気と心と宇宙法則

難病で苦しむ人たちの力になりたい、と思っています。

教育・政治

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アラブ人と鳩山外交

私は、約2年間、プラント建設工事の仕事で、地中海に面した、アルジェアという国にいたことがある。
 
 
その現場には、最盛期で約300人くらいの現地人がいた。
 
だから、日本人技術者、タイ人労務者を含めると、約500人にものぼった。
 
色々苦労もあったが、中でも、とりわけ厳しく、心を痛めたことは、様子のつかめない現地人労務者の労務管理だった。
 
 
彼らの人となりを聞かれれば、「アラブ商人」という一言で言い尽くせると思う。
 
どういうことかと言うと、日本人みたいに、額に汗して勤勉に働く、という精神風土が、全くない、国民ということである。
 
 
アラブ商人だから、建設現場に仕事に来ていても、そこに来ている仲間たちと情報を交換し合い、商売になる情報を仕入れて、頭を働かし、労せずして、大きな利益を得ることが、賢い立派な人間だと、考えている風だった。
 
要するに、あんまり、働かないのだよ。
 
 
今はどうか知らないが、当時は、アルジェリアという国は、社会主義国だった。
 
だから、労働組合が大切にされていて、例えば、労働者一人を解雇することだって、会社側が一方的に解雇することは出来なく、労使交渉を経て、労働組合の合意が得られなければ解雇はできなかった。
 
 
私は、会社側責任者(現地人責任者がいたが)として、そういう労使交渉の場に、常に立ち会った。
 
アラブ商人、ということとも関係するのだろうが、そういう場における、彼らの交渉術の巧みなことには、正に、舌を巻く思いがしたものである。
 
悪く言えば、「すれっからし」、と言うのだろうか、とにかく、自分が不利になるようなことは、言を左右にして絶対に認めようとしない。
 
彼らは、日本人のように、「自ら非を認めて謝罪すれば、許してやろう」なんて、考えは全く通用しない国民だった。
 
 
そういう、アラブという国民性を理解することなしには、昨今の中東の政治情勢を、本当に理解することは、不可能だと思う。
 
 
例えば、彼らの世界では、対立する国を激しくののしりながら、常に、裏で妥協することを考えているとか、
 
或いは、敵対関係と見せかけつく、裏で、手を握っているといった、政治的駆け引きは、日常茶飯事の事と、思わなければならない。
 
 
例えばの話だが、
 
今、アメリカと、イランは、イランの核開発疑惑を巡って激しく対立しているように見えるが、これも、うわべだけの見せ掛け、芝居であって、
 
いつ、どこで、妥協して、イランと米国との平和条約が結ばれるかわからない、と考えるのが、あの地域の政治情勢を考える上では大事なこと、と思う。
 
 
ところで、4月10日の読売新聞によると、鳩山元首相が、イラン国を訪問して、アフマディネジャド大統領と会談したことを伝えている。
 
そして、会談の後、イラン政府は、鳩山元首相が、「国際原子力機構(IAEA)がイランを含む特定の国に二重基準的な対応をとっていることは不公平だと語った」と発表した、という。
 
 
このイラン政府の発表に対して、鳩山氏は、「捏造だ」と言っている。
 
読売新聞によると、鳩山氏の反論の要旨は次のようになる。
 
「鳩山元首相は9日、イランのアフマディネジャド大統領と8日に会談した際、国際原子力機関(IAEA)を批判する発言をしたとイラン大統領府が発表したことについて『完全に捏造記事であり、大変遺憾だ』と述べ、訂正を申し入れる考えを示した。と国会内で記者団に語った。」
 
 
捏造だったことは、間違いないにしても、総理大臣在職当時、「友愛」とか訳のわからない観念論で私たちを煙に巻いていた、平和ボケした国の、能天気おじさんが、
 
自分の身を守る為なら、平気でウソをつき、人の物を盗んでも、神様からの授かり物だ、と考えるような、世知辛い人々が住む国に行ったら、結果はどうなるか、行かぬ前からわかっていたことである。
 
おそらく、アフマディネジャド大統領も含めて、彼らは、最初から、鳩山さんを利用するつもりで、招いたに違いない、と思う。
 
 
鳩山さんは、総理大臣のころから、「宇宙人」と言われ、何を考えているかよくわからない人だったが、総理大臣を辞めた以後の行動も、考えれば考えるほど、よくわからない人である。
 
ひっとすると、彼は、何も考えていないのかもしれない。
 
 
 
 
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エリート教育(結)

本稿は、本来、一つのものとして作られたのですが、長くなりすぎた為に、幾つかに分割して投稿するものです。今回は、第3回目、最終回です。これまでの分と併せて読んで頂ければ、幸いです。
 
 
 
 
なぜこういった、菅さんみたいな、見識のない人間が総理大臣にまでなったか、と言うと、安岡先生は、その原因は、明治維新後の教育制度にある、と次のように言います。
 
次は、「運命を創る」という本の中からの引用です。
 
「それはどういうものかと申しますと、つまり、幕末にペルリの来航を始めと致しまして、日本は西洋近代の科学技術文明に驚嘆した。その驚嘆は恐怖になり、恐怖はまた一面において畏敬になり、一面において反省になり、あるいは負け惜しみとか、今日申しますとインフォリオリティ・コンプレックスというものの最も深刻な、最も大規模なものを明治の人達は体験したわけであります。
そこで、なにはともあれ、西洋に負けない近代文明をつくり上げなければならぬ。それこそスターリン、フルシチョフのように、追いつけ追い越せです。何とかして一刻も早く追いつき追い越さねばならぬ。
それには人材が要る。けれども、そんな有能・有用な人物をいっぺんにつくるわけにはいかない。これは大学でしかつくれない。そこで急いで大学の予備校をつくった。これがいわゆる高等学校。その予備教育を中学においてやる。その基礎教育、初歩教育を小学校でやる。つまり、上は大学から下は小学校まで、明治教育は、学校教育を主眼として、その学校教育においては、西洋近代文明の模倣・再現に役立つ知識・技術を早く修得させるーこういうことになったわけです。」
 
「そこで、学課から目的から皆そういうことになりまして、人間を養う、徳性を磨くというようなことは付け足しになってしまいました。まあ、一週間に一回、月曜の朝くらいに、校長先生が修身の教科書をぼそぼそと話をするだけということになったわけです。およそ、これくらいおもしろくないものはありませんでした。我々(安岡先生)もそういう教育を受けた。そして、修身の時間というと、たいてい、あくびばかりしておったものです。」
 
 
明治31年生まれの、安岡先生にして、修身の時間は、退屈で、あくびばかりしていた、というから、後生の人たちは、推して知るべし、と言うべきでしょう。
 
 
「人間には、(これは人間学の根本問題の一つですが)、人間として持っていなければならない根本要素ともいうべきものがあって、大きく分けると二つある。第一は、これがなければ、人間の格好をしていても人間ではない、これがあるから人が人である、という本質的要素があります。それから(もう一つは)、あればあるに越したことはないが、ある、ない、というのは多少の程度の差で、これを前の本質的要素に対して言うならば、付属的要素というべきもの。そしてもう一つ加えれば、本質的要素に関連するもので、習性、つまり、習い性となる習性というものがある。第一の本質的要素が、人間の道徳性、つまり徳性というものです。
第二の付属的要素の代表的な二つのものが、知識・技能であります。それから第三の徳性に準ずべきものが習性、即ち躾(しつけ)というものです。」
 
 
安岡先生は、ここで、教育で最も大切なことは、人間として持っていなければならない根本的要素、つまり、徳性だと言っていますが、
 
天風先生は、安岡先生と同じことを、「宇宙法則」、と表現しています。
 
「宇宙法則」とは、つまり、人間として、必ず、その法則に従って生きなければならないものであって、その法則に沿って生きてないから、病気になったり、不幸に見舞われたりするのだ、と言っています。
 
安岡先生は、「徳」と言っていますが、これを、「宇宙法則」と置き換えても間違いではないと思います。(「徳」、と言うより、「宇宙法則」と言った方が、わかりやすいのでは)
 
 
この「徳」、つまり、人間が人間としてあるべき根本要素とは、どういうものであるかを、研究し、人生、如何に生きるべきか、その方針を指し示したのが、いわゆる東洋の人間学であります。
 
もっと、砕いて、これを言うならば、東洋の人間学とは、論語であったり、朱子学であったり、陽明学であったりするのです。
 
つまり、これらは、人間に如何に生きるべきか、特に、指導者はどうあるべきかを論じた哲学、つまり、人間学、ということになります。
 
 
余談になりますが、
 
安岡先生は、この人間としてあるべき根本要素さえ、しっかりできていたら、次ぎの第二の付属的要素である、知識・技能は、黙っていても、後から付いてくる、と言っています。
 
 
安岡先生を続けます。
 
「ところが明治の教育というものは、学校教育一本ということになりまして、昔、徳川時代の各藩における学校、郷学、そういう多様性というものがなくなってしまって、非常に単一になって、そして大事な本質的要素、つまり、人物・徳性というものは修身の時間に教えるようなものだけになって、これがほとんど話しにならんことになってしまった。まだ、いくらか躾(しつけ)というものが残りましたが、(明治以後は)全力を挙げて知能教育、技能教育、すなわち知識・技術教育ということになってしまった。」
 
ここで、安岡先生が、「昔、徳川時代の各藩における学校、郷学、」といっているのが、西郷さんや、大久保利通や、大山巌や、東郷平八郎らを育てた、薩摩の郷中(ごじゅう)教育に相当するものだろうと思います。
 
薩摩の郷中教育もそうですが、明治維新の頃までの教育と、それ以後の修身教育との相違点は、生活の中で、人いうのはどう生きるべきかを教えられたかどうか、つまり生活即教育であったか、そうでなかったかではないか、と思います。
 
 
こういう人間学、つまり、トップとしての訓練が何もなされていなかったため、その人間的未熟さを露呈してしまったのが、この度の東日本大震災における、菅直人前総理大臣ではなかったか、と思うのであります。
 
 
しかし、国であろうが、会社であろうが、その組織が栄えるか否かは、全て、トップの人間性に左右されている、つまり、トップの人格如何にかかっている。
 
 
このことを、朱子という人は、「大学」の中で、次のように言っている。
 
「国は一人を以って興り、一人を以って亡ぶ、小人に国家を治めせしめれば、災害並び至る」
 
また、ナポレオンも、次のように言っている。
 
「百匹のライオンを一匹の羊が率いるより、百匹の羊を一匹のライオンが率いる方が強い」
 
そして、「企業とは何か」という本を書いた経営学者のドラッガーは、
 
「経営者がなさねばならぬ仕事(知識・技術)は学ぶことができる。しかし、経営者が学び得ないが、どうしても身につけていなければならない資格が一つある。それは天才的な才能ではなく、実にその品性である」と言っている。
 
 
上で、安岡先生が言っているような、指導者を育てる教育、つまり、エリート教育のことを、帝王学というのだが、
 
菅さんみたいな総理大臣が、今後、出てこないようにするためにも、今、我が国に求められているのは、このエリート教育、つまり、帝王学の復活ではないだろうか。
 
 
 
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エリート教育(2)

本稿は、本来、一つのものとして作られたのですが、長くなりすぎた為、幾つかに分割して投稿するものです。今回はその2です。前回および、これからの分も併せてお読みいただければ幸いです。
 
 
 
 
中村天風先生は、「成功の実現」という本の中で、「どこまでもまず人間をつくれ。それから後が経営であり、あるいは事業である」と言っています。
 
「まず人間をつくれ」とは、どういう人間になれ、と言っているのかというと、それは病気にしろ、運命にしろ、人生で、どんな事態に遭遇しようとも、泰然自若として、いささかも動揺しない強い心の人間になれ、という意味なんです。
 
 
さて、話しは変わるが、
 
私の事務所は、鹿児島市の加治屋町というところにある。
 
 
すぐ近く、50メートルと離れていない所に、大山巌さんの生家跡があって、大きな石碑が建っている。
 
西郷隆盛と、大山巌は、従兄弟同士だったせいか、大山の直ぐ近くに、西郷隆盛の生家跡がある。
 
大久保利通の生家跡も、西郷さんと100メートルも離れてなくて、おそらく当時は、隣接した敷地だったのではないか、と思われます。
 
東郷平八郎の生家跡も、大山巌や大久保利通の生家ほど近くはありませんが、同じ加治屋町で、西郷さんや大久保さんと、500メートルも離れてない所にあります。
 
 
ということは、明治維新の頃の錚々たる偉人が、何人も、わずか半径500メートルの円の中から生まれた、ということになります。
 
 
偶然ではないか、と言う人もいますが、彼らが育った教育環境を知れば、それが、決して偶然ではないことが、よくわかります。
 
 
当時、薩摩藩には、郷中(ごじゅう)教育といって、村落ごとに区切られた、いわば青年団組織のようなものがあり、そこの年長者達(青年)が、集落の幼い子供や少年達を教育指導したと言われています。
 
郷中教育では、論語の素読とか、示現流という薩摩独特の剣法の訓練が行われましたが、
 
特に、教育の中味を窺い知る上で、最も、参考になるのが、郷中教育の基本方針となった、次のような標語だろうと思います。
 
1、負けるな
2、弱い者をいじめるな
3、ウソを言うな
4、議(理窟)を言うな
 
こういった、いわば精神教育によって、西郷や、大久保、大山巌、東郷平八郎といった人たちの人格が作られ、何ごとが起きても、泰然自若、いささかも取り乱すことなく対処できるような人格が作られたのだろうと、思います。
 
 
安岡正篤先生は、明治維新の頃まで、我が国で、教育と言えば、全て、このような精神教育だけだったと、「運命を創る」という本の中で、次のように言っています。
 
「今日の、ことに戦後の学校教育は非常に機械的になりまして、単なる知識や技術ばかりに走り、例の○×式の試験方法なども人間の機械化を一層促進いたしました。ですから、近来の学校卒業生には、頭がいいとか、才があるとかいう人間はザラにいますが、人間ができているというのは、さっぱりいない。そのために、下っ端で使っている間はいいが、少し部下を持たせなくてはならないようになると、色々と障害が出るといったありさまです。」
 
菅直人前総理大臣なんか、東京工業大学を卒業しているのですから、一応、才はあるといっていいのでしょうが、トップとして、必ず持っていなければならない、徳(人格)がなかった、と言うべきでしょう。
 
安岡先生を続けます。
 
「人間というものを教育するには、従来のような機械的・功利的なことではいけないので、もっと人間の本質、徳性を養うという、いわば人格教育・道徳教育というものが根本になければならない。特にその点において、明治以来、日本は非常に過ちを犯しまして、人間教育をおろそかにした。知識教育・技術教育を主にして来たので、非人間的な知識人、非人間的技術者、つまり、人間のできてない知識人・技術者というものが続出した。これが日本をすさませ、堕落させた大いなる原因の一つとなった。」
 
菅前総理大臣は、ここで安岡先生の言われる非人間的知識人、非人間的技術者の典型的な例と言ってもいいでしょう。
 
私が、ここまで、菅さんをこき下ろすには、次のような理由があるからです。
 
このことについては、安岡先生の「活眼 活学」という本の中から、引用させていただき、私の言葉に代えることに致します。
 
「人物の器量を測るには、その人の応待辞令をみれば、わかると言われます。
応待辞令の応待とは、いろいろの問題に応じ、かつその問題をきびきび処理していくことであります。また、辞令とは、適当にそれに対して自分の考えを表現していうことであります。ところが、昨今は人物の修養が足りないものですから、応待辞令がまずくなりました。」
 
平たく言えば、応待辞令とは、物事を処理して行く時の態度と、言葉と言ってもいいでしょう。
 
「日本人は外国語が下手だから損だという声もありますが、これは通訳を使えば補えますから、言葉の自由とか不自由という問題を超越した、即ち人物ができているかどうかの問題であります。
お互いに相対して坐りますと、もうそれだけで、この人はできている、あるいは軽薄だというようことが大体わかるものであります。まして物を言うということになりますと、できた人物の言葉には、必ず、味があります。反対に、できておらぬ人の言葉には、たわいのないことが多いものです。
だから、この応待辞令が非常に大切であります。ところが、こうなると甚だ微妙なデリケートな問題で、俄(にわか)仕立てではどうにもなりません。平素の修養、教養に待つほかありません。特に学校では応待辞令についてちっとも教えませんから、大学を出ても本当の学問的修養をしておらない人は、人間的にまずいのであります。」
 
 
いつだったかは忘れましたが、菅さんが、総理大臣になりたての頃だったと思う、日本でサミットがあって、中国の胡錦濤が来日して、首脳会談が始まった時のことである。
 
なんと、菅首相は、胡錦濤と、向き合って、会談しているのに、メモを見ながら挨拶をしていた。
 
これには、私もビックリしたが、ビックリしたのは私ばかりではなかったらしい、
 
政治学者で東大教授の山内昌之氏は、あの光景を見ていて、菅さんの政治家としての使命は終わった、つまり、総理大臣としての資格はない、と思ったらしい。
 
誰も見てないところで、二人だけで対談した時、ということなら、まだ許せるとして、テレビカメラが回っていて、全国民が、否、全世界が注目している中で、堂々とメモを見ながら挨拶するとは、一体、どういう神経なのだろう、と私は、その時、思ったものである。
 
 
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エリート教育(1)

本来この稿は、一つのものとして作られたものですが、長くなりすぎた為に、幾つかに分割して投稿するものです。今日は、その第1回目です。今後の分も併せてお読みいただければ幸いです。
 
 
 
去る2月29日(水)の読売新聞、一面、編集手帳には、次のようなことが書かれていた。
 
「日露戦争で満州軍総司令官を努めた大山巌は、茫洋たる人格で知られた。『今日は大砲の音がしもうすが、どこぞで戦が(いくさ)がごわすか』。参謀本部にふらりと現れて、尋ねた逸話が残っている。」
 
この個所を、ウィキペディアによって補足すると、日露戦争の河沙会戦で苦戦に陥り、総司令部の雰囲気が殺気立った時、昼寝から起きてきたような(わざと、昼寝から覚めたような格好をして出てきた)大山さんの、このとぼけた言葉によって、部屋の空気がたちまち明るくなり、皆が冷静さを取り戻した、とある。
 
編集手帳の中からの引用を続ける。
 
「ぼんやりした人ではない。幕末には自身で大砲を設計し、戊辰戦争で各地を転戦した戦略戦術のプロである『戦場の名言(草思社刊)』によれば、のちに孫から総大将の心構えを聞かれ、『知っちょっても知らんふりすることよ』と答えている。」
 
「言うべくして難しい。福島の原発事故で独立検証委員会(民間事故調)が報告書をまとめた。
『必要なバッテリーの大きさは?縦横何メートル?』菅直人首相(当時)は緊迫した修羅場で、自らの携帯電話で担当者に確認していたという。『首相がそんな細かいことを聞くのは、国としてどうなのかとゾッとした』と同席者は証言している。」
 
 
戦争の帰趨というのは、一瞬にして決まる、と言われている。
 
戦闘中の兵隊達の心理状態というのは、命の危険に晒され、緊張も極限状態にあるため、ちょっとしたハプニングがあっても、パニック状態に陥りやすい、と言われている。
 
だから、戦闘中、ある一部の部隊が崩れて、敗走し始めると、全体が、にわかに浮き足立って、われ先に逃げようとする結果、総崩れになって、結局は、戦争に負ける、ということになるらしい。
 
こういう時、大将が少しも慌てず、騒がず、泰然自若としていれば、崩れかけていた隊列も冷静になり、再び勢いを盛り返して、敵に向かって行くのだという。
 
逆に、大将が、度を失って、うろたえて騒いだり、周囲を怒鳴り散らしたりしたら、忽ち、パニックに陥り、総崩れになってしまうと、言われている。
 
 
そういうことからすると、戦争中の軍隊というのは、常に、群集心理で動いている、と言って過言ではない。
 
だから、戦争におけるトップの役目というのは、群集心理に流されないよう、兵隊達の心を、如何にして冷静さを保たせるかにあると、と言える。
 
 
編集手帳では、福島の原発事故に際して、当時の総大将だった菅首相が、あまりに細部にこだわりすぎて、大局を見失っていたことが、被害をさらに大きくした原因であるかのように、大山巌陸軍大将を引き合いにして、言っているのだが、
 
それは、原因と結果が、逆だと思う。
 
 
問題は、菅さんが、こういう多くの国民の生命財産にかかわるような大事件に際して、トップとはどうあらねばならないか、延いては、こういう際の人間心理がどのようなものなのか、ということについてあまりにも知らなさすぎた、ということが真の原因ではないだろうか。
 
つまり、菅さんは、リーダーとしての心構えや、教養や、訓練をまったく受けたことがなかったものだから、
 
突然の予期せぬ事態に遭遇して、慌てふためき、現場の担当者に直接携帯を掛けて、細かいことを訊ねたり、また、周囲の者を怒鳴り散らした結果、現場を余計に混乱させ、事がスムーズに運ばなくなった、というのが真相ではないかと思う。
 
もっとくだけた言い方をすると、度胸がないから、取り乱して、担当者クラスに携帯をかけたり、周囲を怒鳴り散らしたりしたから、混乱にますます拍車をかけた、ということであろう、と思う。
 
菅さん自身は、自分としては、精一杯のことをやったつもりであり、少しも間違った、悪いことをしたつもりはない、と言い張るに違いないが、
 
考えてみれば、理系の大学に入り、学生時代は、学生運動ばかりやって、社会に出てからも、市民運動しかやっていない人間に、トップとしての心構えを求める方が土台無理なのかもしれない。
 
 
 
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企業は人なり

50歳前半、サラリーマンを辞めて、脱サラして、2年ほど、経営コンサルタントをしていたことがある。
 
2年間というのは、ただ単に、うたい文句として、経営コンサルタント、という看板を上げていただけではなく、実際に、ある会社の経営指導をしていた期間のことを言う。
 
最近、さる高名な経営コンサルタントが、治療に来ていて、その人と、時々、会社経営について、意見を交わすうちに、昔のことを思い出した。
 
 
さて、会社のあるべき姿が、論ぜられる時、決まって言われるのは、「会社は人なり」という言葉である。
 
元来、この言葉は、朱子という人が書いた、「大学」にある、「国は一人を以って興り、一人を以って亡ぶ、小人に国家を治めせしめれば、災害、並び至る」という言葉に、源を発するものだと思っている。
 
これは、国も、会社も、そのトップの器量次第で、栄えたり、滅んだりするということを言わんとしている。
 
とすれば、そのトップの器量とは、何か?ということになる。
 
 
それは、会社トップが、人間について、どれだけ理解しているかどうかだと、私は、思っている。
 
つまり、どれだけ人間学について、学んで、知っているかどうか、に尽きるのではないかと思う。
 
 
そういうことを考えつつ、サラリーマン時代の古い手帳を引っ張り出して見ていたら、その中に、今回のテーマである、「企業は人なり」の結論にもなりそうな名言を発見した。
 
 
ホンダの創業者である本田宗一郎を知っている人は多いが、本田の片腕として、ホンダを、今日のような世界的大企業に育てた、藤沢武夫について知っている人はあまりいない。
 
本田宗一郎は、根っからの技術者で、こと、経営ということに関しては、本田というよりも、藤沢の手腕によるものが大きい、というのが、世間一般の共通した見方である。
 
 
その藤沢武夫の子飼い(子分)と言われ、ホンダの副社長まで駆け上がった、西田通弘という人が書いた「隗より始めよ」という本がある。
 
その中に、の次のような下りがあるが、それを手帳にメモしてあったのである。
 
「クセのある人間は、できるだけそのクセを育てて、長所として活用すべきである。短所だからといって、クセをなくしてしまうと、社内には平均的な凡人ばかりになる。結果、その組織は活力を失い、停滞し、ジリ貧に向かう。さまざまなクセのある人間がたくさんいる組織ほど、活力があるものだ。」と。
 
 
同じようなことを、荻生徂徠(おぎゅうそらい)も、「遺訓」の中で、次のように言っている。
 
「人は、その長所のみ取らば可なり。短所を知ることを要せず」
 
「人材は、必ず一癖あるものなり。器材なるが故なり。癖を捨てるべからず」
 
簡単に解説すると、才能のある人というのは、必ず癖がある。だから、癖を直そうとせず、むしろ、癖を伸ばすようにすべきである、という事になる。
 
 
「会社は人なり」というのは、会社のトップがこういうことを知っていて(こういうことを人間学という)、癖のある人間を集めて、その人たちの長所を活かし、使いこなすことが、その会社の命運を決する、という意味なのだろう思う。
 
 
とすれば、具体的には、トップとして、どういう人を登用し、どういう人を、登用してはいけないか、ということになるが、
 
 
これについて、朱子は、「宋名臣言行録」という本の中で、挙げるべき人、挙げてはいけない人を、次のように言っている。
 
直訳では、意味はおろか、言葉を理解するだけでも、大変なので、できるだけ、私なりに意訳をして、それを、紹介することにする。
 
「謙虚で、潔く、慎み深くて、恥を知るような人を、登用するようにしなければならない。スタンドプレーをやって、自分を売り込んだり、ゴマをすったり、人と激しく競争するような人を出世させたら、そういう人は、自分をよくみせようとして、部下や同僚と、才能争いをして、同僚や部下を蹴落としたり、又、そういう人は、自分の利益になるようなことしかしないから、贈賄をやったり、収賄をやったりしてする、だから、こういう人を登用したら、その国は滅びる」
 
逆に言えば、謙虚で、潔く、慎み深くて、恥を知るような人物は、スタンドプレーをやって、自分を売り込んだり、権力に媚び諂ったり、人と激しく争うようなことはしないから、そういうことをしない人物を、登用しなければならない、という意味でもある。
 
 
私は大学を卒業と同時に、ある建設会社に入社した。
 
~3年、現場廻りをした後、本社の人事部に異動になったが、そこでは、上司の総務部長にコテンパに叩かれ、やっつけられ、鍛えられた。
 
1年くらいというものは、ことあるごとに、呼びつけられ、私が何か言うたびに、その都度、大きな声で、怒鳴りつけられた。
 
 
叱るくらい信頼していないのなら、わざわざ呼んで、用事を言いつけなきゃいいのに、と思うのだが、盛んに呼びつけられ、その度に、わけもなく叱られた。
 
今で言えば、さだめし、パワーハラスメントと言われたかもしれない。
 
事実、叱られ続けて、1年くらいして、会社の定期健康診断があって、医者から若年性(心因性)高血圧、と診断され、その時は、わけもなく、胸がドキドキしていたことを思い出す。
 
 
もっとも、叱られたのは、最初の1~2年の間だけで、その後は、この上司には、ことのほか、可愛がられ、取り立てて、頂いた。
 
 
この上司は、総務部長から、あっという間に、専務になり、代表権をもつ会長まで上がって行ったのだが、
 
その頃、私は、まだ、平社員だった。
 
私の上には、課長がいて、部長がいたのだが、そういう人達を全て、飛び越して、会長から、直接、私の所に電話が来て、用件を言い付けられるようになった。
 
 
例えば、電話で、「自分のところへ、ある人から、社員に採用してくれという依頼があった、俺は、会わないから、代わりに、お前会え」と言われ、
 
その人に会ったら、又、呼び出されて、「どうだった?」と聞かれるから、「いいんじゃないですか」と私が言うと、それで、殆ど、採用が決まり、というような具合であった。
 
採用の外も、人事制度の企画立案とか、昇給賞与の査定とかいったものまで、実質的に、私が決めていた。
 
 
その人も、1982年2月15日、代表取締役会長のまま、67歳で、肝臓癌で亡くなった。
 
酒の飲み過ぎだったのだろう。斗酒、なお辞せずといった、大酒飲みだった。
 
 
次の社長は、日頃から、「サラリーマンであれば、上司にゴマすることも必要だよ」というようなこと、平気で口にする人だった。
 
確かに、これまでのように、野武士のような、角のある人たちばかりでは、勝手なことを言い過ぎて、社内がギスギスして、業務がスムーズに運ばない、という一面もあったのだろうが、
 
それは、本質的には、そういう野武士達集団を使いこなせない、社長自身に、問題がるのだが、当時、誰も面と向かってそういうことをいう人はいなかったし、勿論、本人も気が付くことはなかった。
 
たとえ、トップが、口をすっぱくして、「ゴマすりはするな」と言っていたにしても、なんとかうまく立ち回って、出世したいと、ウロウロするのが、サラリーマンの習いであるのに、
 
反対に、トップが、いかにも、ゴマすりを奨励するような発言をしたりしたら、それこそ、ゴマすりが公然と認められたようなもので、あっという間に、社内は、ゴマすり人間ばかりになってしまった。
 
 
そいうトップの考え方は、次第に、その後の、人事にはっきり現れるようになった。
 
つまり、夜、闇に紛れて、社長の家の周りや、上司の家の周りをうろうろするような人ばかりが、登用されるようになった。
 
 
そういう社内の雰囲気に嫌気が指して、私は、17年間もいた会社を辞めることになったのだが、
 
会社を去って20数年、当時、1200円くらいはしていた株価が、その後、どんどん下がり続けて、今では、500円を、時々、割ったりしている。
 
 
最近では、こういうことに輪をかけるように、会社の名前が、新聞の三面記事を、賑わすようになった。
 
 
その会社の名前を太平電業(株)というのだが、福井県の大飯原子力発電所の工事で、暴力団と関係のある会社の従業員を、建設請負業契約を結んでいたように偽装して、直接、使っていたという、つまり、偽装請負容疑で、現場の責任者が逮捕されたのである。
 
先日の新聞報道によると、このことで、本社の代表取締役社長が警察の事情聴取を受けている、と聞く。
 
 
いくら愛想をつかして辞めた会社でも、学校を卒業すると同時に入社して、17年間もいたら、噂であっても、気にならないということはなかった。
 
それは、それなりに、まだ愛着があったのだろう、と思う。
 
 
そういう時、特に、自分が採用した後輩たちの身の上を思う時、何かしてあげたいような気にもなったりしたが、
 
今回の件で、そういう気持ちは、全部、吹き飛んでしまった。
 
 
というのも、新聞で、今回の事件を知って、会社業績を調べると、前年(23年3月)の決算が赤字で、今期(24年3月)も又、赤字決算が予測されているのに、
 
役員報酬が、一人当たり、年収3,200万円弱になっているのを知って、愕然としたからである。
 
つまり、もう、この会社は、救いようがない、と思ったのである。
 
 
ここ数年、会社の、業績は振るわないし、しかも、前期は赤字決算だったから、きっと、役員達は、社員に先立ち、自分たちの給与をカットし、必死になって会社業績を上げるために努力しているものとばっかり思っていたのに、
 
このような事実は、どう贔屓目に見ても、役員達が、一般社員や、下請け業者を、搾取して、会社を食い物にしているようにしか見えない。
 
 
かつて、経営コンサルタントをしていた身として、今後どうすれば、いいのか、を私なりに考えてみたりしたのだが、いい智慧が浮かばない。
 
なぜなら、原因は、経営環境が悪化したり、経営テクニック巧拙の問題ではなく、社員の士気が、あまりに低下した結果だと思えるからである。
 
そういう意味では、会社が根底から、腐ってしまっているのだ。
 
 
会社というのは、朱子が言う如く、やはり、「一人を以って興り、一人を以って亡ぶ」のであり、
 
無能な人がトップになったら、ましてや、無能なトップが何代も続いたら、正に、「小人に会社を治めせしめれば、災害、並び至る」のである。
 
 
こんな根底から腐ったような会社を建て直すには、かっての上司がしたように、角のある、癖のある人間を鍛え上げて、多士済々、会社を野武士集団にするしか、他に方法はないように思うが、
 
それには、トップが、人間学についての深い見識を持っていることと、そして、そういう野武士集団を使いこなす、強い腕力を持っていなければならないのである。
 
 
こういうことを、この会社の幹部に求めるのは、あまりに無理があるようだし、そういう意味で、会社を建て直すには、あまりに時機が遅すぎたような気がしているのである。
 
 
 
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