詩を読むふり・・・川崎洋
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たまには、詩を読んでみる。 「川崎洋」結構面白い詩人さんだ♪ はねが ぬれるよ はくちょう みつめれば くだかれそうになりながら かすかに はねのおとが ゆめにぬれるよ はくちょう たれのゆめに みられている? そして みちてきては したたりおち そのかげ が はねにさしこむように さまざま はなしかけてくる ほし かげは あおいそらに うつると しろい いろになる? うまれたときから ひみつをしっている はくちょう は やがて ひかり の もようのなかに におう あさひの そむ なかに そらへ すでに かたち が あたえられ それは はじらい のために しろい はくちょう もうすこしで しきさい に なってしまいそうで はくちょうよ はくちょう 川崎 洋 川崎洋さんの詩は、物をみる視点が人とちょっと違う。 このすべてひらがなで現わされた詩の中に、何か抽象画のように 隠れたメッセージがあるように思える。 見つめるだけで砕かれてしまうような 繊細で、はかなく美しい「はくちょう」の白 このはくちょうは、自ら存在をアピールしているのではない。 みられていたり、あたえられることにより初めて己の存在が生まれてる。 何となく受動的な古き女性のこと?という印象があるが、今の時代己を主張できない男への メッセージ?という風にもとれた。 花がなければ 世界は寂しいか ならば それがないために かく荒寥としている というものは なにか 花 川崎 洋 花は綺麗だね。あればその場が華やぎ心が安らぐ。 それは誰しもが思う気持ち。 しかし、心がぼろぼろの時に表面だけ優しく繕い 核心の解決にはなんら触れていないことが・・・ それが是なのか? 人の優しさもこれと似て非なりと思われ・・・ という風に解釈した。 ※荒寥・・・荒涼ともいう 久々にハイファイセットの「荒涼」という歌を聴いてみた く、暗い・・・(笑)今の自分みたいだな ・・・暗いけど何か灯りが見つかりそう
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