、鼻の中の、粘膜が炎症を起こしているからに過ぎないからである。(外に原因はない)
 
だから、花粉症は、私が、鼻の外から(鼻梁)の周辺を指で触っているだけでいい。(外には何もしない)
 
つまり、それだけで治る。(治るとは、完治するという意味。完治とは再発しない、という意味)
 
 
私が、指で触っていると、明らかに鼻の中の粘膜が炎症を起こしているのが、指先に伝わってくる。
 
そして、暫く、触っていると、その炎症を起こして硬くなった神経が軟らかくなる様子が、指先に伝わってくる。
 
と同時に、患者本人は、非常に気持ちが良くなる。
 
 
気持ちが良くなるというのは、炎症がなくなるということであり、炎症がなくなるということは、花粉症のイヤな諸症状もなくなりつつある、ということである。
 
だから、そういう時、本人は、ウットリした表情で、「気持ちいい」とか、「鼻が通ってきた」とか言う。
 
 
花粉症に限らず、病気というのは、神経が炎症を起こしているから、不快感があったり、痛かったりする。
 
炎症がなくなるから、気持ち良くなるのだ。
 
 
しかし、一口に花粉症と言っても、何年も何年も、同じ病気で苦しんで来て、慢性化したものや、つい最近症状が出るようになったものもある。
 
従って、花粉症になって、病歴が長ければ長いほどそれだけ、治療に要する時間もかかるし、反対に、つい最近発症した人など、極めて短時間に、簡単に治るが、いずれにしても、治ることは間違いない。
 
 
最近、1~3年くらいの間に花粉症になった人など、大体、1回、30分の治療で、完治する例が多い。
 
慢性の人だって、週1回30分、何ヶ月も通わなければ、治らないなんて、そんな難しいものじゃない。
 
 
だからと言っても、自分は歓迎されている、なんて勘違いしたら駄目だよ。
 
正直言って、私、花粉症なんて簡単な病気、あまり、興味はないんだよ。
 
興味がないと言うと、誤解されそうだが、病気として、チャレンジングでファイトが湧く病気ではない、という意味。
 
 
花粉症なんて、今日明日、特別命に別状ないような病気でも、目を真っ赤にして、鼻をズルズル垂らし、夜もろくろく寝れないなんて話を聞くと、つい、可哀想になって、声を掛けてあげようかと、と思っただけだよ。
 
それに、私は礼儀を知らない人は、嫌いだから、時々治療を断られる人もいることを、覚えておいて欲しい。
 
特に、金さえ払っていれば、なんでもしてくれる、なんて思って来るヤツは、一番イヤだね。
 
 
 
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プロアスリートと痛み

当時、体育会系の人は、短命、と言って、物議をかもしたのは、
 
「脳内革命」という本を書いて一世を風靡した、春山茂雄という人だった。
 
 
趣旨は、激しい運動をすると、活性酵素というものがでる。
 
この活性酵素が遺伝子を傷つけることによって、癌になる。老化も進む。
 
 
若いうち(25歳くらいまで)は、激しい運動をすることによって、活性酵素が大量に発生しても、SODという解毒酵素がどんどん出て来て、活性酵素を中和するから問題ないが、
 
25歳以降は、このSODをつくる力が落ちてくるから、激しい運動をすると癌にもなりやすく、老化も進む。
 
だから、中年以降は激しい運動はしない方がいい、というものだったと思う。
 
 
私は、春山さんのように医者じゃないから、科学的に、論理によって、説明することはできないが、神経、という点からしても、激しい運動は、あまり体によくないように思う。
 
サイ気療の経験からして、私は、そう思うのである。
 
 
理屈はわからないが、神経というものは、急激な動きには対応できないようになっているものらしい。
 
例えば、中学校高等学校でサッカーをしている少年達が、膝が痛いとか、腰が痛いとか、或いは、わき腹を痛めたとかいって、よく、私のところに治療にやってくる。
 
年齢が若く、しかも、痛めた直後に治療すると、割と簡単に治る(痛みがなくなる)のだが、
 
それにしても、治療に来た彼らに、痛めた時の様子を訊くと、決まって、そこを激しく動かした時に痛めている。
 
捻挫なんて言うのは、医科学的にどう説明しているのか知らないが、いずれにしても、関節の部分を激しく動かした時に痛みが発生しているのだから、私が言うところの、「神経は急激な動きには対応できない」の典型の例のようなものである。
 
 
最近でも、マラソンの野口みずき選手が、太股の炎症で、先日の大阪国際女子マラソンを棄権したとかいったニュース報じられていたが、
 
マラソンばかりでなく、プロのアスリートというものは、どんなスポーツでも、極限まで、その肉体を鍛えるところから、故障する人が多い。
 
故障する人が多い、というより、プロスポーツ選手というのは、殆どの人が、どこかに故障を抱えている、と言った方がよい。
 
 
だから、どの選手も、痛みを隠しながら、或いは、痛みと闘いながら、競技をしているのだが、
 
さらに、都合の悪いことには、一旦、若い時に痛めた神経は、引退した後も、折に触れ、時につれ、寒かったり、激しく動かしたときなど、痛みが出てくる。
 
プロ野球など、高額な年俸を貰う人がいるが、現役を退いた後の長い人生を、痛みに耐えながら、送らなければならないことを考えた時、果して、プロ選手という職業を選択をしたことが正しかったのかどうか、はなはだ、疑わしい、と言わざるを得ない。
 
 
プロスポーツの選手など、痛いとか言って、簡単に手術をしたりする人がいるが、手術によって、痛みが治るかどうか、治ったのかどうか、私は、はなはだ、疑問だと思っている。
 
なぜなら、その痛みが、骨などによって圧迫されてのものだったら、その圧迫している骨を削れば、痛みは治るはずだが、
 
先程来私が言っているように、プロスポーツ選手の痛みというのは、その殆どが、無理に激しく神経を動かした結果だとすれば、理窟から言って、手術によって骨を削っただけで、痛みがなくなるはずない。
 
それは、手術をした、殆どのプロ選手が、その後早々に、引退に追い込まれている事実からしても、明白である。
 
 
私は、このような、激しい運動によって生ずる痛みも、他の病的な痛みと同様、その神経の中を通る「気」の分量が不足するからではないかと、思っている。
 
「気」が不足してなるものは、その不足しているものを補ってやる以外に、治す方法はない。
 
 
私が、サイ気療によって、痛みという痛み、どんな痛みでも治せる、という事実は、どんな痛みでも、「気」が不足することによって、発生する、ということの証拠のようなものである。
 
 
野口みずきさんも、私のところに来れば、大阪女子マラソンを欠場しなくて済んだのではないかと思うと、誠に残念ではあるは、
 
かといって、首に縄をつけて引っ張ってくるわけにはいかないし、こういうことは、本人が、その気にならない以上、どうしようもない。
 
 
 
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大病をして苦しんでいる方へ(結)

本稿は、本来、一つのものとして作られたものですが、文があまりに長くなりすぎた為に、幾つかに分割して投稿するものです。今回が最終回です。これまでの分と併せ読んで頂ければ幸いです。
 
 
 
 
ところで、天風会の会員は、皆、天風誦句集というものを持っている。
 
「誦句」というのは、平素、常に称える言葉という意味である。
 
その中に、坐右箴言(常に、手元に置いていて、称える言葉という意味)と称される、次のような誦句がある。
 
 
「私は最早何ごとをも怖れまい。それはこの世界並びに人生には、いつも完全ということの以外に、不完全というもののないよう宇宙真理ができているからである。
否、この真理を正しく信念して努力するならば、必ずや何ごとと言えども成就する。
だから、今日からは如何なる事があっても、又如何なることに対しても、かりにも消極的な否定的な言動を夢にもするまい、又行うまい。そしていつも積極的で肯定的の態度を崩さぬよう努力しよう。
同時に常に心をして思考せしむることは、人の強さと真と善と美のみであるよう心がけよう。
たとえ身に病があっても、心まで病ますまい。たとえ運命に非なるものがあっても、心まで悩ますまい。否一切のくるしみをもなおたのしみとなす強さを心にもたせよう。
神と直接結ぶものは心である以上、その結び目は断然汚すまい事を、厳かに自分自身に約束しよう。」
 
私が、長いこと意味がわからなくて、最近になってようやくはっきりしてきたことがある。
 
それは、誦句後半の「たとえ身に病があっても、心まで病ますまい。たとえ運命に非なるものがあっても、心まで悩ますまい。」というところである。
 
つまり、これまでは、身に病があったり、運命に非なるものがあった時、果して、心まで悩ませないでいることが出来るのだろうか、そんなことが本当にできるのだろうか、と思っていたのである。
 
 
天風さんは、上で言っているように、「右にあった心を左にもってきて、左あった心を右にもってきて、それでさらに空にもっていっちまいさえすればいい」、と言っているが、
 
ということは、即ち、心機の転換が出来るようになれば、そういうことができるようになる、という意味なのです。
 
つまり、心機の転換ができるようになると、「たとえ身に病があっても、心まで病ますまい。たとえ運命に非なるものがあっても、心まで悩ますまい。」ということができるようになる、ということである。
 
 
だから、天風先生の心身統一法の目的は、心機の転換が自由にできるようなること、と言っても過言ではないのです。
 
つまり、心身統一法というのは、「たとえ身に病があっても、心まで病ますまい。たとえ運命に非なるものがあっても、心まで悩まさない」というような強い心を作ることを目的としている、と言ってもいいのです。
 
言い換えると、「天の声」が聞こえるようになって、神人瞑合が果せるようになると、心機の転換が出来るようになって、
 
心機の転換が出来るようになれば、「たとえ身に病があっても、心まで病ますまい。たとえ運命に非なるものがあっても、心まで悩まさない」ような強い心になれる、ということなんです。
 
私が、信じられなかったのも、そして、貴方たちが、いまだに、「そんなことが、人間にできるのだろうか」と疑っているのも、それは、神人瞑合が出来なくて、心機の転換が簡単に出来ないが、ためなのです。
 
 
天風先生は、同じことを、言葉を変えて、「安定打坐考抄」という本の中で、次のように言っています。
 
「而して、斯くの如き悲しむべき矛盾(文明が進めば進むほど、精神的にも肉体的にも不健康者が増えるという矛盾)は、詮ずる処、人の多くが、天性の本明たる本性を没却して徒に人智の無明裡(自己中心的な生き方)に彷徨(うろつく)からである。
故に、吾人は、これらの事象に鑑みて、常住(常日頃)およぶ限り天性の本明に還り、人智の無明を解脱し、その生を終わるまでは、人間生得の本分たる、神善美の遂行をなし、健康及び幸福の獲得を現実にすることを努めなければならない。」
 
 
「天性の本明」とは、私達が、この世に出てくる前にいたところ、という意味です。
 
私達がこの世に、そこから出てきたところ、ということからして、そこは、私たちの、命の故郷とも言うべきところなのです。
 
故郷だから、私達の命が、最も安心して過ごせる場所なのです。
 
 
つまり、私たちの心が本当に安心して過ごせる場所は、この世に出てくる前にいたところしかないから、常に、「天性の本明」、つまり、心のふるさとに還り、心を休めるようにしてやらねばならない、と言っているのです。
 
だから、「天性の本明に還る」とは、瞑想して、無念無想になり、神人瞑合を果すことによって、宇宙エネルギーが充満している世界(天の声が聞こえるところ)と合体融合する、という意味なのです。
 
つまり、そうする以外に、望ましい健康や運命を獲得できる方法は、外にない、ということを、天風先生は、言わんとしているのです。
 
 
 
 
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大病をして苦しんでいる方へ(4)

本稿は本来一つのものとして作られたものですが、あまりに長文になり過ぎたため、幾つかに分割して投稿するものです。今回はその4回目です。これまでの分、そしてこれからの掲載を予定している分、併せてお読みいただければ、幸いです。
 
 
 
「天の声」と「霊的境地」の関係について、天風先生は、次のように言っています。
 
「そうしたら一体どうなるんです?‥‥いえ、天の声を聞いたらどうなるんです?」と言ったらね、
ジーッと私の顔を見て、
「それまで聞かなきゃわからないほどの馬鹿だとは思わなかった」
「けど、わかりません。何と言われても」
「そうか。じゃあ教えてやろう。何の音も聞こえない、その天の声を聞いたときに、人の命の中の本然の力がわきでるんだ」と、こう言いましたよ。
「本然の力がわきあがる?ええっ!」
これには私、ビックリしちゃったよ。
何だか知らないけれども、パーッと命の本当の力がわきあがってくる。我々の今まで知っていた医学のほうでは、いわゆる再生力と言うか、リバイバルの力と言おうか、それがそうした場合にでるとははっきり教えてないけど、それでも人間の命の中にそういう力があるということは、おぼろげながらにも我々の知識の中にあった。それが、そういう場合に生じると言われたんで、そらもう愕然としちゃったんだ。
その時笑いながら先生はこう言った。『ま、しかしね、そんな難しいことは後でゆっくり考えたらいい、考えなくてもわかる時がくるからな。その事実がおまえをうなずかせるから』―たしかにうなずけるような事実がありました。というのは、しばしば無心になるにしたがって、グングン体の調子がよくなってきたんです。」
 
貴方達が、最もわかりにくいところが、天の声が聞こえるようになったら、つまり、無心になれたら、「命の中の本然の力がわきでる」、と言っているところじゃないかと、思いますが、
 
ここは、私は、これまでの、怒りとか怖れとか悲しみといった消極的な考え方の影響を受けて、心が萎縮し、人間の命を保ってくれている、神経系統の生活機能が弱っていたものが、天の声が聞こえるようになったことによって、負わされていた負荷が解放され、神経系統が、再び、本来の力を取り戻したことを意味している、と思っています。
 
或いは、又、天風先生は、信念が強くなれば、潜在意識の中から潜在勢力というものが、心の表面に現れてくる、と言っていますから、そのことを言っているとも考えられます。
 
どちらにしても、同じことです。
 
 
天風先生とカリアッパ師の会話を、このまま、続けることにします。前からの続きです。
 
「『ま、ゆっくり考えなくてもわかる時がくるから。どうだね、その雲を見入ってウットリとなったときだな、ふだん、おまえさんの心に張り付いている死に対する恐怖念や、病からくるいろいろの苦痛、しょっちゅうおまえが私に息苦しいの、いや、今にも息がとまりそうだの、それからもう何ともやるせない寂しさを感じますと言ったあれ、あれを、おまえ心に考えたかい』
『それはぜんぜん考えませんでした』
『そうだろうなあ。すると、その雲の中に心が溶け込んでいるあいだは、おまえさんは肉体に病があっても、ないと同様に命は生活をしているということだな』
『そうです』
『そうですとわかったら、これからできるだけ心を、病からも、あらゆるものからも離しなさい』」
 
少し、途中を飛ばします。
 
「とにかく人のことじゃないぞ。自分のことだ。すべてが心だ。だから、肉体の病は肉体だけのものにして、心にまで迷惑をかけるな。
心に迷惑をかけたくなけりゃ、時にふれ、折りにふれて、心に天の声を聞かせるようにしろ。つまり、声なき声のあるところこそ、心が本当にやすらぐ場所だ。たまには心をやすませてやれ。そこに心をやすませてやると、いっさいの迷惑が心にかからない。すると、心はすぐに本然の力が命の中で働き出すようにしてくれる。わかったか。
涙がボロボロでたんだ、私、ここにきて。
ああ、外国の大学まで出て、しかも成績が主席で、こんなありがたいことがわからず今まで来た。なんて俺はたわけの、大ばかだったのだろう。そのたわけの大ばかでも天はやっぱり救ってくださろうとして、今月今日、ただいまこの時、この人の口からこういう尊いことを私の心にささやかれるのかと思ったら、涙がボロボロ出たんだ。」
 
「涙がボロボロ出た」と言っています。
 
「涙がボロボロ出た」と表現していますが、ここで、天風先生は、本当は、「悟りを開いた」、と言いたかったのだと思います。
 
少なくても、ここに、天風哲学に精髄が詰っており、後になって天風先生が、心身統一法を創建する原点が、ここにあると言ってもいいのです。
 
 
私が、そう主張する、根拠とも言うべきものが、次ぎの会話の中にもあります。
 
「それから以後は、心をただ天の声と同化させることだけを、折あるごとに、時あるごとにやった。
とにかく私が今日あるをいたした命の転機、パーッと命のなかのすべてが取りかえられた、いわゆる命のコンバージョン(転換)は、静かに考えてみると、まさにこの心のもち方、現代語でいうと、現実に心機転換が行なえるようになって以後です。
つまり、心機の転換を現実にすりゃいいんで、右にあった心を左にもってきて、左あった心を右にもってきて、それでさらに空にもっていっちまいさえすれば、それでいいわけなんだ。その時に人間の生命の力というのがいちばん働くんだ。」
 
「天の声」が聞こえるようになってはじめて、神人瞑合ができるようになり、神人瞑合ができるようになって、無念無想になれるようになり、無念無想が、随時随所どこでもできるようになって、心機の転換が自由にできるようになる、ということになります。
 
つまり、自由な心機の転換こそ、天風先生の心身統一法の最終的目的と言っていいのです。
 
 
 
 
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大病をして苦しんでいる方へ(3)

本稿は、本来一つのものとして作られたのですが、あまりに長くなりすぎた為に、幾つかに分割して投稿するものです。今回はその(3)ですが、これまで同様、明日以降も、併せ読んで頂ければ幸いです。
 
 
 
 
命の中に取り込む「気」の分量が不足するから、病気になるのだが、その「気」を十分に取り込むのに、障害になっているのが、心の持ちようなんです。
 
私たちの体が空(気)から出来ているとすれば、それが充満している世界と、心を同じ状態(空の状態)にしてやりさえすれば、空の世界から、どんどん、「気」が私たちの命の中に流れこんで来るのですが、
 
なぜ、私たちが、心を空にすることが難しいかと言うと、それは、雑念妄念というものが、心が空になるのを邪魔しているからなんです。
 
天風先生も、こう言っている。
 
「雑念妄念はね、神人瞑合を直接に妨害する一大障害物なんだ。雑念妄念さえなけりゃ、特別なことをしなくたって、人間の心と宇宙霊とは結びつくようにできているんです。」
 
 
それでは、雑念妄念を追い払って、心を空にするにはどうしたらいいか?というと、
 
天風先生は、心を霊的境地に置けばいい、と次のように言います。
 
「霊的境地というのが三昧境(無念無想の極致)。この霊的境地に心が入ると、いわゆる宇宙本体の根本主体と人間の生命が一体化するのであります。これを神人瞑合ということはすでに知っているね。心が霊的境地に入るとね、宇宙本体の持っている万能的な英知が人間の心に受け入れられるのであります。受け入れられるとその結果どうなるかというと、だれに教わらなくても、いわゆる大悟徹底、宇宙真理が正しく悟られる、自覚せしめられるという境地に入れる。
この境涯が、心身統一法でいう安定打坐法の目的であると同時に、それが非常に難しいと思われている坐禅の目的でもある。」
 
「しかしねえ、厳密な意味からいくと、人間というものはその本姓において、知る、知らざるとを問わず、宇宙本体と自分の生命がいつも一体化されるようにできている。宗教的に言えば神、仏のもつ知恵、哲学的に言えば宇宙創造の知恵も、当然人間の心に一つのつながりをもっているわけなんだ。ちょうどそれはね、電燈と発電所の発電機がつながっているのと同じだ。
さて、そう考えついたら、こういうことが言えるんだ。電燈はスイッチをひねると燈がつく。スイッチをひねらないかぎりは燈がつかない。人間もまたこれと同様で、宇宙の本体である造物主、いわゆる神と人間とを結び付けるのにも、やはり結びつけのスイッチというものがあるわけです。そのスイッチがどこだというと心なんであります。もっとわかりやすく言うと、心を特別な状態にすると、造物主と人間の生命がピターッとつながっちゃう。電燈と発電所の発電機とつながるようなふうにね。
それじゃ、特別な状態とは心をどんな状態にするかというと、英語でいうとトランスの状態にする。トランスとは無念無想ということ。」
 
心を霊的境地(無念無想の状態)に置きさえすれば、つまり、スイッチをひねれば、電燈と発電所が結び付くように、宇宙の根本主体と人間の命が繋がる、と言っています。
 
ここでは、単に、「宇宙本体の英知が人間の心に受け入れられる」と言って、英知の事しか言っていませんが、
 
人間の命と宇宙本体が一体化すれば、「気」が入ってくるわけですから、「気」の中には、英知とともに根本エネルギーも含まれているから、英知と同時に、宇宙エネルギーも又、人間の命の中に、受け入れられるというわけです。
 
 
それは、別のところで、天風先生が、心と宇宙エネルギーとの関係について、次のように言っていることから、よくわかります。ブリルとは、宇宙エネルギーと同じ意味の言葉です。
 
「さて、宇宙のいっさいをつくる根本要素であるブリル、そのブリルの実在するところが、宗教的に言えば、神、仏のいますところとなっている。特別にこういうところにいるってんじゃないんだ。くまなく遍満存在しているわけだ。我々が坐っているところにも神、仏はいましている。ただ、心が霊的境地に入らないと、人間の生命がその一つの特別なアトムスフェア(雰囲気)の中へフーッと導き入れられないという結果がくるんです。
ところが、心が肉体を思わず、心を思わないという霊的境地に突入すると、スーッとこのブリルと自分の生命が一つのものになっちまうんだ。一つのものになれば、同じものなんだから、我々の命の中にブリルがグングン流れ込んでくるのは当たり前です。スポンジを水の中につけたと同じなんだ。スポンジの細胞組織の中に水がみんなしみ込むのと同じ結果がくる」
 
 
心を霊的境地に置けば、宇宙エネルギーが私達の命の中に流れ入ってくるのだとすれば、次に問題となるのは、どうしたら心を霊的境地に置くことができるか、ということになりますが、
 
先に、心が霊的境地に入るとは、どういうことなのか、ということから説明します。
 
このことについて、天風先生は、「天の声」が聞こえるようになれば、心が霊的境地に入れる、と次のように言っています。
 
「心に使われない、心も使わないでいて、空の心になっている時に天の声が聞こえるって言うけど、なんにも聞こえないじゃないか。あの先生、うそを言ったのかしら。
そこで、その夕方の帰り道、また質問した。
これこれこうでもってー『雲を見て、フーッと気がついたら無心でいたんですけれど、無心でいたときに天の声、聞こえませんでしたが』って言ったらね、
『ハッハッハッ、聞こえているのに聞こえないのかい』
『えー?』
『それが天の声だよ』
『天の声とは声なき声よ(abusolute stillness)』と英語で言ってくれました。
これは日本語で言うと、『絶対のしじま』ってことね。なーんにも聞こえない、それが天の声だ。」
 
天の声とは、声なき声と言って、なんにも音が聞こえないかのように言われていますが、私には、いつでもどこでも、今こうして、パソコンのキーボードを叩いている時でも、頭の中の耳の辺りで、シーンとジーンとの中間のような、音が響いています。
 
私は、これが、天風先生が言っている「天の声」だと思っています。
 
というのも、そういう音が聞こえ始めると同時に、「気」が、私の命に流れ入って来るのを感じるようになり、又、そういうことを契機にして、サイ気療もできるようになったからです。
 
この「天の声」に関しては、天風先生とカリアッパ師の間で、次のような会話が交わされていることからして、私は、そうだと、思っています。
 
「天の声って何ですか?」
「天の声と言やあ、天の声だ」
「天に声があるんですか」
「ある」
「へえー、こら初めて聞いた」
「そうだろうな。知らないようだ。知らなきゃ初めてだな」
「しかし、先生、それを聞いたことがあるんですか」
「のべつ聞いているよ、私は」
「のべつ聞いているよ。現にこうやって今おまえと話している間も聞いているよ」
「あれですか、先生がのべつ聞いている天の声というのはどこの国の言葉です?」
「どこに国の言葉という言葉じゃない。声だよ」
「声といって、言葉の声じゃないんですか」
「音だよ」
 
カリアッパさんが、「(天の声を)のべつ聞いているよ、私は」と言っていることと、「(天の声とは)音だよ」と言っているところから、私は、断然、天の声とは、私がのべつ聞いているジーンとシーンとの中間のような音だと思っています。
 
 
 
 
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