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(画像は、金山城現況)
少しずつ、通常更新に戻ってまいります。
今回は、戦国時代当時の武将たちが「名城」と誉め立てた城を紹介する「真・日本100名城」のコーナーです。今回で11城目になります。
今回、見事選定されたのは、国指定史跡で、関東を代表する巨大戦国山城である、群馬県太田市の金山城です。
この金山城は、この地域を支配した新田岩松氏・由良氏の居城として有名で、最終段階では北条氏の重要支城となってました。石垣で見事に固められた城でして、基本的には北条氏段階の姿とされますが、由良氏段階の天正2年の銘を持つ瓦が出土していたり、石垣も何回も改修された跡が発見されたりと、結構特殊な?城です。とにかく必見のお城です!
で、この金山城、築城されたのが文明元年(1469)なのですが、江戸城を築城したことで有名な太田道灌が、金山城を訪れていることが知られています。当時の情勢から、文明10年(1479)7月のこととされますが、その道灌が金山城を見て、以下のような言葉を発したと、金山城の地鎮も行なった長楽寺の僧侶・松陰が書いた記録に記されています。
【史料】「松陰私語」目録第三(『史料纂集 松陰私語』八木書店、2011年、p56)
道灌滞留、両三日之中、金山四方只一度見物、近比明城之由、褒美事
道灌は、3日間金山城にいましたが、その時に金山城をくまなく見学したようです。そのうえで、金山城のことを「近比明(名)城」=ちかごろめいじょう、つまりは「近年にない名城、近年稀にみる名城」と褒めたたえたといいます。
15世紀後半は、たくさんの城が築城された時期でした。道灌も、江戸城をはじめとしてたくさん城を造り、また見てきたことでしょう。その道灌が、金山城を見て「近年にない名城である」と評価したことになります。
このお話、金山城跡の麓にある「史跡金山城跡ガイダンス施設」の映像シアターでも登場するなど、結構有名なのですが、ともかく道灌が金山城のことを「名城」と褒めていることから、
拙ブログでは、金山城を「真・日本100名城」に選定します!
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