遊雑学ウオッチング

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名工 左甚五郎(岸上甚五郎左義信)は泉州貝塚の人

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我が国の建築物に木彫刻を初めて取入れ,動植物の自然の形を大胆に作品にした先駆者である,左甚五郎は明石か飛騨の高山かでなく,永正元年(一五〇四年)泉州貝塚に生まれ,十歳の時に日々山林に入り,職分修行し,夜は彫物の修行をし,十六歳で大和の国の多武峰十三重塔建之(たてゆき)。六十六歳没
 
祖先は壬申の乱(六七二年)の前年,貝塚三ツ松に来て定住した。先祖代々朝廷や時の天下人から認められた建築技術集団であった。その後の子孫も飛鳥〜明治時代に至るまで,我が国の有名な社寺建築に携わった。
 
左甚五郎の作品は泉州堺妙国寺門,伏見岩清水八幡宮拝殿などがある。貝塚市中の願泉寺には子孫の岸上一族の彫物作品が数多くあり,左甚五郎の長男,義職(よしもと)が彫った三ツ松の妙順寺ある作品は日光東照宮にもない立派な彫物と評されている。
 
豊臣秀吉の京都聚楽第造営には願泉寺ト半家三代目当主が材木奉行に任じられ,左甚五郎の孫,義規(よしのり)がその作事の大工棟梁に従事した。
 
岸上家の一部は江戸時代に江戸に出て和泉と改姓,日光東照宮など幕府直轄工事に大工棟梁として活躍。
中国故事,日本の神話伝説,花鳥風月と範囲を広め,洗練された意匠力が代々受け継がれている。左甚五郎の功績は今日の,だんじり,布団太鼓,神輿,やぐらなどにその伝統が継承されている。


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馬凡凡
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