50歳前半、サラリーマンを辞めて、脱サラして、2年ほど、経営コンサルタントをしていたことがある。
2年間というのは、ただ単に、うたい文句として、経営コンサルタント、という看板を上げていただけではなく、実際に、ある会社の経営指導をしていた期間のことを言う。
最近、さる高名な経営コンサルタントが、治療に来ていて、その人と、時々、会社経営について、意見を交わすうちに、昔のことを思い出した。
さて、会社のあるべき姿が、論ぜられる時、決まって言われるのは、「会社は人なり」という言葉である。
元来、この言葉は、朱子という人が書いた、「大学」にある、「国は一人を以って興り、一人を以って亡ぶ、小人に国家を治めせしめれば、災害、並び至る」という言葉に、源を発するものだと思っている。
これは、国も、会社も、そのトップの器量次第で、栄えたり、滅んだりするということを言わんとしている。
とすれば、そのトップの器量とは、何か?ということになる。
それは、会社トップが、人間について、どれだけ理解しているかどうかだと、私は、思っている。
つまり、どれだけ人間学について、学んで、知っているかどうか、に尽きるのではないかと思う。
そういうことを考えつつ、サラリーマン時代の古い手帳を引っ張り出して見ていたら、その中に、今回のテーマである、「企業は人なり」の結論にもなりそうな名言を発見した。
ホンダの創業者である本田宗一郎を知っている人は多いが、本田の片腕として、ホンダを、今日のような世界的大企業に育てた、藤沢武夫について知っている人はあまりいない。
本田宗一郎は、根っからの技術者で、こと、経営ということに関しては、本田というよりも、藤沢の手腕によるものが大きい、というのが、世間一般の共通した見方である。
その藤沢武夫の子飼い(子分)と言われ、ホンダの副社長まで駆け上がった、西田通弘という人が書いた「隗より始めよ」という本がある。
その中に、の次のような下りがあるが、それを手帳にメモしてあったのである。
「クセのある人間は、できるだけそのクセを育てて、長所として活用すべきである。短所だからといって、クセをなくしてしまうと、社内には平均的な凡人ばかりになる。結果、その組織は活力を失い、停滞し、ジリ貧に向かう。さまざまなクセのある人間がたくさんいる組織ほど、活力があるものだ。」と。
同じようなことを、荻生徂徠(おぎゅうそらい)も、「遺訓」の中で、次のように言っている。
「人は、その長所のみ取らば可なり。短所を知ることを要せず」
「人材は、必ず一癖あるものなり。器材なるが故なり。癖を捨てるべからず」
簡単に解説すると、才能のある人というのは、必ず癖がある。だから、癖を直そうとせず、むしろ、癖を伸ばすようにすべきである、という事になる。
「会社は人なり」というのは、会社のトップがこういうことを知っていて(こういうことを人間学という)、癖のある人間を集めて、その人たちの長所を活かし、使いこなすことが、その会社の命運を決する、という意味なのだろう思う。
とすれば、具体的には、トップとして、どういう人を登用し、どういう人を、登用してはいけないか、ということになるが、
これについて、朱子は、「宋名臣言行録」という本の中で、挙げるべき人、挙げてはいけない人を、次のように言っている。
直訳では、意味はおろか、言葉を理解するだけでも、大変なので、できるだけ、私なりに意訳をして、それを、紹介することにする。
「謙虚で、潔く、慎み深くて、恥を知るような人を、登用するようにしなければならない。スタンドプレーをやって、自分を売り込んだり、ゴマをすったり、人と激しく競争するような人を出世させたら、そういう人は、自分をよくみせようとして、部下や同僚と、才能争いをして、同僚や部下を蹴落としたり、又、そういう人は、自分の利益になるようなことしかしないから、贈賄をやったり、収賄をやったりしてする、だから、こういう人を登用したら、その国は滅びる」
逆に言えば、謙虚で、潔く、慎み深くて、恥を知るような人物は、スタンドプレーをやって、自分を売り込んだり、権力に媚び諂ったり、人と激しく争うようなことはしないから、そういうことをしない人物を、登用しなければならない、という意味でもある。
私は大学を卒業と同時に、ある建設会社に入社した。
2~3年、現場廻りをした後、本社の人事部に異動になったが、そこでは、上司の総務部長にコテンパに叩かれ、やっつけられ、鍛えられた。
1年くらいというものは、ことあるごとに、呼びつけられ、私が何か言うたびに、その都度、大きな声で、怒鳴りつけられた。
叱るくらい信頼していないのなら、わざわざ呼んで、用事を言いつけなきゃいいのに、と思うのだが、盛んに呼びつけられ、その度に、わけもなく叱られた。
今で言えば、さだめし、パワーハラスメントと言われたかもしれない。
事実、叱られ続けて、1年くらいして、会社の定期健康診断があって、医者から若年性(心因性)高血圧、と診断され、その時は、わけもなく、胸がドキドキしていたことを思い出す。
もっとも、叱られたのは、最初の1~2年の間だけで、その後は、この上司には、ことのほか、可愛がられ、取り立てて、頂いた。
この上司は、総務部長から、あっという間に、専務になり、代表権をもつ会長まで上がって行ったのだが、
その頃、私は、まだ、平社員だった。
私の上には、課長がいて、部長がいたのだが、そういう人達を全て、飛び越して、会長から、直接、私の所に電話が来て、用件を言い付けられるようになった。
例えば、電話で、「自分のところへ、ある人から、社員に採用してくれという依頼があった、俺は、会わないから、代わりに、お前会え」と言われ、
その人に会ったら、又、呼び出されて、「どうだった?」と聞かれるから、「いいんじゃないですか」と私が言うと、それで、殆ど、採用が決まり、というような具合であった。
採用の外も、人事制度の企画立案とか、昇給賞与の査定とかいったものまで、実質的に、私が決めていた。
その人も、1982年2月15日、代表取締役会長のまま、67歳で、肝臓癌で亡くなった。
酒の飲み過ぎだったのだろう。斗酒、なお辞せずといった、大酒飲みだった。
次の社長は、日頃から、「サラリーマンであれば、上司にゴマすることも必要だよ」というようなこと、平気で口にする人だった。
確かに、これまでのように、野武士のような、角のある人たちばかりでは、勝手なことを言い過ぎて、社内がギスギスして、業務がスムーズに運ばない、という一面もあったのだろうが、
それは、本質的には、そういう野武士達集団を使いこなせない、社長自身に、問題がるのだが、当時、誰も面と向かってそういうことをいう人はいなかったし、勿論、本人も気が付くことはなかった。
たとえ、トップが、口をすっぱくして、「ゴマすりはするな」と言っていたにしても、なんとかうまく立ち回って、出世したいと、ウロウロするのが、サラリーマンの習いであるのに、
反対に、トップが、いかにも、ゴマすりを奨励するような発言をしたりしたら、それこそ、ゴマすりが公然と認められたようなもので、あっという間に、社内は、ゴマすり人間ばかりになってしまった。
そいうトップの考え方は、次第に、その後の、人事にはっきり現れるようになった。
つまり、夜、闇に紛れて、社長の家の周りや、上司の家の周りをうろうろするような人ばかりが、登用されるようになった。
そういう社内の雰囲気に嫌気が指して、私は、17年間もいた会社を辞めることになったのだが、
会社を去って20数年、当時、1200円くらいはしていた株価が、その後、どんどん下がり続けて、今では、500円を、時々、割ったりしている。
最近では、こういうことに輪をかけるように、会社の名前が、新聞の三面記事を、賑わすようになった。
その会社の名前を太平電業(株)というのだが、福井県の大飯原子力発電所の工事で、暴力団と関係のある会社の従業員を、建設請負業契約を結んでいたように偽装して、直接、使っていたという、つまり、偽装請負容疑で、現場の責任者が逮捕されたのである。
先日の新聞報道によると、このことで、本社の代表取締役社長が警察の事情聴取を受けている、と聞く。
いくら愛想をつかして辞めた会社でも、学校を卒業すると同時に入社して、17年間もいたら、噂であっても、気にならないということはなかった。
それは、それなりに、まだ愛着があったのだろう、と思う。
そういう時、特に、自分が採用した後輩たちの身の上を思う時、何かしてあげたいような気にもなったりしたが、
今回の件で、そういう気持ちは、全部、吹き飛んでしまった。
というのも、新聞で、今回の事件を知って、会社業績を調べると、前年(23年3月)の決算が赤字で、今期(24年3月)も又、赤字決算が予測されているのに、
役員報酬が、一人当たり、年収3,200万円弱になっているのを知って、愕然としたからである。
つまり、もう、この会社は、救いようがない、と思ったのである。
ここ数年、会社の、業績は振るわないし、しかも、前期は赤字決算だったから、きっと、役員達は、社員に先立ち、自分たちの給与をカットし、必死になって会社業績を上げるために努力しているものとばっかり思っていたのに、
このような事実は、どう贔屓目に見ても、役員達が、一般社員や、下請け業者を、搾取して、会社を食い物にしているようにしか見えない。
かつて、経営コンサルタントをしていた身として、今後どうすれば、いいのか、を私なりに考えてみたりしたのだが、いい智慧が浮かばない。
なぜなら、原因は、経営環境が悪化したり、経営テクニック巧拙の問題ではなく、社員の士気が、あまりに低下した結果だと思えるからである。
そういう意味では、会社が根底から、腐ってしまっているのだ。
会社というのは、朱子が言う如く、やはり、「一人を以って興り、一人を以って亡ぶ」のであり、
無能な人がトップになったら、ましてや、無能なトップが何代も続いたら、正に、「小人に会社を治めせしめれば、災害、並び至る」のである。
こんな根底から腐ったような会社を建て直すには、かっての上司がしたように、角のある、癖のある人間を鍛え上げて、多士済々、会社を野武士集団にするしか、他に方法はないように思うが、
それには、トップが、人間学についての深い見識を持っていることと、そして、そういう野武士集団を使いこなす、強い腕力を持っていなければならないのである。
こういうことを、この会社の幹部に求めるのは、あまりに無理があるようだし、そういう意味で、会社を建て直すには、あまりに時機が遅すぎたような気がしているのである。
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