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私の活動期間は、3月28日〜4月10日の約2週間でした。
私達が活動していたのは、海の近くにある学校で、津波により1階はぐちゃぐちゃになっていました。活動内容は、炊き出し、物資管理および調達、学校の掃除を主に行っていました。その他にも、協力隊OB/OGの集まりだったのでそれぞれの得意分野での活動もしました。例えば、看護士、保健師は医療関係。料理隊員は炊き出し、柔道、体育隊員は力仕事、電気隊員は学校の電気の修理などを行いました。
私は、炊き出しのご飯を被災者へ配ったり、呼び込み(炊き出しの宣伝)、物資の管理、調達、グラウンド整備、学校内の掃除など、時間の許す限りさまざまな事を行なってきました。
渡波小で一番初めに依頼を受けたのが炊き出しです。なので、毎日欠かさず、1ヶ月ほど同じ場所で炊き出しを行っています。そうする事によって、被災者の方が安心してご飯を食べられる場所の提供が出来、精神的な不安の一部が取り除けると考えています。毎回、被災者の方からは「温かい食べ物が食べられて大変助かっております。体が温まります。」と感謝の気持ちを伝えてくれました。
私達が寝泊りをしていた石巻専修大学から活動先の小学校へ行く時の光景は想像を絶する光景でした。津波の威力のすさまじさを目の当たりにして言葉を失ったのを覚えています。家や車などがぐちゃぐちゃになっていて、瓦礫の山がそこらじゅうにありました。映画の世界にでもいるような感覚で、ここが本当に日本なのか疑ったほどです。そして、町全体を覆うにおいも独特のにおいがして、きつかったです。
山積みの瓦礫は、重機がないと動かせないこともあり、なかなか片付くことはありませんでした。道路は通れるようにはなっていましたが、道路の真ん中で横倒れになっている車や地盤沈下の影響で満潮の時間になると、海水で水浸しになってしまう所など、場所よってはまだまだひどいところは沢山ありました。
学校などの避難所で生活をしている被災者の皆様は、日中は自宅の片付けや瓦礫の山の中で思い出の品を探していました。もちろん、自宅で生活している人も家の片付けなどに追われていました。そんな状況の中で、被災者の中には、私達の活動を手伝ってくれる方もいました。自分の事で精一杯なのに手伝いをしてくれる被災者の方を見て泣けてきました。
あまり自動車整備士としての経験はいかせなかったと思います。当初は、車の修理しようと思っていたのですが、石巻の現状を見て整備をする前にやるべきことが沢山あると感じ、そちらを優先しました。それでも、時間のあるときにパンク修理や、車の税金、保険の相談を受けたり、少しでも被災者の方の不安を取り除けるように得意分野で活動をしました。全然出来ませんでしたが・・。
でも、協力隊の経験は、かなり役に立ったと思います。判断力、行動力、コミュニケーション力、生活環境に慣れることなど、協力隊の経験が生かされたと思います。どんな環境でもやれることをやる精神力は協力隊仕込みかなと感じました。
被災地で、協力隊OB/OGがやれることは沢山あります。むしろ、必要とされている重要な逸材です。開発途上国で得た経験を十分にいかすことが出来ます。皆さんが本気で活動すれば復興もその分早まると強く思います。被災地へ行く前に情報収集をしてしっかりしてから今自分に出来る事をやっていって欲しいです。
以上
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