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≪07復習0506下≫米軍慰安施設に関する産経過去記事  『横須賀市史』

『横須賀市史』には穏やかにこう記されているだけである。

「終戦後まもなく基地周辺の地域に、米兵相手の歓楽街が突然と出現し、種々の風俗問題は市民の眼をそむけさせ...」と。

              ◇    ◇

"世界最大の売春トラスト"とシカゴサン東京特派員のマーク・ゲインが呼んだ「特殊慰安施設協会」(RAA)が誕生したのは八月末である。それより早く八月十八日、内務省警保局長から各府県の担当者あてに「進駐軍慰安施設について」と題する秘密指令が発せられていた。

つまり慰安婦募集である。

RAAの幹部が当時の大蔵省主税局長の池田勇人(のち首相)に会った。「いくら必要か」という池田の質問に「一億円ぐらい」と答えると、「一億円で(一般女性の)純潔が守れるなら安い」といったという伝説が残っている。もちろん教科書にスミを塗る作業に追われていた田舎の中学生は、そんな事態は知るよしもなかった。

やがて昭和二十五年六月に朝鮮戦争が起こるや、基地ヨコスカは戦場帰りや戦地に赴く米兵であふれ、娼婦(慰安婦)もまた急速に増加したことはいうまでもない。 「横須賀警察署の調べでは、二十六年十一月には四千人から五千人に達した」(『横須賀市史』) 彼女たちは、戦時中の慰安婦と同じく強制されたものでもなく、連行されたものでもなかった。しかしこれが「軍隊と性」の悲しい現実であり、おぞましい生態だった。言うならば"国家の下半身"の生理である。この場合の国家はアメリカだが、下半身は覆い隠すべきものではないか。それを歴史教科書に載せるなどということは正気のさたではない。百歩譲って載せるとするなら、それは日本だけのことではなく、どの国家にとっても例外でなかったことを付記すべきなのである。

しかし往時のヨコスカに集まった五千人の慰安婦たちが、その後、補償を要求した話は知らないし、謝罪を要求した騒ぎも聞いたことはない。恐らく彼女たちには、羞恥(しゅうち)の感情とともに、それぞれに自尊心があったからだろう。

             ◇    ◇

先週末、ふるさと横須賀をたずねた。

京浜急行の横須賀中央駅前はこの四月から再開発の装いも新たにすっかり改まり、「国際海の手文化都市」をうたい上げていた。聖ヨゼフ病院のあたり、かつてのドブ板通りも石だたみの道に変わり、いまは日本の若者を相手の店へ変身していた。ミリタリー・グッズ、輸入衣料、ファミコン、ジャンパー、ナイフ、メダル、プレート、肖像画などをあきなっている。円高の影響もあって米兵は金を落としてくれないのである。

かつてこの街にあふれた脂粉の香りも嬌声のひびきも、遠い潮騒のように去っていた。ドブ板通りの裏手に回ると、何軒かの店は廃屋となって朽ちかけていた。

それにしても、あの敗戦まもない夜ごとの肉体のさんざめきは何だったのか。五千人を数えた厚いルージュの女たちはどこへ消えてしまったのか。何もかもが夢の幻覚のようにも思え、かるい酩酊(めいてい)感をおぼえた。

空母インディペンデンスの軽油流出騒動も収まったが、臨海公園は強い風で波立っている。公園には野生のハマヒルガオの花が群れて、晩夏の影がくろぐろと落ちているばかりだった。(産経抄担当) =おわり



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【産経抄】
[ 2001年04月10日 東京朝刊 1面 ]


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 歌手・並木路子さん(七九)は、八日も埼玉県草加市でコンサートに出演する予定だった。それがリハーサルの時刻になっても顔を見せない。心配した家族が並木さんの自宅を訪ねると、浴室で倒れていたという ▼「リンゴの唄」が焼け跡にひびいたのは、昭和二十年十月(レコード化は翌年の春)だった。敗戦にうちひしがれた人びとの気持ちを、どんなに明るく励ましてくれたことか。戦後第一作の松竹映画『そよかぜ』の主題歌で、並木さん自身もそれに出演していた ▼そのころの話である、いわゆる「第三国人」と呼ばれた朝鮮人や中国人が肩で風を切って街を支配したのは。彼らは"解放国民"ともいわれ、どぶろく・カストリ・ばくだん(酒)などを密造し、進駐軍用の物資を流用、ヤミ市を作った。警察も手を出すことができなかった ▼そのころの話である、パンパンと呼ばれた日本女性が米兵の腕にぶら下がっていたのは。終戦直後、東久邇内閣がまっさきに手がけた政策は、進駐軍用の慰安所の設置だった。それがRAA(特殊慰安施設協会)で、全盛時は七万人の日本女性が所属した。「世界最大の売春トラスト」と呼んだのは、シカゴ・サン東京特派員マーク・ゲインだった ▼同二十一年に米兵はオフリミット(立ち入り禁止)になり、彼女らは街娼になって町にあふれた。特殊飲食街は警察の地図の上で赤い線で囲まれたため「赤線」と呼ばれ、もぐり営業(私娼)は青い線なので「青線」と呼ばれた。赤線には六万人、青線は五十万人ともいわれた ▼これが戦後の「性」の実態である。中学生の歴史教科書に慰安婦を登場させるなんてもってのほか。どうしてもというなら、進駐軍慰安婦の真実をなぜ取り上げない?

 ...歴史では、たとえ自国に起きたことでもすぐに忘れ去られることもあるし、事実に基づかないプロパガンダが、歪曲され、拡大された伝説となって他国で語り継がれることもあるようです。そんな相手の土俵にまで降りていくことは、自らの品性をも貶めることになる場合もあるでしょうが、仕方ないのかもしれません。

 最近の一連のできごとを見聞きしていて、「無知は罪」という、どこかで聞いた言葉が繰り返し頭をよぎっています。そして、知ろうともしない人たちへの憤りも。もちろん、自分自身のことを含めて言うのですが...。



≪この事実にふたして、慰安婦騒ぐおかしさ。≫

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