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フランク・ライカールトがバルサの監督をしていたころのインタビュー記事を
UEFAのサイトで見かけました。
フットボールに対する彼の哲学や想いに触れることができたので、翻訳してご紹介してみます。
※ちなみに、2006年の記事とちょっと古めです。
■選手のときと監督になってからでは、フットボールに対する考え方や視点に変化はありましたか?
いいえ、監督になってから、視点は拡大、成長していきました。選手のときは、ボールを
持っているときや自チームのポゼッションの時だけ集中していればよかったのですが、監督
はもっと全体を俯瞰せねばなりません。
選手であれば理論や理屈で説明できなくてもかまいません。
が、監督はそれができる必要があります。
・組織に破たんはないか?
・ラインは整っているか?
・敵にスペースを与えてしまっていないか?
こういったことを常に考えていなければなりません。
■かつて指導を受けた監督の中で、影響を受けている人物はいますか?
これまで数多くの偉大な監督のもとでプレーしてきました。ミケルス、サッキ、カペッロ、
そしてクライフ・・・もちろん、影響も受けています。
しかし、一方で「自分が、誰かのコピーになれるわけではない」と強く信じてもいます。
偉大な監督の過去の判断が、現代サッカーで通用するとは限りません。
■各国の代表選手を抱えるチームの指揮官として、クラブと代表の関係性をどうお考えですか?
代表監督が、できるかぎりベストの選手を集めたいという気持ちであるとこはよくわかります。
クラブの監督として、利害が対立することは現実問題としてあるわけですが、国際ルールでもって
バランスを取る必要があるでしょう。
ときに選手を休ませたいと思うことはありますが、代表戦に出場しなければならなかったりと
いったことも起きます。
ただ、私だけがそういう苦労をしているわけではありません。たとえば、アフリカ選手らは
ヨーロッパとの間で長旅を強いられますし、タイムゾーンも変わってくるので、コンディション
を整えるのが難しいです。
実は、もっとも恐れているのはケガではありません。なぜなら、ケガはどこにいようが起きる
ときは起きるからです。私が恐れるのは、「選手の移動時間とリカバリーにかかる時間」です。
■あなたが現役だった頃と、今とではサッカーはどのように変化してきていますか?
フットボールの進化=スペースの減少、といえます。
ですので、現代のプレーヤーは以前にも増して素早い判断とプレーが求められています。
しかし、必要となる基本技術は今も昔も同じです。
最近はメディアの注目度が高いですし、ヨーロッパ全土であらゆる試合、公式戦だけでなく
親善試合もTV観戦できる時代です。よって、選手にかかる「見られている」というプレッシャー
はかつてないほどに大きいと思います。
■トップクラブが直面する問題には、どういったものがあるでしょう?
バルサのようなビッグクラブが勝ち続ける限り、問題は何もありません。
むしろ、それは幸福なことといえるでしょう。フットボールがもたらしてくれる素晴らしい
経験に感謝せねばなりません。
昨年、我々(バルサ)はリーガで優勝をおさめました。あれは忘れられない体験です。
もちろん、ビッグクラブは結果がすべてではありますし、かつ魅力的なフットボールを披露
する義務もあります。ただ、これを問題というのはちょっと違うと思います。
素晴らしい選手をたくさん抱えるチームを指揮できることは、文句を言うことではなく、感謝
に値します。監督として、チームを率いることができるというのは、素晴らしい特権なのです。
我々チームの最大の目的は、観客に満足してもらうことだと考えています。
■高給を稼いでいるスタープレーヤーのモチベーションを、どのようにコントロールしているのですか?
私は、モチベーションとは自己管理するものだ、と考えています。
なぜなら、モチベーションこそが、目標に向かわせる全てだからです。
もちろん、問題を抱えた選手がいれば話しあいます。それは監督である私だけの仕事ではなく、
チームスタッフと協力し合って行います。改善される場合もあれば、そうでない場合もあります。
状況は様々です。
こういった問題を解決してくれるマニュアルなどありません。
ただ、日々注意深く観察し、問題を早期発見し、コミュニケーションで解決を図るしかないです。
チームの質があまり高くない場合、ロッカールームでの感動的なスピーチはある程度効果を
発揮するでしょう。普段以上の力を発揮させることも可能です。
しかし、選手がハイレベルである場合、監督が感情的になればなるほど、選手の信頼は得られなく
なってしまうものです。よって、バルサの選手らには、感情をあおるようなスピーチは効果的で
ないのです。
むしろ、意外と気をつけているのが、出場しないサブの選手の扱い方です。
彼らの心もチームに大きく影響してくるからです。
自分が、誰かのコピーになれるわけではないという箇所は、
「自分は過去の偉大な監督にくらべたらまだまだだ」
とも解釈できますし、
「自分は自分の考えで、独自の指導スタイルを確立してみせる」
という気概とも取れます。
なんとなくですが、私には後者の意図を読んでいて感じました。
後半に続きます。
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