米のなかった時代の飛騨山奥の生活

祖父母や親の臨終には竹の筒に米を少し入れて詮をし、耳のそばに近づけて「これのおー米の音やぜ、こりやのー米の音や!」と叫び続ける風習が伝わっていたのです。 今はおそらくこんな米鳴らし伝統は消えていると思いますが、せめて米の音だけでも聞かせてやりたいという悲痛の叫びなのです。 私が教員になった頃は山の奥では稗や粟、蕎麦、野草の中の野稗などが主食で、米などは親の葬式の時に少し食べるだけでした。 児童の中の一人が食事の時間に泣いているので聞いてみると、隣の子が「マグソの中に米一粒入ってだで、安田の奴が、島あるわいと言ったら泣くんじゃ」と答えました。 あの頃は金持ちと言われる家の子は稗や粟の中に米を少し混ぜた弁当を持ってきたのです。それも稗や粟を炊くとき、茶碗に少し米を入れ伏せておくと、茶碗の中に米の飯があるので、そこを母がすべて表示すべて表示

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