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冬の京都 『新春洛南パワースポット巡り』 Part 2

 
 1月14日(土) 「新春洛南パワースポット巡り」 Part 1の続き、瀧尾神社から本町通りを南に、京都五山の第四位、臨済宗東福寺派大本山・慧日山「東福寺」に向かいます。

 「洛南パワースポット」としましたがこの辺りは京都市東山区で「洛東・南」と称するのが一般的な様ですが、昨年新春の黒谷と区別するため「洛南」とします。


慧日山・東福寺

 東福寺は、臨済宗東福寺派大本山の寺院、1236年より1255年まで19年を費やして完成しました。

 本尊は「釈迦如来」 開山は聖一国師「円爾」、開基は摂政・九条道家、当時盛大を極めた南都・奈良の東大寺と興福寺の「東」と「福」の字を取り京都最大の大伽藍として創建、禅宗・京都五山の第四位の禅寺として中世、近世を通じて栄えた大寺院です。

 明治の廃仏毀釈の影響か1881年に大火があり、仏殿、法堂、方丈、庫裏などが焼失、現在の本堂、方丈、庫裏などは明治以降の再建。

 歴史の荒波に翻弄され、縮小されたとは云え今なお25ヵ寺の塔頭を有する大本山です。


九条通りを超え程なく東福寺「北門」。
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北門を入りすぐ左に重要文化財「仁王門」。左右の仁王さんは不在の様です。
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東福寺塔頭「退耕庵」

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 本尊は「千手観音」、1596年に安国寺恵瓊によって再興された塔頭で、安国寺恵瓊、石田三成、宇喜多秀家らが関ヶ原の戦いの謀議を図った地と伝えられています。
 幕末の鳥羽・伏見の戦いの際、東福寺に長州藩の陣が置かれた縁で、退耕庵は鳥羽伏見の戦や戊辰戦役の戦死者の菩提寺とも成っています。
 また、小野小町宛ての恋文を納める玉章地蔵と称される地蔵菩薩坐像のほか、小野小町100歳像などが安置されています。

「小野小町百歳井戸」の石碑。
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「退耕庵」を後に正面石碑の辺りで右に「東福寺」に向かいます。
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「通天橋道」の碑。
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東福寺塔頭「十方山・同聚院」

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 本尊は「不動明王」、同聚院は1444年に東福寺の塔頭として開山された寺院ですが、元々は当地に存在した藤原氏の氏寺「法性寺」の五大堂で、「不動明王・降三世明王・軍荼利明王・大威徳明王・金剛夜叉明王」の5大明王像を安置していたそうですが、現在は「十万不動明王」と云われる不動尊のみが安置されています。
 
 近畿三十六不動尊霊場・二十一番霊場札所に成ります。

丈六265cmの「不動明王坐像」が安置されている不動堂。日本最大の木像不動明王像ではないでしょうか。
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東福寺塔頭「稲土山・霊雲院」

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 本尊は文殊菩薩、1390年に岐陽方秀が開基。
 見所は枯山水の庭で「九山八海の庭」「臥雲の庭」の2庭、久しく荒廃していた物を、昭和を代表する造園家・重森三玲が1970年に復元。
 幕末には、西郷隆盛と勤王の僧「月照」が維新へ向けて密議を交わした寺とされ、日露戦争当時にはロシア兵捕虜収容所と成り、50名のロシア兵捕虜を8ヵ月に渡って収容していたそうです。

 霊雲院は「京都十三仏霊場」第三番霊場です。

帰り際に立ち寄ったためタイムオーバー閉門でした。
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通天橋道を南に、「臥雲橋」。
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「臥雲橋」から「通天橋」。
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 東福寺周辺は紅葉の名所として大変有名な景勝地ですが、その中でも「三ノ橋川」沿い「通天橋」から「臥雲橋」辺りが一番の見所と成り、紅葉シーズンこの辺りの人出は梅田の地下街並みに成る様です。
 
 当初は境内にも桜の木が植えられていたそうですが、桜の花見で遊興の地と成る事を嫌った室町時代の画僧・明兆が、第4代将軍・足利義持に修行の妨げになると桜の木を伐採を願い出、その結果周辺に桜は見当たらなくなり、晩秋には全山燃える様な紅葉の海が広がる風景が出来上がりました。

 この地の楓は「通天紅葉」と云い、開山・聖一国師「円爾」が宋より持ち帰った楓と伝えられ、その数約2000本だそうです。

 一か月遅かったですね。

同じく「臥雲橋」から東福寺詣内を流れる「三ノ橋川」。一帯を「毘沙門谷」と呼ぶ様です。
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「三ノ橋川」に架かる東福寺三名橋のうち一番下流の橋が「臥雲橋」。
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「臥雲橋」を過ぎ通天橋道を南に向かいます。
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通天橋道沿い「日下門」。
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東福寺南端まで、もう少し通天橋道を南に向かいます。
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東福寺南端を東に、正面は開かずの門、京都府指定文化財「勅使門」。手前が「六波羅門」。
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六波羅政庁に有った物を移したと伝えらる東福寺・惣門、重要文化財「六波羅門」から入山します。
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国宝「三門」。
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 禅宗の三門としては、高さ約22m、大仏様、禅宗様、和様を組み合わせた、室町時代創建の日本最古で最大の三門だそうです。

「三門」北側から。
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左、重要文化財「東司」。右、重要文化財「禅堂」。
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 「東司」とは禅宗式の便所ですが、通称「百雪隠」ともいいます。室町時代唯一の「東司」の遺構として貴重な物だそうです。


本堂(仏殿・法堂)。
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 1881年焼失後、1934年再建。起工から竣工まで17年を要し復興させた昭和の木造建築中最大の建物です。

本堂の扁額。「毘慮寶殿」でしょうか。
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本尊「釈迦立像」。脇に「摩訶迦葉尊者」「阿南尊者」、「四天王」を安置。
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本堂・天井の雲竜図は「堂本印象」画伯作。大きさは体長54m、胴廻り6.2m。
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京都府指定文化財「経蔵」。左の小さな建物は京都府指定文化財「東福寺大鐘楼」。
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本堂から通天橋に続く回廊。
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重要文化財「偃月橋」。
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 紅葉のシーズンにはさぞ見事だと思いますが、今年の11月後半にでも是非再訪したく成って来ました。

「偃月橋」から「毘沙門谷」「三ノ橋川」。
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「方丈」。
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 方丈庭園 は通常は周囲三面に成るのですが、東福寺の方丈庭園は異色で,その四周・東西南北に庭園をもっていて、1938年重森三玲氏が作庭し「釈迦成道」を表現「八相の庭」と命名され、近代禅宗庭園の代表として広く世界各国に紹介されています。


再び「三門」。
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 東福寺の山門は本日の1月14日から2月29日まで冬の特別公開だそうで、「お金を使わない京都巡り」のポリシーに反しますが、下から見上げていると誘惑には勝てず、拝観料600円を支払い、上の写真中央、梯子の様な山廊から登楼、内部を拝観する事にしました。

三門二層外回廊から「禅堂」。
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三門二層外回廊。真ん中の扉から三門内部に入ります。
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 ガイドさんの解説を聞きながら「宝冠釈迦如来像」や「十六羅漢像」、柱や梁・天井の「迦陵頻伽」「飛龍」など画僧「明兆」らによる宋・元風の極彩色仏画を堪能しました。

 さすがに見事なもんで、同行の「ご隠居さん」共々結構感動したのですが、以前はたぶん400円だった様な気もしましたが、今後は少し位はお金を使った京都散策も・・・・・です。

三門から京都市街。右柱の左に「任天堂」が見えます。
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 以上で、本年の「新春京都パワースポット巡り」は終了。

 昨年新春に尋ねた、徳川幕府と関係の深かった「黒谷・金戒光明寺」と違い、こちらは薩摩・長州との接点が見いだせ、京都の大寺院もその様に色分けをしていくと興味深いものです。

 来年は巳年という事で干支に因む散策スポットをまた検討しなくてはと思いますが、「ご隠居さん」の万歩計もまたもや2万歩突破に成りそうで、辺りも何と無く薄暗く成って来ました。

 帰りを急ぎましょう。


重要文化財「禅堂」。1347年再建、中世期より現存する最大最古の禅堂です。
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天津 木村
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