新宮・お燈まつり
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2月6日は、新宮のお燈まつりです。
熊野に春を呼ぶ祭りと言われる祭りですが、昔は新年の火を迎える祭りで、今でもそのなごりがあります。 お燈で登れるのは男性のみで、一週間前から精進潔斎し、白いものしか口にしないのが正式。当日は、王子が浜で禊も行われます。
上り子(あがりこ)は、当日白襦袢に白の鉢巻や頭巾、手甲脚絆を着け、腰から腹にかけて荒縄を男結びに巻き、五角形の檜板に「はな」というケズリカケを詰めた松明を手にし、松明には祈願の言葉をしたため、お賽銭を用意。 上り子同士が道で行き会うと「たのむでぇ」と挨拶として松明をぶつけ合いながら、熊野速玉大社、阿須賀神社、妙心寺の三社を巡拝し、神倉神社に向かいます。 実際登れない人のために、代理で松明を預かって上ることも多々あります。 夜七時までにぞくぞくと上り子が神倉神社をのぼり、その数2000人以上。(昨年は、たしか2700人くらい)
寒さに震えながら、山上で御神火を待ちます。 祭の執行をする介錯行列の一行は、参集した上り子をかき分けつつ、山上社殿に着き、火を熾して小松明に点火する。 小松明が社殿に迎えられると、社殿の扉を開いて神饌を供え、祝詞を奏上し、御幣の一本を社殿に収めて閉扉する。次いで、迎火大松明の先端が鉞で割られて点火され、石段途中の中ノ地蔵まで下る。
上り子たちは大松明の火を自分の松明に争って移し、山上へと向かう。全員が境内に入るのを待って介錯が入り口の木柵を閉じると、山上は立ち込める火と煙で目を開けていることも出来ない状態になる。
参加した人の話だと、火の海の中でマスクをしていても煙たくて、熱くてまるで地獄のようだとか。この炎でいぶされることで、厄を落とすともいわれていて。
新宮の男たちは小さなときから父親に抱かれたり、手を引いてもらったりして参加します。
しかし、火がとても危ないうえ、山門近くは一番を競う若者が多いため、(あと喧嘩も)子連れの人たちは奥の安全な場所に集まって、後からゆっくり降りてきます。 午後8時ごろ、介錯が木柵を開くと、上り子たちは一斉に神倉神社の石段を駆け下り、各自の家まで走り続ける。これが、新しい火を家庭に迎えるという本来の儀式で、家で待つ妻たちは、真っ暗の部屋の中で火が到着するのを待ち、その炎を感謝していただきます。
ただ、松明は下る間にほとんど消えてしまうので、家まで持ち帰るのは大変。
でも、志のある人は大切にその炎が消えないように、気を配りながら降りてきます。
みると、しっかり燃え残っているのでわかります。 闇の中を上り子たちが手にする松明の日が滝のような勢いで下ってゆくあり様は、地元の歌「新宮節」に「お燈まつりは男のまつり 山は火の滝 下り竜」と歌われます。 その風景が見られるのは、残念ながら神社の中だけなので、ただ見るだけだとあまり面白くありません(特に女性は、当日は神社への橋を渡ることもできません)
ただ、お祭りの伝統であったり参加した男性の話を聞いたり、特に自分の家族や恋人が登ったりすると非常に面白い!というか、無事降りてくるのが心配なくらいですが。
私がお祭りを初めて見た4年前(?)は、隣にある小学校に巨大なスクリーンが用意されて有、山上の様子などが生中継されていました。
写真をとりたいカメラマンの人々は、望遠レンズと三脚をたてて場所取りを4時半からしていました(たぶんもっと前からしているはず、タイムリミットがこの時間かな)
私も場所取りして撮影したことありましたが、難しいですね〜
というわけで、日本でも有数の火祭りですので、ぜひ楽しんでくださいね〜 |

